貴方のことは

長い。若干強引な表現があります。注意。






「異国……ですか?」
「異国っつっても日本だけどな!聖地があってな、みんなそこで鬼を倒す修行しとるよ」
「刀を使ってですか?」
「いやあ。どうやら刀で倒すんじゃないんだよ。法力ってのかな?なんかこうなってな、すごいやつ」

刀を、使わないで………?

●は、全国を旅する移動商人にその話を聞いた。

刀を使わない方法なら……きっと、私にも扱えるのでは?そこは行けば私にも、実弥と共に強くなれる可能性が見つかるかも知れない。頭の中のモヤを晴らすように一筋の光が射した気がした。

「あの!私をその聖地に連れて行ってくれませんか!」
「あぁ、それはいいけど……当分ここへは戻んないよ。家族には言ってある?」
「家族は………」

家族と言われ、頭に浮かんだのは血の繋がらない実弥の顔。

「これから、伝えます」
「そ。じゃあ5日後の夜明けにまたここで。それまでに言っときなよ」
「はい」



その日から●は修行に参加しなくなり、1日中1人で家に篭るようになった。
『立つ鳥跡を濁さず』と言うし、旅立つ前に自分の生活の後始末をしようと思った。お風呂場や台所を掃除する。前よりも散らかった気もするが、気持ちの問題だと無理矢理自分を納得させた。

●は掃除を終わらせると、こそこそと荷造りを始めた。


実弥にはまだ言えていない。



「よォ」
「おかえり」


●がこそこそと荷造りをしていると、実弥が修行から帰って来た。●は急いで作りかけの荷物を押し入れに隠した。

「今日は何してたんだァ?」
「掃除してたよ。綺麗になったのわかるでしょ?」
「…………掃除したのか?コレで?」
「してみましたけど……」


●が修行に参加しなくなった為、一緒に過ごす時間は減ったが、実弥には、●と交わす『ただいま』『おかえり』が心地良かった。こしょぐったくて懐かしい、こんな日々が続いたらいいと心から思った。


●は次の日に、実弥と自分の布団を干ししながら考えていた。

いつ、実弥に話す?
言えないまま時間だけが過ぎてしまう…。
黙って出て行くなんて出来ないし……。

伝えなければ。

……でも………もし………実弥に…


「●」
「おっ、おかえり。今日はどうだった?」
「疲れた」

実弥は初の鬼狩りから帰って来た。
服は返り血塗れで、表情を見れば酷く疲弊しているのが分かる。●は火傷しそうになりながらもなんとか風呂を沸かす。薪に息を吹いているとハッと気付いた。

「あっ、お風呂より手当てが先!?」
「いやいい、風呂で。ありがとなァ」

いつの間にか●の背後に立っていた実弥は上隊服を脱ぎ、手拭いを手に持っていた。

「う、うん!ちょっと熱いかも」
「…ちょっとじゃねェ。今にも沸きそうじゃねェか」
「ええっ!?水入れるね」
「冷てェよ!俺にかけんな」
「わっ!つめた!」

誤って水をかけられた実弥が負けじとかけ返したら、●もまた…と終わらなくなり、いつの間にか2人笑って水の掛け合いをしている。2人とも楽しくなって、疲れも吹き飛ぶようだ。


ずぶ濡れになった2人が無事に入浴を済ませ、夕刻。
いつもの様に2人で食事を摂っていると、実弥が口を開いた。

「●。お前は鬼殺隊抜ける気はねェのか?」
「ないよ」
「……………」
「どうして?」

実弥は鬼殺隊として鬼狩りに行くようになり、今まで対峙してきた鬼がいかに弱かったかという事を痛感しはじめていた。今までは運がよかっただけ。

「お前の刀は色も無ェし、呼吸もまともに使えねェだろォ。今まで戦った鬼や最終選別の鬼なんて大したことねェのに」
「…………」
「そいつらでさえ、お前は切れねェ…」

全くの正論を言われ、箸を持つ手にぐっと力が入る。

「……だけど、私だって別の」
「テメェには素質がねェんだよ!辞めろ!今すぐ!!」

首を縦に振らない●に苛立ち大きな声が出てしまった。

「なんで……どうして、そんなこと言うの!!」

●は、涙を堪えながら勢いよく立ち上がり、そのまま外に飛び出した。

「…………」


そうだよ……。
私には素質が無いんだ。そんな事自分が一番分かってる。どんなにツラい修行に耐えても、刀が色を指してくれない。
足手纏いなだけで戦えず何も出来ないまま、強くなる実弥に置いて行かれる私の気持ちなんて、実弥には分からないんだ。


