演劇奇譚

気持ちよく晴れた空の下、煉獄杏寿郎と弟の千寿郎が縁日のように賑わう街に出た。
なぜ今日はこんなに賑わっているのかと言うと、この街に名の知れた舞姫が到着した為だ。
今日舞を披露し、数日後にはまた次の地へ行くそうで、街の者皆がこぞって我先にと駆けつけているのだ。

煉獄兄弟も昔から父に連れられ歌舞伎を見たりしていたので舞踊は馴染み深いものだった。

「千寿郎!今から見るのは、日の本一の舞い姫と言われる女性の舞だ」
「それはさぞ美しいのでしょうね、兄上!楽しみです」

広い舞台をまえに煉獄兄弟は、今か今かと開演時間を待った。杏寿郎はふと何かを思い出すように目を伏せた。

「千寿郎」
「はい、兄上」
「覚えているか分からないが、千寿郎がまだ幼いときよく遊ん」

杏寿郎の言葉を、タタンッと開始の合図である太鼓が遮った。ガヤガヤとしていた観客全員が静まり返り、舞台に注目した。
舞を踊る為の煌びやかな衣装を身に纏う1人の女性が舞台の上に現れ、煉獄兄弟の瞳は大きく見開かれた。


「あ、兄上………!あのお方は!」
「………………」






ーーーー





「杏さま!杏寿郎さま!」
「●!来たか!」
「これ、●。杏寿郎様はお稽古があるのだ」
「構わないぞ!なにして遊ぶ?」
「やれやれ……」


ため息をつく大人たちを他所に、杏寿郎と●は庭で仲良く玉蹴りを始めた。


●の家は代々「舞」を生業とする一族だった。能や歌舞伎を好む煉獄家とは、先代から家族ぐるみの付き合いがあった。


●は愛嬌もよく、舞がとても得意なのにいたずら好きで、親からはよくおてんば娘と言われていた。いつも何をするにも楽しそうにニコニコしているので、修行を第一として考えている杏寿郎も、●が屋敷に遊びに来た日だけは、修行を放って遊び出す。



