朝の病





「こんにちは、お医者様」
「これは●姫さま。何かご用でしょうか?」

平安時代、貴族の娘として生まれた●は、屋敷に訪れたおかかえの医師に挨拶をした。医師はいそいそと荷物をまとめて帰る支度をしている。

「父上の身体はどうですか?」
「だいぶ薬が効いていると思います。いい状態でございますよ」

●の父親は不治の病と言われる難病を患っていたが、この医師が来た途端にみるみる病状が回復した。それ故に●はこの医師に絶対の信頼と尊敬の意を持っていた。

「私も先生みたいなお医者様になりたいです!」

その言葉に、医師はしゃがみ込んで幼い●と目線を合わせた。

「医師は病を治します。けれど病は身体だけでなく、心にも潜むのです」
「心…?」
「お父上様の病で疲れたお心は、●様の元気な姿と笑顔で癒してあげて下さい。それが●様の最初のお仕事です」
「はい!わかりました!」


医師は●の屋敷を出て、次の患者の家へ向かう。

「次は産屋敷様だな」



それから何年も時が経ち、●は医師の知識を身に付けた。貴族の娘ならお家の為の結婚をすべきだが、兄姉が多い●はその必要もなく、両親も応援してくれた。

「今日から先生にご同行させて頂きます。よろしくお願いします」
「●姫様がお弟子とは、いささか緊張します」

●は父の主治医であった医師に同行し、本格的に医者としての仕事を学び始めた。訪れた家の者みんなに感謝され、●も嬉しくなる。医者への夢がさらに膨らんだ。

「●さん、次の患者様は今までの方々とは少し違います」
「と申しますと?」
「少し……気難しいといいますか、先の見えない病に相当参っていらっしゃる。身体の病のせいで心にも、影響が出ているのです」
「心の……」


医師と●は大きな屋敷の門をくぐり、一つの部屋へ通された。


「こんにちは、産屋敷様。お加減いかがですか?」

声をかけると、布団に横たわる長髪の男性が、色白い顔をしてこちらを見た。

「……………」

「産屋敷無惨様、こちらは私の弟子である●です。今日から共に無惨様を診させて頂きます」
「●と申します。よろしくお願い致します」
「…………」

無惨と呼ばれた青年は、物珍しいのかじっと●を見つめたまま動かない。●も無惨をじっと見つめた。

痩せ気味で青白い顔……今も体調はあまり良くなさそう。隈も深いから、夜もあまり眠れていないのかも。目の中の光が今にも消えそう…….先生の言う通り、心も弱りきっている。


「お前の作る薬は……どれも、これも……効かぬ!!帰れ!!」

そう叫び、医師の用意した薬を乱暴に手で払う。
叫んだ反動でか、無惨は激しく咳き込んでしまう。●はその背を優しく摩った。

「無惨様!」

ああ……この方は、無惨様は……
あの時の、先生と出会う前の父上と同じ。
終わりの見えない苦しい日々に、心が疲れてしまっている。なんとか、私が癒せないだろうか。


「無惨様!今日から私に無惨様のお世話をさせて頂けませんか。朝も昼も夜も、お身体が苦しい時はお世話いたします!医学の知識もあります。どうか」


●は無惨の背を摩りながら、懇願した。
無惨はゼーゼーと苦し気に息をしながら「好きにしろ」と言い、布団へ潜った。

この日から●は産屋敷家に留まり、昼夜問わず無惨の身体を労わった。夜中に咳き込めば水と薬を用意し、治るまで背中をさすった。天気がいい日には、体調を見つつ日の当たる縁側に連れ出した。少しずつながら、無惨が荒れる事も減って表情も穏やかになり、たまに笑うようにもなった。


「無惨様!今日の食事でございます!」

●が無惨の前に運んできたのは、魚のお粥、梅干しのお粥、卵粥、柔らかい大根の煮物、豆腐、納豆、半熟卵、白和え、味噌汁、蒸し鶏、とろろ芋、煮込んだ山菜、白身魚の煮物、かぼちゃの煮物。

「……………多い」
「消化のいいモノを作ってみました!どれも自信作でございます。食べてみてください」

ニコニコしながら献立の説明をし出す●を無惨は呆れたように見つめる。



●といる時間は楽しかった。病が悪さをする時も●は嫌な顔をせず寄り添ってくれた。●といると、心が癒される。それは次第に●への恋心に変わっていった。


だが、私の病は良くならない。もう長くない。
それは●との時間に終わりが来てしまうということだ。

嫌だ。短すぎる。

●と、永遠に共に居たい。


「無惨様、今日はこの新薬をお飲み頂きたい」

産屋敷へ訪問した医師が、無惨に薬を手渡した。
それは今まで飲んだどの薬よりも、酷く苦く飲みにくい薬で少し飲むだけで無惨は激しく咳き込んだ。


「これで、私の病は治るのか……?」
「ええ、恐らく」



これで、死を恐れずに●と、居られる。

その思いから、無惨は苦く量の多い薬を苦しみながら全て飲み込んだ。


それなのに、身体の倦怠感も夜間の咳込みも全く改善しなかった。寧ろ前よりも苦しい気さえする。完治を期待した分、怒りも絶望も大きく膨れ、数日後診察に訪れた医師の頭を無惨はオノでかち割ってしまった。