その日から、実弥と●はほとんど口をきかなくなった。実弥は夜間鬼狩りに行く日が増えたし、日中は身体を休めている。起きてる時間に会って話かけても、実弥は無言で顔を逸らすだけ。だけど、『おかえり』にだけはいつも頷いてくれた。


実弥に家を出る事を言い出せないまま、旅立つ前の夜が来た。明日の早朝、●はこの家を出る。

実弥とは、やはりきちんと話をして向き合いたい。

次また会えるのかわからない……今日くらいは。


夜になっても実弥は部屋から出てこないので、●は部屋をそっと覗いた。蝋燭に照らされた実弥は布団に座って、静かに一点を見つめている。

「今日は…鬼狩り行かないの?」

戸から少し顔を出す●を見て目を瞑った。

「………今日は無ェよ」
「そう……あの、話があって」

●がそう言って、実弥の側まで寄って正座した。実弥は●を一瞥すると、再び目を瞑った。

「悪かった」
「え?」

●が実弥の顔を見てキョトンと固まる。

「お前の気持ちを無視して素質が無ェとか、鬼殺隊を抜けろとか怒鳴ったこと……悪かった。けどなァ……俺はお前を危険な目に遭わせたくねェ。鬼殺隊を抜けろってのは変わらねェからな」
「………」
「お前単独の鬼狩りは俺が同行してやる。●の気が済むまでやって無駄なら早々に諦めろォ」
「実弥……」

足手纏い、とかじゃなくて私の身を案じてくれてたんだね。………私も、頑張るよ。

「私、実弥に話があって……」
「なんだァ。もうカラスが来たのか?」

「私ね、明日……この家を出るよ」
「…………………はァ?」
「しばらく戻らないつもり」


何を言ってんだァァ……?
家を、出る?戻らないィ?

実弥は驚いた顔で●を見つめて動けない。
そんな実弥を無視して●は続ける。

「異国に行こうと思ってるんだ」


鈍器で殴られたような、嫌な感覚が実弥の身体中に走る。●は実弥をしっかりと見てそう言った。


実弥の中に『ふ』とよく分からない笑いがこみ上げてきた。


「...さっきから何言ってんだァァ、てめぇはァ」
「だから」
「...疲れてんのか?早く寝ろ馬鹿野郎」

●の顔も見ず無意識に冷たい声が出た。
少しの沈黙の後、●は口を開いた。


「実弥、これからも仕事頑張ってね。危険な仕事だけど実弥なら」
「だからァァ!!意味がわかんねぇっつってんだよォォ!!」

つい大きな声を出してしまった。
●の言葉の意味が分からない。分かりたくもない。イライラする。


「...お前は鬼殺隊なんだろうがァ」
「わたしは、」

俯きながら●がそう言いかけたとき、実弥は座っている●の腕を掴み、すぐ後ろの壁に押し付けた。

●の背中にドンと衝撃が走る。

「っ、い」


尻餅をついたような状態で●の身体は壁と実弥の体で挟まれ、動けない。●の目の前に実弥の傷だらけの胸。実弥は何も言わずに●を見下ろしている。実弥の腕にギリギリと強い力で肩と腕を押さえつけられており、●の顔は痛みで歪む。

「あの、痛い…んだけど…」
「...................」

実弥は、目線を合わせる為に●の上にしゃがみ込んだ。息がかかるほど近くまで2人の顔が近づくと、目と目が至近距離で合う。実弥の額には青筋が浮き出て、目をはひどく怒りを含んでいるようだ。