「ハハハ、杏寿郎もまだまだ子供だな」
「いやはや稽古のお邪魔ばかりで申し訳ない」
「●ちゃんは特別な様ですからな」


心地よい日光が差し込む縁側に2人で座り、●の親が手土産として持って来たおはぎを頬ばる。


「私、大きくなったら杏寿郎さまのお嫁さんになりたいです!」

●のその言葉におはぎを頬張る杏寿郎は目をぱちくりさせて、顔を真っ赤に染めた。

「ほ…!本当か?」
「はい!」

にぱっと笑って返事をする●を見て、杏寿郎もパッと笑顔になった。

「約束だ!日本一幸せな花嫁にしてやるぞ!」
「わあ、嬉しいです!」

杏寿郎はおはぎを口いっぱいに頬張る●を見て、嬉しそうに笑った。






「杏さま!杏寿郎さま!」

●は団子を握るような手つきをして、ニヤニヤしながら杏寿郎に近付いた。その手つきと表情から、聞かなくても手の中に何かよからぬものを隠し持っている事は明らかだった。

「なんだ?」

杏寿郎は●の手に顔を近づける。

「じゃーーん!!」

得意げに開いた手の中には、丸まったダンゴムシが1匹転がっていた。

「ダンゴムシか?」
「………あれっ、杏寿郎さまは虫が怖くないのですか!?」
「怖くない!」
「えぇっそんな」

驚いた様子の●を笑い、杏寿郎は手の平からダンゴムシを摘み上げた。

「私は昨日やっと触れるようになりました。じゃあ千寿郎さまにも見せてきます」

●は、杏寿郎の摘み上げたダンゴムシをここに戻してくれと両手を差し出した。

杏寿郎はダンゴムシを逃し、●を背に地面にしゃがみ込んで、土をいじり出した。

「?……」
「こっちの方がいいぞ!」
「えっ」

杏寿郎の手から●の手にポトンと落とされたのはウネウネと動く元気なミミズ。


「ひっ!いやあああああああ」

●はミミズの乗った手をぶんぶんと振り回し、飛び跳ねる。

「ハハハ!お返しだ!」

そう言うと、杏寿郎は走り出した。

「ひどいです!杏寿郎さまー!!」

●は涙目になりながら、杏寿郎を追いかけ回す。そして●がドテッとコケると杏寿郎が戻り、手を引いて起き上がらせる。

「いつもの流れですな」
「いやいや、全く仲の良い」
「ハハハハハ」

2人の父親は縁側で談笑しつつ、仲のいい我が子らを微笑ましく見守っていた。





それから、しばらく経った頃。
●の家族が中々遊びに訪れないので、不思議に思った杏寿郎は父親である槇寿郎の部屋を訪れた。

「父上!失礼します!」
「杏寿郎か。どうした」

「近頃、●が姿を見せませんが、何故ですか?」
「…………」

その質問に、読み物をしていた槇寿郎は顔を上げ、杏寿郎を見た。父親の深刻そうな表情を見て、何かを感じた杏寿郎は膝の拳をぎゅっと握った。

「やはり、隠してはおけないな」
「…」
「よく聞け、杏寿郎。あの一族は鬼によって、皆殺しにされた」
「み…な殺し…」

杏寿郎はその言葉を理解するのに数分かかった。父の言葉が、頭の中を何度も巡る。握った拳がジンジンと波を打っている。

「●も……ですか」
「…そうだ」
「何かの間違いでは…」
「……………」

口を真一文字に結んで目を瞑り、拳を震わせる父を見て、杏寿郎の瞳からはぽろぽろと涙が溢れた。

嘘では、ないのか。
父がこんな嘘をつくはずがないのは分かってる。
分かってはいるが、嘘だと思いたかった。




『杏さま!杏寿郎さま!』


自分に向くあの無邪気な笑顔は、どこを探しても、もう………。

共に座り並んで話した縁側も、走り回った庭も、どこか色褪せて見える。

世界から、色が消えた。
そんな気がした。





杏寿郎は、●を失った大きな喪失感を紛らわす為に、今まで以上に刀を振るった。

●を失った悲しみは、次第に鬼への怒りと嫌悪に変化していった。●を殺した鬼は、絶対に許さない。

鬼は1匹残らず、俺が斬首する!

ほどなくして実力を認められ、杏寿郎は鬼殺隊炎柱となった。

尊敬するお館様にも出会え、仲間も、部下もできた。
助けた人に感謝されるのは嬉しかった。この仕事にやりがいを感じていた。強くなっていく自分、仲間に誇りを持てた。

だけれど、やはりどこか満たされない想いを抱えていた。

それを埋める方法は、炎柱になった今も分からないままだ。



それから時は進み、現在。
千寿郎と共に見に来た舞の舞台。
その舞台で美しく舞うのは、死んだと聞かされていた●だった。
豪華な扇子や衣装が、●の舞を一層際立たせ、舞い踊る度に人々を取り込み、魅了していった。杏寿郎は息をするのも忘れるくらい、その舞に見入っていた。

「見事なものだ」
「あの一族の唯一の生き残りだそうだな……」
「この辺りだろう、屋敷は。今は誰も住んでいないらしいが」

隣の座敷に座って舞を見る男衆が小声でそう話していたが、杏寿郎の耳には全く届いていない。






ーーー


「●さん、貴方に会いたいという御仁が裏に」
「いえ、会いません……お断りしてください」
「…わかりました」

舞台を終え、衣装を着替えた●は見習いの舞い子にそう伝えた。舞台が終わった後の●にひと目会いたいという人間は多かった。舞い姫とは違う、おてんばな性格を知るとあからさまにガッカリされる。だからもう最初から会わない。そう決めた。舞台で舞う私だけで満足してほしいものだ。