「む……無惨さま………何を……!!」


医者を殺した現場を、●に見られていた。
●は震えながら顔を青くし、バケモノでも見るような目で私を見た。そんな目で……私を見るな。

「●………私は」

私は、●と共に居る未来が欲しかっただけだ。それなのに、この医者は嘘をついたのだ。



●は頭の割れた医師に小走りで近付くと、必死に呼び掛け、身体を仰向けに寝かせた。医師の頭からは脳髄までが流れ出ており、息絶えていることは明らかだった。


●は、泣きながら医師の死を確認すると無惨に近付き、オノを取り上げ、医師の血が付いた腕で無惨を優しく抱きしめた。その●の身体は酷く震え、なんとも香ばしい匂いがした。無惨は我慢出来ず、●の腕に噛み付いた。

「ぐっ!いだっ!無惨さま!!」
「……………」

●の心臓がドックンと大きく脈打つ。無惨に噛まれた腕から何かが、体に流れ入ってくる。目が、身体が熱い。




先生……先生……。
私はこれから、どうすればいいのですか?

私は、無惨様の病を、お心を癒せなかった……。




それから無惨様と私は、日光を浴びれなくなり、人の血肉に食欲を刺激される身体になってしまいました。
もう、それ無しでは生きられない。

だけれど、医者としての私は
人は殺せない。無惨様にも、殺させない。

「無惨様!!」
「……………」

無惨は●を赤い瞳で見つめた。
病の時とは違う瞳。無惨の目には、光が戻っていた。

「今日のお食事です」

そう言って●は着物をまくり自らの腕を無惨の口元に出した。

「……なんの真似だ」
「これ以上人を殺してはなりません!私の身体は不思議と蜥蜴の尻尾のように再生します。食べて下さい」
「私の為に……自ら苦痛を受け入れるのか」
「はい。激痛でございます!」

再生するようになっても、痛いものは痛いのだ。

「素早くお願い致しますね!」

そう言って、●はギュッと目を瞑った。

「……………」
「私……無惨様のお気持ち、分かるようになりました」
「………」
「人の血肉を浴びる程に食べたい気持ち……わかります。けれど……私は医者です。人は殺せません。無惨様にも殺して欲しくない。私の血肉で満足頂けるなら、足までも差し出します」
「ならば……」
「はい」

「お前の……●の心臓を食わせろ」

●は驚いた顔で自分の胸に手を当てる。

「心臓はきちんと再生するのでしょうか……」
「………」

無惨は不安そうな●を強引に引き寄せ、抱きしめた。無惨の胸は熱く力強い鼓動が聞こえる。

「無惨様……?」
「いきなり心では不躾か……まずは唇を貰おう」

無惨は●の唇に荒々しく口付けた。

「んっ……」

突然の口付けに身体が強張って、口を固く閉じる。無惨はおかまいなしに閉じられた唇に貪り付く。舌で舐め上げ、顎を掴み唇を無理やりこじ開けた。

「んはっん」

無惨の舌が奥まで入り込んできて、熱い吐息が漏れる。無惨に柔らかい唇を噛みちぎられても、すぐさま再生し痛みも消えた。

「んっんん」

無惨は口付けたまま自らの舌を噛みちぎり、●に血を飲ませた。無惨の血は美味で、極度の飢餓状態であった●は恥ずかしさも忘れ、自分から吸い付くように無惨に口付けはじめた。無惨の背に手を回し、強く抱き返す。


「悪くない」
「……もっと、下さい」


●の惚けた顔での懇願に、無惨は再び口付けを落とす。




無惨が横たわっていた布団に、一糸纏わぬ姿の2人が抱き合う。肌には薄ら汗が滲んでいた。


「●の心臓は必ず私が食らう。よいな」
「生きたまま心臓を抜かれるのはちょっと……」
「……お前の身体も心も、血液さえも全て私のものだ」
「それで無惨様が人を殺さずに済むのなら……喜んで」
「愛している…●」





***
七味様からのリクエスト小説です。
七味様!リクエストありがとうございました!
細かくリクエストをいただきましたので、答え合わせを!!

@平安貴族の姫。
A無惨に鬼にされる。
B無惨が人間を食べるのだったら、自分を食らわせる。
C代わりに無惨の血を貰う。
D心が強く、コミュニケーション能力も高い。
E無惨と両想い。(無惨ベクトル大)

Dはちょっと自信ないです……。
コミュ力は相手あってのものなので相手が無惨だと私の中では限界がありました……!すみません!

Eは完全に無視したような気が!
夢主←無惨になってる。(?)

夢主設定をかなり詳しく書いて頂いてたので、それ通りに書けるか不安でしたが、むしろ楽しくかけました!!自分では思いつきもしない小説が書けたかなと!

最後の方は血塗れのr18になりそうだったので無理矢理省略。
夢主が出した食事に関して平安時代にもあるものなのか………謎でございます。(笑)
いろいろ大目に見てください。


2020.02.17

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