●は、その目に至近距離で睨まれている事に耐えきれず、掴まれていない方の腕で実弥の体を押し返す。けれど、ビクともしない。

実弥は抵抗されたことにイライラしたのか、その腕を掴み、引っ張って●の体を自分の布団へ放り投げた。

「わっいたっ」

●は体制を立て直そうとしたが、すぐさま実弥によって両腕を掴まれ、布団に押し付けられた。

「あ....あの」
「黙れェ…」
「..............」

実弥に組み敷かれた状態で●は実弥の顔を直視できずに、横を向く。今も怒りを含んだ冷たい目で見られていることは容易に想像できた。●を組み敷いたまま動かない実弥が、沈黙を破る。


「…こんなに弱ェくせに」
「……え?」
「ここを出て行くだとォォ?」

お前は俺に守られていればいい。
俺の帰る場所であってくれればそれで、それだけで。

「……………」

『弱い』……………。

その言葉に●は悔しそうな、悲しそうな顔をする。


「……私がここをでて行くのは…」

ツラツラと説明をされるが、まるで頭に入ってこない。

この家を出る?明日には……●はいないって事か?ふざけるんじゃねェ。

この事実だけが実弥の頭の中をぐるぐると巡る。

家仕事も2人分から自分1人だけの分でいいから楽になる。それなのにそれ以上に、実弥は●と離れたく無かった。

1人で飯も炊けねェ●の事だ。異国が何処だか知らねェが、きっとすぐに根を上げて帰ってくる。
そしたらまた、俺を『おかえり』って迎えてくれんだろ。


実弥が落ち着こうと色々考えていたその間も、組み敷かれながらも説明を続けていた●を見るとなんだか笑えてきてしまった。

何を俺はムキになって……数日家を開けるくらいで。
疲れてんのは俺の方かもなァ。

そう思っていたとき、●の口から出た言葉がまた俺を揺さぶる。


「帰ってくるか分からないけど」


この女は、なんでこうも俺をかき乱しやがんだァ。
少しだけ落ち着いたと思えばまたこれだ。
実弥の中で何かが切れた。一度は緩ませた手の力を強くする。

「いっ、たいって」

実弥は●の顎を思い切り掴んで激しく口に噛みついた。
口づけ、なんて優しいものではなく、獣が獲物を食うように荒々しく●の唇を貪った。
●は顎を押さえられているため顔をそらすことが出来ず、唇を固く閉じたまま実弥の強引な口づけを受け止める。


「ん、んんん!」
「開けろ」
「……なに言っんん」

●が喋り口を開いた隙を見て強引に口内に侵入する。それでも口を閉じようとするので、反射的に●の顎を掴む手に力が入る。
痛みと息苦しさで●の顔が歪み、涙が頬を伝う。

窓から湿気を含んだ強い風が吹き、蝋燭が消えた。
月明かりも無い今夜は目が慣れるまですこし時間がかかりそうだ。

そのうちに諦めたのか、●は唇の力を抜く。すると実弥はさらに奥まで侵入してくる。
●の舌を探し、強く吸い上げる。

「っ……んふ……ん…っ…は、ぁ…」

●の口から艶のある息と声が漏れる。
実弥ははじめて聞く●の色っぽい声に興奮を隠せない。


唇を離すと、●は実弥を潤んだ瞳でじっと見つめてはあ、はあ、と大きく酸素を取り込んだ。実弥もそんな●をじっと見つめて呼吸を正す。

「どう、したの?実弥....」
「……………」


今までにない興奮状態にある実弥は自分でも何をしでかすのかわからなかった。
ただ明日自分の元から去って、帰ってくるかさえわからないと言う目の前の女を、自分だけのものにしたかった。

俺のものになれば、俺から離れて行くなんて言わねェんだろ。

俺の母親もそうだった。クソみたいな親父から離れて行きもしねェで1人尽くして尽くして、最後は……。

そんな愛の形しか、近くになかったから。


実弥は●を押さえつけていた手を離し、そのまま豊かな胸を服の上から触る。●の体がビクッと跳ねた。

「あ、あの…実弥…なにするつもり?」
「……………」

●の質問に答えもせず、●の胸を手の中で転がす。

誰にも触られた事のない自分の胸を服越しではあるけれど触る自分ではない手。
大人になる前の●でもわかる。
唯一無二の友人であり理解者だった彼が男に変わって、この後何をする気なのか。実弥は胸元の着物の襟を割り開いた。
抵抗しようとも恐怖で体が動かない。
●の目から次々と涙がこぼれる。