「●さん、御仁からこれを渡してくれと預かりました」
「なんだろう。ありがとうございます」

見習い舞い子が持っていたのは、小さな白い紙袋の様なもの。●が受け取り、袋を逆さまにすると中身がポトボトと手の平に落ちてきた。

「いっ!やあああああああああ」






「うむ!いい声が聞こえるな」
「兄上……あんな事していいのでしょうか?」
「俺と会う事を拒んだ●が悪いのだ!」

舞台の裏にある控部屋の前で、ハハハと腕を組みながら笑う杏寿郎。それとは真逆に千寿郎は心配そうに悲鳴の上がった控部屋の方を見た。


●は乱暴に草履を履いて外に飛び出た。

あんなに大量のミミズとダンゴムシを贈り物のように渡してくる人物に、一言物申してやろうと鼻息を荒げる。


「どういうつも」

屋敷の裏に立っていた2人の姿を見て、●の怒りはふわりとどこかへ消えた。それどころでは無くなった。

「やはり!●!●だろう!」
「おっお久しぶりです、●さん」

パッと笑う杏寿郎と、少し瞳を潤ませる千寿郎。
●は震えた。開いた口も塞がらない。

「槇寿……いえ、杏寿郎さま?と、千寿郎さま……?」

そこには昔の槇寿郎を思わせる杏寿郎と、
昔の杏寿郎を思わせる千寿郎が居た。

「本当に……?」
「●!!生きていたのだな!」
「…本当…に……?」

●の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ出した。
●は人目を一切気にせず、2人の間に飛び込んで両腕で抱きしめた。

「お二人ともお元気そうで、何よりです!」
「●も相変わらずの様だな。虫嫌いはまだ治っていないのか!」
「治す気はありません!」

2人は顔を赤くして微笑み、歓喜のあまり震え泣く●の身体を抱き返した。

「生きていたのなら、なぜ俺に会いに来なかった!」
「……ごめんなさい。ずっと、お会いしたかったです」

生き残った●は一族が皆殺しにされた後、全国を周る芸能一族に引き取られて共に旅をしていた。家族が惨殺され、所縁ある人とも離れてしまった喪失感から、それを忘れるように舞を踊ってきた。いつか、煉獄家のお膝元で舞うのを夢に見ながら……。



杏寿郎は突然、両腕で●の体を抱き抱えると、そのままずんずん歩いて行く。

「杏寿郎さま!?」
「あ、兄上!?」
「さあ、祝言だ!」
「えぇっ!」

●は驚いて、杏寿郎の顔を見上げる。杏寿郎はニッコリ笑った。

「日本一、幸せな花嫁にしてやるぞ!」

その言葉に、●の瞳からは再びぽろぽろと涙が溢れでた。幼い頃の口約束を、杏寿郎が覚えていてくれたのがとてもとても嬉しかった。


「嬉しい……です」


千寿郎もニッコリと笑って2人の後を追いかけた。

兄上のこんなに嬉しそうなお顔は、久しぶりに見る……。

「さあ帰ろう!」

満たされなかった想いが一瞬にして消え、世界は色を取り戻した。




「日の本一の舞い姫は、その日を最後に舞台から姿を消したのでした。めでたしめでたし」
「これ、父上と母上のお話でしょ?」
「それはどうかな」





***
holo様からのリクエスト小説です。
リクエストありがとうございました!!
「煉獄さんで、ハッピーエンド」
ウタカタ、あなた…etc……聴きながら楽しく書かせていただきました!素敵な楽曲教えて下さりありがとうございました!holo様の仰る通り、悲しめの曲多めでしたので、悲しい要素も入れてこんな感じに仕上がりました!悲しい曲、良いですよね!!!私も好きです!!
私は短編を書くのが苦手なので、いろいろ削りながら短くしました。
「舞」は「能」のイメージですが、「能」はお面を着けている感じなので、夢主が舞うのは面を付けてない、神社などで舞うようなものを想像して書きました。

読んでくださり、ありがとうございました!

2020.01.29

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