三 凪ぐ視線の日

錆兎と無事に仲直りできた。と思ったら次は義勇がどこかおかしい。私を……避けている気がする。

あの日3人で小屋に戻ってからも、義勇は私と目を合わせようともしない。錆兎と鱗滝さんにはいつも通り接しているように見えるのに。
錆兎と仲直りしたことを、よかったねって笑って聞いてくれると思っていたのに。

どうして…
理由は全く分からない。身に覚えもない。
けど義勇は理由もなくそんなことするような人じゃない。きっと、何かしてしまったんだ。

次に野菜を持っていくのは1週間後。
鍬を握って畑仕事をしていても、自分が義勇に何かしてしまったんだと気になって作業も捗らない。

義勇に会って、ちゃんと話がしたい。
私が何か気に触るような事をしたなら、きちんと謝りたい。気を付けて直すから…義勇とまた仲良くしたい。

今日はもう遅いから、明日。
明日、狭霧山に行ってみよう。

●はごそごそと布団の中に潜り込んだ。

「何かしてしまった事に気付かないなんて…私人付き合い下手なのかなぁ……」

はあ…と重い溜息を吐いて●は眠りに落ちた。



夜が開けると、●は朝早い時間に狭霧山を訪れた。しんと静まり返る山の空気を肌で感じる。

この前の朝と同じ場所に、義勇は1人で腕を組んで居た。今日も錆兎は鱗滝さんと、狭霧山の頂上にいるのだろうか。義勇は●に気付くと、表情を変える事なくフッと顔を逸らした。

「……………」

やっぱり、私を避けている。以前のように話してくれない。

「おはよう……義勇」
「……今日はなんだ。錆兎とはもう仲直りしたんだろう」

そっぽを向いたまま淡々と言ってのける。
今までの義勇とは違う重く低い声だけでも、もう俺に話しかけるなというのが伝わってくるよう。

●は、ギュッと自分の着物の裾を掴んだ。

「今日は、義勇と……話がしたくて」
「……聞きたくない」
「え………」
「もういいだろう」

そう言うと、義勇は●に背を向け歩き出した。

そんな…もう義勇は私と話すことすら…
向き合うことすら拒否するということなの…?
いやだよ……待ってよ…!


●の話はきっと錆兎と●の関係が変わった事だろう。俺には関係のない事だ。……俺は聞きたくない。聞かなければまだ……


「ごめんなさい!」

背中から聞こえた●の大きめの声に、義勇は思わず足を止めた。

「私、義勇に何かしたのかな…?……ずっと、考えてたんだけど……分からないの」
「………………」
「謝るから……また仲良くしたいよ」
「………………」
「………ごめんなさい」
「謝らなくていい」
「……え」
「●は悪くない」

そう言われ、ほっと安心した顔で●は義勇に駆け寄ろうと進み出した。それに気付いた義勇は、●をゆっくり振り返った。


「もう俺に構うな」


それを聞いた途端●は足を止めた。先程とは一変して悲しそうな顔をする。義勇は再び背を向け森の中に消えていった。


「………どうして……」

「………………」

●の消え入るような、泣き出しそうな声から逃げるように足早に森の中を進んでいく。


『どうして…』か

俺にも、分からない。


俺は…錆兎と●が抱き合う姿を見たくない。
思い出すだけでこんなにも胸が痛いのに、また2人を見てしまったら…

だからと言って俺は、錆兎も●も嫌いな訳じゃない。この気持ちは一体何だ。俺は何故こんなにスッキリしないんだ。

●とも前みたいに普通に接したい。だけど、自分の中にモヤがかかっていてそれが出来ない。

俺が傷付いている分だけ、●も傷つけばいい。
いや違う。●を傷付けたい訳じゃない。


なんなんだろう俺は…どうしたいんだろう。


「俺にも分からない。ごめん…」

●……。

義勇は俯き、誰もいない森の中1人でにそう呟いた。







それからすぐに、狭霧山での修行が佳境に入り2人はいよいよ忙しくなった。朝から晩まで食事時を除き鍛錬するようになっていた。1000を超える素振りは毎日、それに加えて修行の最終段階ともいえる呼吸法の鍛錬が続く。

