また来ている。
山菜取りから戻った●は、自分の住う小屋に獣の気配を感じ、急いで戸を開け小屋の中を確認する。
「よう!どこ行ってたんだお前!」
「伊之助こそ、何しに来たの?」
「魚取ってきてやったんだよ!」
「……………」
ホラホラ!と数匹の川魚を見せつける伊之助を●は怪しげに見つめる。
「な!!なんだよその目はァ!!せっかくこの俺が」
「なんか下心の匂いがする…」
伊之助に顔を近づけて、鼻をすんすんと動かす。
本当は匂いなんて分からないけど、伊之助はギクッと●から距離を取る。
伊之助の全力の反応が面白くて、●はあははと笑った。
「嬉しいよ、ありがとう伊之助」
「おう」
1ヶ月程前の事。
●の小屋の前で、うつ伏せに人が倒れていた。上半身には着物を身に付けておらず、痛々しい傷が見える。●は急いで駆け寄り、恐れながらも傷だらけの背中にそっと手を当てた。
あたたかい。意識は無いけど、生きている!
●は、自分より大きくがっしりとした怪我人をやっとの思いで家の中に引きずり込み、自分の布団に寝かせた。ぐったりとした人間を担ぐのは本当に大仕事で、運び終えた●の額には汗が滲んだ。ひと息つく間もなくタンスから傷薬、包帯もろもろを取り出し、手当てを始める。
●は、代々この山で薬草を育て、それを扱う薬師の娘だった。貴重な薬草がこの辺りではよく育つ。先代が亡くなってからも、こんな人里離れた山奥に女1人で暮らしているのはそのため。今日も街へ薬を売りに行く予定だったけれど、怪我人を放っては行けない。
よく見ると綺麗な顔立ちをしている。が、身体はしっかり男性だ。
「失礼します…」
●は気を失っている青年に小さく一声かけてから、動物の毛皮のような腰巻と下半身の着物を脱がしていく。着物には所々穴が空いて、そこら中土埃で汚れていた。
足にも真新しい傷や痣がある。●は慣れた手つきで傷口一つ一つに丁寧に薬を塗り、清潔な包帯を巻いていく。
夜が更けた頃、●は眠ったままの青年を横目に、薬草を煎じて薬を作る。青年の為に傷に良く効く薬草も沢山摘んできた。
蝋燭の明かりに照らされる青年は突然パチリと目を覚ました。
「ウオォ!どこだ此処は!」
「ぎゃっ」
「誰だお前はァー!」
夜中に響く突然の大音声に驚いて、●の身体は跳ね上がった。
「びっくりした……!目が覚めたね!良かったあ。待ってて、今食事を」
「俺の質問に答えろ!誰だお前は!」
「この小屋で一人暮らしをしています、●です。よろしく、伊之助」
「お前…!なんで俺様を知ってる!!」
「え?あ、褌に名前が」
●が褌を指差して、あははと笑う。
「テメェ…何がおかしい!」
「伊之助の格好、褌一丁なんだもん。食事より先に着物だね」
●はゆらりと立ち上がると、タンスの中から1番大きな着物を出してきて、伊之助に手渡す。
「いま食事の準備するから」
●はニッコリ笑って伊之助を見つめた。
全く邪気のない笑顔を向けられて、伊之助は仁王立ちしたまま突然静かになった。台所に向かう●の姿を見送ってからフンッと鼻を鳴らして、荒々しく着物を腰に巻きつける。
「おかわりいる?」
「いる!」
運んで来た食事を素手で勢いよく口に詰め込む伊之助を見て、最初は●も驚いた。けれど自分の作った料理をどんどん食べ進める伊之助の姿が嬉しくて、上機嫌な●はニコニコしながら伊之助を見つめる。自分の料理を他人に振る舞うのはいつぶりだろう。
食事を済ませた伊之助は、●に言われゴロリと布団に寝転がる。
「包帯と薬草を取り替えるね」
「…………」
「痛かったら教えて」
クルクルと包帯を解き、すり潰しておいた薬草を傷口に塗ってから新しい包帯を巻いていく。
「………なんでお前は知らない奴にこんな事すんだ?」
「なんでって……怪我してたから」
「ハァ?それだけか?」
「うん……それに家は代々薬師だし。伊之助はなんで怪我したの?」
「…うるせぇ!」
口を尖らせる伊之助を見て、あはは、と●はまた笑った。
「なに笑ってんだテメェ!」
「動いちゃだめだよ」
この日から伊之助と●の生活が始まった。
何年もずっと1人で話し相手もいない寂しいこの小屋に、突然やって来た奇妙な客人。
すぐに「かゆい」と包帯を取ろうとするし、外に出て暴れようとする。なんか本当子供みたいで、気に掛けずにはいられない。伊之助に振り回され、笑ったり怒ったりの毎日に寂しさなんてどこかへ消えてしまった。
***
2021.11.08編集
やっと載せれた。
タイトルお借りしました。朝の病
2019.12.28