神様どうか

「大きく……なったようだね」
「はい。あれからもう5年になります」

ぽかぽかと日の暖かい正午。
産屋敷邸の当主と、1人の女が日の刺す部屋の中で向かい合う。


「何か、掴めたのかな」
「はい、微力ながらに」
「それは、よかった。これからまた鬼殺隊に協力してくれるかい?」
「もちろんです」
「ありがとう。もし、帰省したばかりで行く当てが無ければ、しばらくこの屋敷に居るといいよ」
「産屋敷さま、お心遣い感謝致します」

産屋敷当主の落ち着く声と自分への気遣いに、強張っていた頬が緩んだ。

「私は一度これで失礼いたします」
深く礼をし、静かに立ち上がり出口に向かって一歩踏み出したとき
「●。……実弥は風柱として頑張っているよ。生きている」

久しぶりに聞く懐かしい名に、身体中に緊張が走った。

「気になっていたんじゃないのかい」
「いえ、私は…もう………すみません、失礼いたします」

●は何もかも見透かす当主に深く一礼すると立ち上がった。市女笠を頭に乗せ慌てた様子で産屋敷邸を後にし、そのまま走り出す。

生きている……
生きているんだ……。


「……よかったぁ………」


不死川実弥とは鬼殺隊に入る前からの友達だった。少しの間だったが、共に修行に励んだ仲だ。

友達であるなら会いに行けばいいのにそれをしない……
否、できないのは、別れ際で起きた2人の間の出来事がしつこく尾を引いていて、それ以降会っていないから。

私は実弥を傷付けてしまった。


あれから、もうかなりの年月が過ぎた。
家族なんかも、居るかもしれない。
会えなくたっていま、生きていて、幸せならそれでいい。



●は、桜の大木の生える丘に来た。
春にはこの場所で、必ず実弥と2人お花見をした思い出の場所だ。
今まさに桜花爛漫という言葉がぴったりだ。空の青が見えないほど枝にびっしりと花が咲き誇っている。

気持ちのいい風が市女笠ごと髪をかき乱す。
太陽の光が気持ち良い。気候も暖かい。もう、すっかり春だ。

「ただいま」


●は桜の幹に手を付いて、桜に話しかけた。当然、返事はない。

ずっと離れていた懐かしい空気、風、雰囲気の中にいると、記憶が勝手に呼び覚まされる。笑顔の彼が、隣にいるような気さえする。

ああ………昔に戻ったみたい。

市女笠を取って、立派な桜の木の幹にもたれ掛かる。ぽかぽかの日を浴びているとだんだんと眠気が襲って来た。

朦朧とする意識の中、小さく「遅ェよ」なんて聞こえた気がするが、限界だ。すこし眠ろう。

そう思ったと同時にか、私は眠りについていた。




ーーー



刀が空気を切る音が響く春。
鬼殺隊所属の不死川実弥と●が、同じ方向を向いて素振りをしている。

実弥と●は共に暮らす孤児だった。2人とも家族を鬼に殺され、孤児となった。共に修行を積み、朝から晩まで共に過ごす毎日。
実弥と●は、友人であると同時に同志であり、似た悲しみの理解者でもあった。


「実弥の刀は綺麗だね」
「あァ?そうか?」

●は、自分の握る刀を見つめた。

●には、剣士としての素質が全く無かった。
運良く鬼殺隊になれたのも、実弥と一緒だったから。どんなに刀を振っても呼吸も使えない●の日輪刀は、色を指してくれなかった。鬼を殺す力を持たない鬼殺隊隊士など、居る意味がないというのに。

色も指さない刀では、今の私のままでは、何もできない。いざという時、実弥を守ることも、きっとしてあげられない。むしろ足を引っ張る事になる。

唯一無二の友人に、私は何もしてあげられないんだ。
それが、どれほどまでに悔しい事か。

刀を見て悲しそうな顔をしていると、実弥が●の頭をぽんぽんと撫でた。

「お前はお前にしか出来ねェ事があるだろォが」
「…例えば?」

実弥は顎に手を当てて、まじまじと●を見つめた。

「そうだなァ……料理をさせりゃ必ず焦がす。掃除をさせりゃァモノを壊す。洗濯に行かせりゃてめェまで川に浸かって帰ってくる。……なんも出来ねェんだな、お前ェ」
「ひ、ひどい!いま励ましてくれる流れだったよね!」
「そのせいで当番制の家仕事が全部俺の仕事じゃねェか」
「うぅ……ごめん」
「お前は1人じゃ何にも出来ねェんだよ」

ムッとした●とは逆に、実弥は鼻を擦りながらヒヒと口角をあげた。


2人は、刀を置いて地面に座り並ぶ。木陰に入って休憩だ。


「私、実弥と一緒に行きたいな」
「…どこへ」
「…………………………」
「答えねェのかよ、馬鹿野郎ォ」


実弥はきっと、どんどん強くなる。
私は実弥が見る景色を共に見たい。強くなっても大人になっても、ずっと肩を並べて歩きたい。実弥が登りつめる高みに……一緒に行ける友でありたい。

そう思えば思うほど、何も出来ない自分の中のモヤが濃くなっていく。

私は、やはり日輪刀では駄目なんだ。




ーーー



夜間の鬼狩りが終わってから、俺は思いの深いこの場所に来た。立派な大木に咲く花は見事なものだ。俺よりも長い間沢山のものを見てきたであろうこの木にもたれ、少し昔を思い出した。

桜の木から「ただいま」なんて聞こえた気がするが、それが●だったら俺はなんて言うだろうなァ。

馬鹿野郎、か?ふざけるな、か?きっと最初は怒号しか出てこねェんだろうなァ……。

何年……俺と会わないでいると思ってる。
お前は平気でも、俺はもう待ちくたびれた。次の仕事で生きてるかさえわからねェのによォ……。

あの夜の事も、謝らなきゃいけねェのに。
あいつはいつ戻るんだァ……クソ。

もう俺は思いの伝え方もわからねェガキじゃねェ。あの頃はたった1人の女の不安さえ、包む事も分かってやることも出来なかった。

自分の行動をこれ程後悔したのは、後にも先にもあの夜だけだ。

自分が情けねェよ。
でもきっと生きてるうちに●にまた会えたら……

「遅ェよ…」

それしか言えない気がするなァ。








***
三話完結を目指す。次話はあの夜の話。
2020.03.04

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