●の事を考える余裕すら無いほどに。


錆兎と義勇は休憩に入る。
握り飯と竹筒をそれぞれ持ち、大きな岩に腰掛けた。
お腹が空いている2人は、口の中いっぱいに握り飯を頬張った。

「修行の後の飯はうまいな!」
「うん」

握り飯の横に添えられた大根の漬物を指先で摘み、ぱくっと口に入れた。ほどよい塩気に、カリカリといい音がする。

「この漬物、●の野菜を鱗滝さんが漬けたのかな」

美味しそうに音を鳴らす錆兎と同じように、義勇も漬物を口へ運んだ。

●が育てた野菜かあ

カリカリコリ…

「うまい」


これまで通り二週間に一度、●が野菜を持って来る日でも、修行が忙しく一目も会えない日が続いていた。

「元気かな、●」
「ああ、きっと元気だ。早く会いたいな」
「うん」

あの日、話し合おうとする●を突き放してから義勇と●は一度も顔を合わせていない。
それなのに●に無性に会いたくなる。

●も、そう思ってくれていたらいいな。
俺はこんなにも、自分勝手だったのか。
修行が落ち着いたら錆兎と共に●に会いに行こう。ちゃんと、謝らなければいけない。そうすれば……

「義勇!もう一度やろう」
「ああ」
「錆兎、義勇!こちらへ来い」

鱗滝が2人を呼び、3人はあまり行かない方角の森へ入って行く。そこには大きな岩がごろごろ転がっていた。

「この中の大岩を一つ切る事。それが最終選抜への条件だ」

錆兎と義勇は鱗滝に大岩の試練を言い渡された。




岩が切れないまま夜になり、錆兎と義勇は鱗滝の小屋へ帰る道を歩いていた。足を痛めた義勇に錆兎は肩を貸している。時につらく大変な修行に共に励む友がいて良かったと、心から思う。

「大岩は流石に硬いな」
「…ああ……」
「岩を切ったら最終選別に行ける。鬼殺隊になれる」
「錆兎……●はいいのか?」

その質問に錆兎は義勇を見た。義勇はただ前を向いている。

「鬼殺隊になる事は、鬼どもから●を守れるという事でもある」
「……………」
「もちろん●だけじゃなく、人を守る。義勇もそうだろう」
「うん…そうだな」
「義勇、お前は優しい奴だな。いつも●を気に掛けている」
「や、優しくなんて」

義勇が頬を染めて錆兎を向くと、錆兎は笑った。


錆兎は、今日まで以前とは違う義勇を見てきて薄々気付いていた。
義勇がふと優しい表情をするとき、遠くを静かに見つめるとき、心に誰を想っているのか。


「…………」
「見て錆兎!満月だ」
「本当だ。綺麗だな」

2人は空を見上げる。
空には綺麗な月が出ていた。
●もこの月を見ているだろうか。

「義勇、ひとつ提案がある」



満月の夜の帰り道、錆兎が考えていたのは
2人で●の畑仕事を手伝いに行こうと言うものだった。2人は早速夕食時に鱗滝に相談した。

「うむ、●の畑仕事の手伝いか」
「ハイ!」
「行って来るといい。畑仕事から生まれた呼吸もあると言われているし、基礎体力も強化されるだろう。行き詰まったらまずは基礎だ」

