『おかあさん、せん、よんひゃく、じゅうに、ってなに?』
『あら、どうしたの?そんな数字。』
『すうじなの?』
『そうよ。名前ちゃん、この前10まで数字お勉強したでしょ?
その"せんよんひゃくじゅうに"は、"1412"って書くのよ。』
『いち、よん、いち、に…?』
1412――怪盗キッドが去った後、彼の側にいたということで青子のお父さん、中森警部にあれやこれやと事情を聞かれへとへとになった。
『楊貴妃の髪飾り』が無事戻ったということで、特にお咎めなどはなかったが。
いくら彼が初恋の人だからといってつい捕まる心配をしてしまった自分に驚いている。青子のお父さんが必死で彼を捕まえようとしているというのに。
心の中でごめんなさいと呟いて、私は青子と共に帰路についたのだった。
―――朝はいつもと変わらずやってくる。
カーテンの隙間から差した朝日の眩しさで目が覚めた。
昨日のことがまるで夢だったかのようだ。
だが、机の上に置かれた白いバラが現実を物語っている。
ただ、なにかが引っかかっているのだ。そのなにかがわからないのだが。
今考え込んでいても仕方ない。今日も変わらず学校に行かなきゃいけないんだ。重い体を引きずってベッドから降りた。
「名前ー!おはよー!」
「おはよう、青子。」
校門前で新聞を握り締めた青子に出くわした。
新聞握り締めて登校する女子高生なんて青子くらいだと思う。
今日もきっと今まで通り、怪盗キッドのことで黒羽くんと言い合いしたりするんだろうな、なんて考えていた。
「見て見てこれ!『世間を賑わす"平成のルパン"怪盗キッド、失敗か。昨夜狙われた宝石"楊貴妃の髪飾り"を無事保護。警察の大勝利に終わった。』ですって!」
「へー。昨日の今日でもう記事になってるんだね。」
新聞記者さんたち毎度ご苦労なことで。
「ケッ、なーにが大勝利だよ」
後ろから現れたのは眠そうにあくびをしながら来たちょっとだけ不機嫌そうな黒羽くん。
「あ、快斗!なーに、快斗の好きなキッドが負けたから負け惜しみ?
オホホ、今回は青子のお父さんの勝ちよ!」
「別に好きとかそんなんじゃねーよ!」
ほーら予想通り。いつも通りの言い合いが始まった。
それにしても。黒羽くんを見ると昨日の彼を思い出す。
キザ同士似てるとこがあるからなのかしら。
まぁ彼と違って黒羽くんはとてもやんちゃだけれど。
彼のことを考えるとやはりどこかもやもやと引っかかるところがある。それが何かわかればすっきりするんだが…って、結局彼のことをずっと考えている私に苦笑した。昨日までほとんど忘れていたというのに。
「………ん……?」
なんだか、スカートに違和感………………
「ほー、ピンクか。」
止まる思考。ゆっくりと後ろを振り返るとしゃがみこんでいる黒羽くんがあろうことか私のスカートを持ち上げていた。
「………っ……!!!!!」
反射的に出た回し蹴りをなんなくかわす黒羽くん。
なんて反射神経なの…!!
「ちょっと、バ快斗!なにやってんのよ!サイテー!!」
「おーこわっ退散しますかね、っと!」
パッと消えた黒羽くん。なんて神出鬼没なんだ。
まさかこの歳でスカート捲りされるとは思わなかった。にゃろー…覚えてなさいよ!
いつも通りに過ぎ行く時間。相変わらず歴史の先生の話がお経のように聞こえて眠気が増すし、相も変わらずぽかぽか陽気だし。数学も英語もただ暇で、寝たり起きたりの繰り返し。黒羽くんが好き放題したり青子がぷりぷり怒ったり騒がしい日常。
あっという間に放課後が来て、皆が部活へ行ったり帰ったりする中、なんとなく椅子に座ったままぼーっとしていた。考えているのは彼のこと。考えるのをやめようとしても無理だ。このもやもやはなんなのかが気になって仕方ない。
考えても考えても出てこない。どうしたもんか。背もたれに寄りかかりながら溜め息を吐く。
気が付くと教室には誰もいなくなっていた。
なんとなく手を入れたポケット。小さな何かが触れた。またこれの存在を忘れていた。取り出したそれは昨日のキャンディ。お近付きの印、と言われ黒羽くんに渡されたこれは、どういう意図があったんだろう。黒羽くんも大概謎だ。パンツ見られたのは許さないけど。
いつまでもポケットに入れていても仕方ないので、漸く包みを開けて、ピンク色のそのキャンディを口に放り込んだ。
「…あまい。」
黒羽くんのやんちゃなところとキザなところを思い出し呆れつつも、もやもやとした考えはいつの間にかどこかへ行き、ほんの少しだけ幸せな気分になっている自分がいた。このキャンディになにか魔法でもかかっていたのかしら。…なんてね。
ふと外を見ると、日が傾きだしている。
そんなにゆっくりしていただろうか。閉められたら困る、と、鞄を持って急いで教室を後にした。
帰り道。まだ少し明るいけれど空にはもう星が出始めている。昨日よりも星が遠く感じた。当たり前だけれど。
電機屋さんの前を通ると、ずらりと並んだテレビでニュースが流れていた。昨日の"怪盗キッド"のニュースだ。
ふと立ち止まってそれを眺める。小さく映った、空を飛んでいる真っ白な彼を。
『―――この怪盗キッドですが、一時期は行動を見せず、現れることはありませんでしたが、ここ最近8年ぶりに姿を現わしたということもあり、世間では驚異の盛り上がりを―――』
「……………………8年ぶり……?」
ほんとに私は、彼について何も知らなかった。
一体、彼は8年間何をしていたんだろう。
私が彼に会ったのは確か12、3年前かくらいで…
「…………え、」
待って。12、3年前?私が彼に会ったとき、彼は大人だった…お父さんと同じくらいだった記憶がある。
じゃあ昨日会った彼は………?
20代か、同年代くらいに感じた気がする。
本当の姿だったかどうかはわからないけど、でも。
どこか、違った。雰囲気が。似ているけど似ていないような。
これか。昨日の、ずっと引っかかっていたもやもやは、このことだったのか。
じゃあ、一体―――
「……彼は………誰なの……………?」
next.
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