こんなに怖いのは目の前の彼が知らない人みたいだからだろうか。


「…実弥……や、めて、やめてよ」
「悪い…」

とまらねェ、と小さく呟く実弥。
絶望に似た感情が●を支配する。


こんな形で実弥と向き合うなんて
いつもの優しい彼はどこに行ったの。
私は今のままでは、強くなれない。実弥の登る高みまで一緒に行けないんだよ。大人になってもずっと実弥の隣に居るために、私はここを離れるんだよ。
私の話を最後まで聞いて、笑顔で見送ってほしかった。こう思う私は我儘なのだろうか。


外からドンと大きな重い音が響いた。窓の外はいつのまにか雨が降っており、雷も鳴っている。
実弥が上半身を浮かせて、ふと窓の外を見た。
●はその隙に実弥を押しのけ、ドアの方に走り出そうと身体を捻って起き上がる。外に出れば、このおかしな状況から抜け出せる。実弥もきっと元に戻ってくれる。

けれど、●が布団から一歩踏み出した瞬間、二の腕を強く掴まれ、布団に引っ張り戻された。

「テメェ…どこに行く」
「あ…」
「逃げんじゃねェ」
「実弥……」
「どこにも行くな」


頼むから……


再び組み敷かれ、目の前には別人のような実弥。

「お、お願い、やめて」

涙ながらに●は声を絞り出す。

実弥は聞こえているのかいないのか、再び●の顎を掴み口づけ、手は●の胸元の割り開いた着物の間に滑り込む。

●は強引すぎる口付けに恐怖で震えながら声を絞り出す。

「…んん………らい」
「あァ?」

実弥が唇を離す。

「………きらい」

その言葉に実弥の動きがピタリと止まった。


「……だいっ嫌い……」

涙で潤んだ瞳でキッと実弥を睨みながら声を絞り出した。

「……………」

実弥の意識が●から発せられた言葉に集中する。

俺は…………

●は少しはだけた着物を握りしめる。

「……もう、顔も……見たくない」

●の肩が震えている。
実弥はしばらく●を見つめた後、その肩に手を置いて「ごめん」と小さく呟くと、外へ通じる引戸を開けた。

外に出る前に、実弥は泣いている●を振り返る。暗闇に佇む実弥は先程とはうってかわって悲しい目をしていた。


「ずっと俺はお前の近くに居たのに……今日まで俺には何も相談できなかったのか?」


●の胸がチクリと痛んだ。
一番近くにいたんだ。毎日一緒に。2人で話す時間はいくらでもあった。でも、実弥にだけは相談できなかった。

だって……もし……実弥に…
「行くな」って言われたら、行けなくなってしまいそうだったから。

泣いていて言葉がうまく出ない。
実弥はそんな●に背を向けてもう一度「悪かった」と呟くと今度こそ小屋を出た。


1人になった●はその場に踞る。
涙が溢れて止まらない。共に暮らして来た友に、自分の都合で今日まで何も言わず勝手に決めて、酷いことを言ってしまった。相手の気持ちを分かってあげられてないのは、私の方だった。

「…ふ、ぅっ……ひっ……ひ……っ」

我慢していた鳴咽がもれる。
どうしていいのか、どうすべきだったのか分からない。
涙を拭う袖口が瞬く間に湿っていく。




実弥は戸を背に、雨の降り込む軒下に立ちしばらく動けずにいた。その肩は静かに震えている。

●が悪いんじゃねェ。
鬼殺隊を抜けろだの、素質がねェだの罵った奴に相談なんて出来るわけねェよなァ………。

俺は●の想いを理解しようとすらしなかったクソ野郎だ……。

このまま、もう会えねェのか…?
だけど、戻って俺に何ができる。

「………クソ……」


今日が雷雨でよかったと思う。
●の泣き声も、自分の口から出る情けねェ鳴咽も涙も、雷と雨が消し去ってくれる。

でもどうせなら1番聞きたくなかった言葉も
一緒にかき消してくれればよかったのに。

「…大嫌い………か……」

自分の行動をこれ程後悔したのは、後にも先にもこの夜だけ。

少し雨に濡れて、実弥は夜の闇に消えた。






***
2021.10.29 ちょい編集
編集するかもしれませんが一応これで清
2020.03.07

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