四 今日小夜なら

狭霧山の麓
今日も森の中で刀と刀がぶつかる甲高い音が響く。

「義勇、すこし休憩しよう」
「おはよう、錆兎、義勇」
「●。いつも悪いな」
「……おはよ」

野菜と薬草を詰め込んだ籠を背負い、手にも重そうな包みを持った●が狭霧山を訪れた。
今日は二週間に一度のお届けの日だった。

「運ぶよ」

錆兎と義勇は刀を鞘にしまうと、重そうな籠と包みを●の代わりに持ち、鱗滝の家へ歩き出した。

「ありがとう」

身体が軽くなった●は、荷物を軽々と運ぶ2人の背中を追いかけながら口を開いた。

「修行は順調?」
「ああ、岩を切ったよ。2人ともな」
「ええ…岩を?」

岩って刀で切れる物なんだ…
それとも、何かを比喩してるのかな?
●は、1人首を捻った。

先頭を歩いていた錆兎が鱗滝の家の戸をガラリと開けた。

「鱗滝さん。●が来ました」
「ああ、●。いつもすまないな」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
「今日も夕食を食べていくといい」
「わあ、嬉しい。手伝います」

鱗滝と●が台所に並び立つのを見て、微笑む錆兎は義勇の方を見た。

「義勇、俺たちは修行するか」
「うん」

錆兎と義勇は、家の外に走り出て行く。
先程と同じ場所でそれぞれ刀を振るう。両者とも大きく呼吸を繰り返し、何度でも岩に斬りかかる。

「岩を何枚切れるか勝負だ、義勇」
「いいよ」

錆兎と義勇は夕刻まで疲れを知らず刀を振るい、結果勝負は岩2枚差で錆兎の勝ちとなった。2人が家へ向かうと、味噌のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
ぐぅぅと2人のお腹が鳴った。

「腹が減ったな」
「いい匂いがする」

家の戸を開けると、囲炉裏を囲っていつでも食べれられるように2人のために全て用意された状態だった。その傍に愛しい●の姿。

「おかえり!」

●の笑顔と美味しそうな匂いに、錆兎と義勇はすぐに草履を脱ぐと囲炉裏の側に座った。
囲炉裏にかかる鍋を覗き込むと、美味しそうな豚汁が煮えていた。

「美味そうだ!」

嬉しそうな顔をする2人に熱々の豚汁を取り分ける。白い湯気が絶え間なく上って、食欲を駆り立ててくる。

「いただきます!」

錆兎と義勇は我慢できず、一足先に豚汁を啜った。味噌の香りと美味しくて温かい汁が口いっぱいに広がる。贅沢に入れられた●の畑の野菜にはしっかり火が通っていて噛むたびにほくほくと柔らかい。

「うまい!」

錆兎と義勇は2人同時に声を上げた。
●はそんな2人を嬉しそうに見つめてから、合掌し自身も豚汁を食べ始めた。

「錆兎、義勇」
「はい」

3人の視線が2人を呼ぶ鱗滝に向いた。
鱗滝は静かに深呼吸をし、話し出した。


「明日はいよいよ最終選別だ。今夜は2人とも好きな様に過ごすといい」
「ハイ!」
「ハイ!」

少し表情が曇った義勇とは逆に、錆兎は臆する事なく真っ直ぐ鱗滝を見て返事をした。●はそんな2人の様子を静かに見守った。


食事を終えて、日が暮れる頃
いつものように●は鱗滝の家を後にする。

「ありがとうございました。鱗滝さん。ご馳走さまです」
「うむ。またいつでも来るといい」

鱗滝に挨拶をし、いつもの様に●は錆兎と義勇に小屋まで送ってもらっていた。
薄暗い中、3人が山の麓まで来た頃、錆兎が口を開いた。

「義勇、今日は俺が●を送りたい」
「…………」
「…いいか?」

いつもは2人で●を小屋に送る。
義勇は錆兎の突然の申し出に驚きながら●を見た。●もどうしたんだと言わんばかりに錆兎と義勇を交互に見やる。

……錆兎は●と2人きりになりたい。
そう言っているんだろう。明日は最終選別。
最後かもしれない夜に、●と…。
正直それは、俺も同じだ。
●と、いたい。だけど俺は…この想いを表に出さない、と…2人の気持ちを考えない自分にはもう戻りたくない…だから。

「わかった」

義勇はハッキリそう言った。

震える声を必死に我慢した自分を讃えたい。暗くて表情はきっと2人に見えてない。どんな顔をしているんだろうな俺は。

「義勇。また明日の朝な。ゆっくり休めよ」
「…うん」
「え?義勇帰るの…?」
「…今日は錆兎に送ってもらえ」
「わ、分かった…またね、義勇!明日頑張ってね」
「ああ」