鱗滝から許可を貰い、2人は食事を終えると風呂に入った。
蝋燭を消し、それぞれ布団に入ると、満月らしい月明かりが差し込んでいるのがよく見えた。

しん…と静まり返る部屋の中、錆兎が上体を起こし義勇を見た。

「義勇…、ひとつ聞いていいか」

「なに?」

義勇も上体を起こし、錆兎を見た。

「……いや、やっぱり明日にする。おやすみ」

錆兎はそのまま布団に入り、喋らなくなった。
義勇は仰向けな錆兎の方を向いて見たが、もう目を閉じていた。







ーーー





●は、修行で山に篭りがちになった2人の為に、せっせと野菜や薬草を届けた。

「錆兎と義勇、今日も頑張っているんですね」
「……ああ。あの子たちならやれるだろう」
「私も、頑張らなくちゃ!では、また来ます、鱗滝さん」

錆兎と義勇になかなか会えない日が続いた。
2人が自分の育てた野菜を食べて元気で頑張っていると思うと、嬉しくなって会えなくても畑仕事にやる気が出た。

●がいつものように畑仕事に向かおうと戸を開けると、目の前に錆兎と義勇の姿があった。

「あれっ……?錆兎?義勇?」
「久しいな、●!元気だったか」
「……………」


太陽の下、明るい笑顔の錆兎と、相変わらず何も喋らない義勇。だけど、以前と違い目線だけは優しかった。

「う、うん。今日はどうしたの?あ、薬草無くなった?」
「いや、●の畑仕事手伝いに来た」
「えっ?修行は…?」
「畑仕事もいい鍛錬になる。全身を使うしな」
「……………」
「手伝ってもいいか?」
「う、うん!もちろん」

錆兎と義勇はそれぞれ鍬を持って畑に向かい、どんどん畑を耕していく。●は傍らで雑草を抜きながらその様子を見ていた。
しっかりと深くまで耕すのはかなりの体力を要する筈なのに、2人は軽々鍬を振り上げテンポ良く耕していく。●1人なら数日かかる仕事を、2人はもう半分ほど終わらせていた。


義勇はいつ話を切り出そうか、ふと●を見た。
心なしか頬を赤く染める●の瞳に義勇は映っておらず、視線の先には汗を流す錆兎の姿があった。謝りたい、また仲良くしたいと思っていた義勇の中に、じわりと黒い感情が溢れてきた。



「ありがとう、錆兎、義勇!」

●はそう言って、木陰で休む2人に握り飯とお茶を出した。涼しくなったとは言え、日向はまだ暑い。

「うん、うまい」
「……………」
「あれ?義勇、そこ血が……」

錆兎と並んで握り飯を食べる義勇の腕には、小さな切り傷があった。

「…平気だ」
「薬草あるから手当てするよ、こっち。小屋の中に来て」
「……………」
「義勇、手当てしてもらえよ」
「……………」

錆兎に背中を押されて義勇は立ち上がり、●と共に2人だけで小屋の中へ入っていく。
2人の背中を見送りながら錆兎は握り飯にかじり付いた。




「そこ座ってて」

義勇は言われた通り、土間に座る。
●はいそいそと薬草と包帯の準備を始めた。鱗滝の家より一回り小さい●の小屋は、土間から部屋中全て見回すことが出来た。1人分の食器、1人分の布団。
義勇は自分が●だけの生活の場に居ることに、どこかソワソワする感覚を覚えた。落ち着かない。
キョロキョロするうちにふと、小屋の大黒柱に何やら文字が彫ってある事に気づいた。

『錆兎』

ドキッと心臓が大きく鳴った。
義勇の中でまた黒い感情が膨れていった。


「薬草、すり潰すからちょっと待っててね」
「……俺が邪魔か?」
「え?」

●は薬草をすり潰す手を止め義勇を見ると、
先程の優しい視線は無く、とても冷たい瞳をしていた。

「……………」
「ど、どうして?どう言う意味?」
「…錆兎と、2人になりたいだろう」

違う。俺はこんな事が言いたかった訳じゃない。
俺は………
あの日抱き合っていた2人に嫉妬して、いつものように●に接せられない自分が嫌でたまらなかった。
冷たく当たってしまった事を謝りたかったのに。
ふつふつと湧き上がった黒い感情が邪魔をする。


●と錆兎が恋仲なのか
確認が、したい。

「……………」
「義勇?…」

いや待て。確認をして、その後はどうする。
そうだ、と言われて俺は気持ちよく納得できるのか。冷たく当たった事を謝罪できるか?

