最終話





日が傾きかけて自室から綺麗な夕焼けが見える頃、●は静かに目を覚ました。

ああ…もう日が登ってる……。
今日は何月何日だろう……。

ボーッとする頭を傾けてみても答えは出てこない。立ち上がろうとするも、足腰が痛くて上手く力が入らない。それでもずっと寝たきりでいるわけにはいかないので、壁を支えにのろのろと立ち上がり、着物を着直す。鏡で顔を見てみれば、涙の後がくっきりと残っていて、首元には身に覚えのない真っ赤な痣。

「え……なにこれ………へんなの…」

●が覚醒しないままボーッと鏡を眺めていると、ドスドスと大きな足音が近づいて来る。

朝なのに台所の手伝いに顔を出さないから誰かが呼びに来たのかな……?今行きますよーっと……。

「よいっしょっ、あっいたたた……」

「ようっ、お前か!?煉獄のお気に入りは」

大きな足音、大きな声、襖を開ける大きな音の三拍子揃って現れたのは、以前もこの家に休息に来た事のある、音柱の宇隨天元様。

思ってもみなかった突然の訪問者と身体の痛みに、●はその場にへたり込んでしまう。

よ!!よかった…!!着物を着直しておいて本当によかった…!!この方が来る前に目が覚めていて本当に!本当に!よかった!!!

●は痛む身体に鞭を打ち、正座をして姿勢を正す。たとえどんなに身体が痛くても、尊敬する鬼狩り様の前ではしっかりしなくては。

「宇随様!よくぞご無事で」

●の住む藤の花の家では、休息に来た鬼殺隊隊士全員にいつもこう挨拶する。宇随は突然●の前にしゃがみ込み、下から●の顔を覗いた。

「なっなにか…?」
「お前……なんか身体辛そうだな」
「い、いえ!寝ぼけているだけで……」
「夕方までもか?煉獄も優しくねえなあ!さてはアイツ、余裕なかったな」

ハハハ!と高らかに笑う宇随。●は『煉獄』という人名を聞いた途端、身体がボッと熱くなった。



「じゃあな!煉獄のお気に入り!」
「は、はい……今夜は家へ泊まられるのですか?」
「いいや、今から任務だ。世話になった」
「宇随様どうぞお気をつけて……ご武運を」

●はひらひらと手を振る宇随に、深く一礼した。

何もお世話出来なかった女に「世話になった」と言ってくれる宇随様は見かけによらず優しいお方だ……。
さて、丁度夜明けに目を覚ましたと思ったら実は夕暮れだったとは。お腹が空いた……。今から台所に行っても怒られそうだけど………。


痛む身体を引きずって台所まで来た●は、おそるおそる戸を開け、中をのぞいた。
夕食時だから皆んな居ると思ったら、ひとっこ1人いない。●は台所にあったみたらし団子を一つ口に含んだ。甘い団子を身体中が求めているのが分かる。

「おいしい〜っ」

今日のお団子は特別に美味しい気がする!

団子に舌鼓を鳴らしていると、背後から何やら視線を感じた。くるりと振り返ると、お婆様と煉獄様が座り並んで、奥の部屋から団子を頬張る●を凝視していた。

「んぐぐっ」

その光景に驚いて、●は口に含んだ団子を喉に詰まらせそうになる。トントンと胸を叩き、茶を飲んでふーっと深呼吸する。

「●、食べたらこちらへ来なさい」

●はお婆様のいつもと違う真面目な声に、ぴくりと肩を震わせた。

これは…、何かやらかして怒られる時の声だ。煉獄様が居られるということは、煉獄様との一夜のことかな……?あれ?でも、お婆様は受け入れてあげなさいって……。もう訳分からないや……。


●は痛む身体を引きずって、上座に座る煉獄様とお婆様の対面におそるおそる正座した。


「…………」
「…………」
「…………」

煉獄様もお婆様も……何も喋らない……。
煉獄様のお顔は恥ずかしくて見られないし、お婆様のお顔は怖くて見られない……。

居心地が悪くて、変な汗が出る。


「●や。アンタは私の可愛いひ孫じゃ」
「…………?」

お婆様の突然の言葉に●はキョトンとして固まった。どういう事?と答えを探すように煉獄を見ると、腕を組みいつもの力強い双眼と口角の上がった余裕ある表情で●を見ていた。●は恥ずかしくて視線をお婆様に戻す。

「お婆様…?どうしたの、突然…」
「アンタはひ孫の中でも特に手のかかる子でねぇ。こうだと決めたら中々頑固で」
「……………うん」
「真面目なんだが、ちょいとばかり抜けててねぇ」
「………うん」
「私はねぇ……煉獄様なら安心して●を任せられると思ってじゃ」
「……うん」


ん?


「●……先程、こちらの炎柱様である煉獄杏寿郎様が●を自らのお屋敷へ迎え入れたいと言うて下さってじゃ」
「……えっ」

●は恥ずかしがる事も忘れ、慌てて煉獄を見る。

「俺には鬼殺隊炎柱としての責務がある!それともう一つ、俺は煉獄家の後継も残さねばならない」
「…は、はあ…………」
「だがそれは口実!俺は●を心から好いている!恋仲でもある!毎日でも顔が見たいし、抱き合いたい!」
「れっ、煉獄様っ!お声がっ大きいです」

●は恥ずかしくて慌てて煉獄を制止しようとするが、煉獄は止まらない。

「この藤の花の家は俺の管轄内だが、やはり俺の屋敷に居てもらった方が毎日会えるし、俺は嬉しい!」

止まらない煉獄の言葉に●は耳まで赤くなる。

お婆様と煉獄様が一緒に居られたのはこう言うことか……。

「●、行ってきんさいな。嫌になったらいつでも此処へ逃げ帰ってこやええ」
「むう。そうならないように心掛ける所存だ!」

ハハハと笑う煉獄に身体を向け、●は深く一礼した。

『煉獄様が好き』と自覚した●に、断る理由は一つもなかった。


「不束者ですが……よろしくお願いいたします」

その返事に煉獄はニッコリ笑って、●を優しく抱きしめた。

お婆様の目の前だと言うのに煉獄様はお構い無しだ。

「嬉しいぞ!●!共に生きよう」

「はい!煉獄様」




***
2021.10.31

楽しんでいただけましたでしょうか。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

2020.01.01

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