―――遠い記憶


突然目の前に、その白は現れた。

「だれ…?」

私の姿に気付いた彼は恭しくお辞儀をし、「こんばんはプリンセス」と言った。


『名前ー?』


遠くからお母さんの呼ぶ声が聞こえる。
返事をしようとした私は、彼が目の前にいたことを思い出し、口を噤んで彼を見上げた。
なんとなく、その方がいいと思ったのだ。

幼かった私の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ彼は自分の口に人差し指を当てた。
無言のままこくこくと頷く私に、彼はふっと笑って、頭を撫でた。

「ありがとう」

その囁きと同時に差し出されたそれは、白いバラ。

彼の手よりもずっと小さな手でそれを受け取った私はただ彼を見ていた。去っていく後ろ姿も。
あっという間に、消えてしまったけれど。

『いたぞー!1412!1412号だ!!』

その呼び名と、この白いバラだけを残して―――













「……い、ち……よん……いち…………に………」



走馬灯のように蘇る記憶。
口にすればそのシーンがありありと思い出される。
私はただその白を見ていた。
どうして、彼が。今まで知らなかった。

彼が、怪盗キッドだったのか。

ドクンドクンと鼓動が早鐘を打つ。


「まさか、その名をご存知とは。」
「……貴方が、怪盗キッドなの?」
「その通り。以後、お見知りおきを。」

恭しくお辞儀をした彼。
私は、少しの引っかかりを感じていた。


暗闇の空を飛び回るヘリからの光がまた屋上を照らす。
このままでは彼が見つかってしまう。

「…キッ…」
「そんな顔をしないでください。」
「え…」

距離を縮めた彼が私の頬に触れた。
どんな顔をしていたのかなんてわかるはずもなくて、されるがままに、体が硬直していた。

「その憂いた顔も美しいですが、貴女には笑顔が似合う。」
「…なに、それ…」
「失礼。お詫びの印に、これを。」

ポンッと顔の横に突然現れた何か。
それを彼は私の前に差し出した。

その、白いバラを―――



「いたぞ!キッドだ!!」


はっと振り返ると扉の方から青子のお父さんが駆け付けていた。
すぐ傍にいたはずの彼の方を向くともうそこにはいなくて。
彼は屋上の柵の上に優雅に立っていた。

「こんばんは、中森警部。
残念ですが、私はこれで。」
「くそう、逃がすかキッド!!」
「では、また。」


パンパンッと2回なった音。
青子のお父さんの目の前、そして私の足元に打たれたトランプ。
その音とともにキッドは柵の上から落ちていった。

息が、止まった。

慌てて柵に駆け寄りビルの下を覗くと、真っ白なハンググライダーが飛んでいる。
安堵と共にへなへなと座り込んだ。
青子のお父さんの叫ぶ声とヘリの遠ざかる音が聞こえる。


ぎゅっと左手で握り締めていたキャンディの包みを見て苦笑いし、少しだけ整えてまたポケットへと入れた。
右手には、先程キッドから受け取った白いバラが握られている。


「なんて、キザな人…。」


誰かさんみたい。

今ポケットに入れた、このキャンディをくれた人物が頭を過る。
キザな人が多いのか、それとも―――なんて、あるわけないか。


私の足元に打たれたトランプ――ハートのAが目に入る。
それを手にしようとしたその時、大きな声が私を呼んだ。

「名前ー!」
「あ、青子…。ごめんね。」
「ううん、なかなか戻ってこないから心配して……あれ、髪、なんかついてるよ?」
「え………?」


指を差された方に言われるがまま頭に手を伸ばすと、耳元で触れた何か。
掴んだそれは、見覚えがある―――『楊貴妃の髪飾り』だ。
宝石がキラキラと輝いていて、先程見たダミーのそれとは違う輝きを持っていた。
いつの間に。全く気がつかなかった。
一体どういうつもりなんだろう、怪盗キッドは。


彼の残していった物たちを見つめて、再会した白に思いを馳せる。
この真っ白なバラみたいな、彼を。


ほんの少しの、違和感を抱いて。





next.



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