狡い女

「ねえ明日香」
「なあに?」

目の前の名前がパンケーキを半分食べ終えた所で話しかけてきた。珍しい。私と名前はお互い食事中はあまり喋らないタイプだから今日みたいに食事の途中で話しかけてくることは滅多にないのに。

「これはまだ明日香にしか言ってないんだけど」
「あら何かしら気になるわ」


名前はニコニコと可愛い笑顔を浮かべ私を見つめ、早く話の内容を伝えたいらしくソワソワしている。その様子が小動物を彷彿とさせ見てて微笑ましい。




「私ね、十代の事が好きかもしれない」


笑顔の名前から発せられた言葉によって、私の心は鉛を持っているかのようにズシンと重くなった。

「そ、そうなの」

そう答えるのが精一杯だった。
友達として私はなんと返すのが正解だったのか分からない。


「明日香にしか言ってないからこれは二人だけの秘密だね」

私と名前、二人だけの秘密。
いつもならその甘美な響きは私にたくさんの幸福を与えてくれるのに、今日の内容は私を不幸のどん底へと落とすようなものであった。

「いつから、十代のこと好きなの?」
「んー、わかんない!気がついたら気になってたって感じかな〜」
「そう。あのデュエルバカのどんなところに惹かれたのかしら?」
「そりゃもちろんデュエルが強い所!あと、いつもピンチになった私たちを助けてくれるところ、あとはー」

ジュンコやももえならこんな時にどうするのかを考え、話題を広げる事を実行に移してみたけど、ただただ自分を惨めにさせるだけだった。


さながら、今の私は自ら断頭台へ歩みを進める死刑人で、名前は歩いている私の背中を優しく押している死刑執行人だ。

十代の事を楽しそうに語る名前の表情は、私の心を酷くざわつかせた。



「明日香、聞いてる?」
「ええ、もちろん聞いているわ」
「ならよかった!なんか恥ずかしくなってきたしこの話やめてパンケーキ食べちゃお?」
「そうね」

名前は残り半分となった、バナナと生クリームがふんだんに乗っているパンケーキを一口、また一口と幸せそうな顔で食べている。

自身のパンケーキに目を落とすと、ミックスベリーの赤が十代を彷彿とさせた。
その赤色が憎らしかった。


ねえ名前、私が今握ってるフォークを名前の舌に突き刺せば、あなたは十代に好きって言えなくなるかしら。それとも、テーブルに置いてあるスプーンを使ってあなたの目を抉り出せば、もうその瞳に十代を映すことはなくなるかしら。でもだめ、名前を傷つけることなんてきっと私にはできない。
だから、私が今握りしめているこのナイフを使って、私のはらわたを取りだしてあなたと私の小指に縛りつければ、それが運命の赤い糸になって、私たち一生一緒にいられるわよね。

なんて、馬鹿げた事を考えてしまう。


「大丈夫?どこか具合でも悪い?」
「え?」

心配そうな目で私を見つめる名前。
あぁ、あなたのそんな顔もたまらなく愛しいわ。

「だってさっきから全然食べてないから」

気がつくと名前のパンケーキは残り一口程度だった。

「ごめんなさい、少し考え事をしてて。急いで食べちゃうわね」
「ゆっくりでいいよ!私次きた時何食べるか迷わないようにじっくりメニュー見たいから!」
「ありがとう」

名前の人に気を遣わせない優しさも好きよ。パンケーキよりも甘いこの優しさにずっと甘えていたくなる。
でもいつまでも愛しいあなたを待たせるわけにはいかないわ。


一口サイズにパンケーキを切り、その上にミックスベリーを乗せて、憎らしい赤を口に含む。そして、ひと口ひと口ゆっくりと咀嚼して飲み込む。ここにいない十代への恨みと、名前の十代への気持ちが無くなるように願いを込めながら。


ごめんなさい、私あなたの恋が実らなければいいなんて思ってる狡い女だわ。










かわいい、本当に明日香って可愛い。
特に、私が "十代のこと好きかもしれない" って言った時の、世界の終わりかのように絶望した顔。

ごめんね、明日香。私、十代のことなんて全然好きじゃないの。
あなたのその顔が見たかっただけなの。
そしたら思った以上に可愛すぎて危うく、 本当に好きなのは明日香だよ って言いそうになっちゃった。
でもだめ、まだ教えてあげない。

次から私と十代が話す度に、もっともっともっと嫉妬して、もっともっともーーーっと私だけを好きになってよ。
そしていつかデュエルよりも何よりも私を選んで。

そしたらその時は明日香のことが好きってちゃんと言ってあげるから、ねえ、早く私のところまで堕ちてきて?


肝心なことは何も言わないくせに自分の元に来てほしいなんて私ってほんと狡い女。



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