義勇は、元来た道を全速力で走り出した。

朝まで、錆兎と●は共にいる。
義勇の胸がチクリと痛んだ。

なんだ、俺は。
●の事を、俺は全然諦めきれていない。
2人を離れさせても、2人が共にいても苦しいなら俺は一体どうすればいいんだ。


夜がふけ、義勇が想いを抱えたまま布団に入っても、今この瞬間2人が何をしているのかが気になって中々寝付けずにいた。

真っ暗な外に出た。月明かりもない暗闇で、自分の抱くその想いを斬りつけるように何度も何度も刀を振るった。




ーーーー




「義勇…行っちゃったね」

●は、義勇が帰って行った道を見つめた。義勇の姿はもう見えなかった。●が一歩踏み出そうとすると、力強く腕を引かれた。

「帰るぞ!」

錆兎は●の腕を引き、薄暗い中小屋に向かった。●が小屋の戸を開け、2人が中に入って戸を閉めた途端に、錆兎は●を力強く抱き締めた。

「錆兎…」
「…ずっと、こうしたかった」

ドクン…ドクン…と速くて力強い錆兎の心臓の音がすぐ側で聞こえ、息をすると錆兎の匂いがした。●は顔を赤く染めて、控えめに錆兎の背に手を回して抱き返した。

「●……好きだ……ずっと、これからも」
「わたしも…錆兎が大好きだよ」

義勇が一緒に居るときは、2人でこんな風に抱き合う事はできない。錆兎は、●の温もりを感じながら目を閉じた。

義勇が●を思う気持ちは知っていた。薄々だったそれは、畑仕事を手伝った日に確信に変わった。

義勇は、●が好き。

勿論俺も●を愛している。
だからこそ、今夜だけは譲れない。
無事帰れるか分からない今夜こそ、義勇も●と居たかったろう。
義勇は優しくていい奴だ。
偽りなく、本当に心からそう思う。
すまない、義勇。今夜だけは許してくれ。


「錆兎…お茶淹れるね」
「ああ…」

●は錆兎の腕から抜け、湯を沸かし始めた。その姿を錆兎は目に焼き付ける様に見つめる。

●の淹れたお茶を前に、2人は並んで座った。濁った黄緑色の緑茶が揺れる。

「明日行くところ…危険なの?」
「最終選別の事か?」
「そう…」

錆兎は●に最終選別について知っている事を説明した。
七日間、鬼の出る場所に身を置くこと。
鬼との戦いで命を落とす者も居ること。


錆兎の話にみるみる不安そうな表情になる●を見て、錆兎は柔らかく笑って見せた。

「そんな顔するな。俺は必ず帰ってくる」
「錆兎……」
「8日目に、ここへ来てもいいか」
「え?」
「帰ったらすぐに会いたい」

錆兎は、隣に座る●を包みこむように抱きしめた。

錆兎の胸からは、いつも速く強い鼓動が聞こえてくる。錆兎に抱きしめられると暖かくて、幸せで、不安な気持ちが薄れていく…………だけど、やっぱり怖い……。●はぽろりと一筋の涙を流し、自分を抱きしめる錆兎の着物をギュッと握った。

「錆兎……こわいよ」

錆兎は●と向き合い、頬を包むと指で優しく涙を拭った。

「そんな顔するな、俺は必ず●のところへ帰ってくる」
「……うん。ずっと待ってる」

●が言い終わる前に、錆兎は●の唇を奪った。とても優しい口付けに●の不安は霞んでいく。

錆兎は口付けをしたまま●の身体に優しく触れる。その手はとても熱くて、触られるだけで溶けそうだった。鎖骨から胸に滑るように移動して、●の滑らかな肌を何度も撫でる。

「あ……」

錆兎は舌で●の耳、首筋から鎖骨、胸までなぞるように愛撫していく。

「ん……」

錆兎に触れられた所が熱い。頬が紅潮し、心臓ははち切れそうな程鳴っている。

錆兎の、わたしに触れてくる全てとても優しいかった。

「俺が大人になって一人前の鬼殺隊員にれたら、●を俺のものにしたい」
「え…」
「いいか?」

錆兎の真剣な眼差しが真っ直ぐ自分を捉えていて、答えはもう決まっているのにうまく口から出てこない。●は錆兎の胸に抱きついた。耳元でドクンと鳴った大きな音は聞き間違いじゃないはずだ。

「うん…。錆兎……必ず、帰ってきてね…」
「ああ、必ず。愛してる…●」


同じ布団に入り隣でコテンと眠りについた●を見て、錆兎は愛おしそうに優しく額に唇を落とした。そして自身も●を抱き寄せるようにして眠りについた。


夜が開ける前、錆兎はまだ寝ている●の髪を優しく掻き上げ、頬を撫でた。

「行ってくる」

小さくそう言って、●の家を出た。
●が静かに涙を流していることも知らずに。


錆兎は1人空を見上げた。昇り始めた太陽の光がいつもより綺麗に見えた。



***

2021.11.03大幅推敲!



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