できない。できるわけがない。


●がそっと義勇の傷のある腕に触れると、反射的にビクリと動いた。

「邪魔なんて思うわけないよ」

聞いたのは自分なくせに、●のその言葉に心底安心した。●といると常に一喜一憂してとても身が持たない。はやく、謝ってしまいたい。でも納得してない自分が邪魔をするんだ。

傷口に薬草を塗り、丁寧に包帯を巻いていく。
●に触れられる腕が熱くて、掌から汗が出てくる。勝手に高鳴る鼓動が●に聞こえていないだろうか。


「私たち友達でしょ」
「…………」

友達…
一昔前の俺なら嬉しいはずのこの言葉が、今は痛みを伴って胸に刺さる。

「なら………」

錆兎は………?

ダメだ、これ以上は聞くな。聞きたくない。


「どうしたの、義勇。この間から。何かあったの…?」
「……………」
「なんでも言ってよ」

言えない。
こんな醜い自分を俺は知りたくなかった。

「錆兎に謝るとき、許してもらえなかったら一緒に土下座してくれるって言ってくれた時、本当に嬉しかったよ」
「………………」
「ありがとう」

●が義勇に笑いかけた。
その笑顔を見て義勇は複雑な気持ちになった。
俺が最後に見た●の顔は、泣きそうなつらそうな顔だった。俺がそんな顔にさせてしまったんだ。
ただの、俺の我儘のせいで。

錆兎と●がお互いに好きあっている事は聞かなくてももう明らかなのに。
錆兎と●を離れさせたら、俺は満足なのか。
もし錆兎より先に俺が気持ちを伝えていたら今の結果は変わっていたのか。

そんな訳はない。
●の中には錆兎と『友人』の俺しか存在しないんだから。

義勇の口元に薄く笑みが浮かんだ。
なぜ●の事でこんなに胸が痛くなるのか、黒い感情、納得してない自分が生まれるのか今、分かった。

俺は●が…好きなんだ。

「●、俺の我儘を一つだけ聞いてくれないか」
「いいよ、私にできることならなんでも」

これで、すっぱり諦めるから。
錆兎に殴られたって構わない。
今後もう二度と●に触れないから。

義勇は何度もそう自分に言い聞かせながら、●の頬を手で優しく覆い、顔を近づけていく。

もう少しで唇と唇が触れる…という瞬間
突然義勇は動きを止め、勢いよく立ち上がった。

「ぎ、義勇?」

口元を手の甲で押さえながら真っ赤な顔で、座ったままの●を見た。

「ご、ごめん!」

俺はまた自分の気持ちしか考えられてなかった。
取り返しのつかない事をしでかすところだった。
錆兎の気持ちも、●の気持ちも考えず…!!

「義勇…大丈夫?」
「大丈夫…ごめん」

義勇が落ち着こうと呼吸を整えていると、先程の大黒柱が目に入った。錆兎の名前が掘ってあるのとは別の面に『義勇』と彫ってあった。
それを見た義勇は肩から力が抜ける程にたまらなく、嬉しくなった。

俺の名前も…
書いていてくれていたのか。
錆兎だけじゃなく、俺の事も思い出してくれていた…?

側から見ればちっぽけな、それっぽっちのことかもしれないが、義勇にとってはこの気持ちに踏ん切りをつける大きな支えになった。


「も、戻ろうか?…錆兎待ってるし」
「…そうだな」


それからまた3人で畑仕事に取り掛かる。
何か憑き物が取れたかのような義勇に気付いたのか、錆兎が一瞬ホッとした顔をした。

3人で過ごす楽しい時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか夕方。土だらけになった3人は笑いながら畑を片付けた。



「錆兎、義勇。今日は本当にありがとう」
「ああ、またな、●」

錆兎がぽんぽん、と●の頭を撫でると、嬉しそうに頬を赤くして微笑んだ。
義勇は2人に気付かれないように少し離れた場所から、その幸せそうな●の顔を、寂しそうにけれど笑って見守った。

●は小屋の前で2人の背中が見えなくなるまで見送った。




「義勇」
「なに?」

鱗滝の家に帰る道中、錆兎が急に立ち止まった。

「俺は義勇みたいな男と友達になれて、本当に良かったと思う」
「急になんで?」

ニッと笑って錆兎は義勇の肩に腕を回した。


「帰るぞ!競争だ」





***

2021.10.29大幅改造!

書き直しました。2020.01.29


2020.01.20



noveltoptop