ヒーローを目指す人達の殆どに、"憧れのヒーロー"がいると思う。
私も勿論例外ではなく、幼い頃から憧れているヒーローがいる。敵に立ち向かう大きな背中、誰よりも早く敵を倒していく圧倒的な強さ、大人気の笑顔で救うヒーローとは違うけれど、それでも、私は幼い頃からかっこいいと思っていた。それは今でも変わらない。本人はとても怖かったし、今でも少し苦手だけれど。
でもその事は、幼馴染達に今まで一度も話したことがない。
「……来てたのか。」
襖が開き、この部屋の主が顔を出す。我が物顔で彼の部屋に居座りテーブルの前に座り込んでいるのは私だ。
「おかえりー焦凍。」
「…ただいま。」
轟焦凍。彼は私の幼馴染の一人。
この家庭はまぁ、所謂複雑な家庭環境というやつで、私はそんな轟家のご近所さんだ。幼い頃からよくこの家に遊びに来て、焦凍の兄姉である、ふゆちゃんやなつくんとよく遊んでいた。焦凍と仲良くなったのは少し大きくなってからだけど、最近は一番一緒にいることが多い。
「何かあったか?」
「…ううん。明日入試だし、推薦終わってる焦凍に話でも聞いとこうかなって思って。」
「名前なら大丈夫だろ。」
「そうかな?」
「あぁ。」
私の前にしゃがみ込み、ひやりと冷たい手で私の頭を撫でる。
いつからこんなに男の人らしい手になったんだろう。大きくて、少しごつくて。氷の個性を宿すこの手も、本人は嫌う炎の個性を宿す反対側も、私にとってはどちらも私を落ち着かせてくれる焦凍の手だ。
この家の確執。その問題は根深く、それを知りすぎてしまっている、ほぼ家族のように過ごしてきた私には彼らの救い方が分からないでいる。
私は彼に、嘘をついた。明日は確かに入試があるけれど、それが理由で此処へ来たんじゃない。夢を、見たからだった。
たまに見るその夢は、いつも決まってこの場所だ。幼い私がこの家で、ふゆちゃんやなつくんと一緒に遊んでいて、焦凍はそこにはいない。いつも彼らのお父さんに連れて行かれてしまうので、幼い頃、焦凍と遊んだ事は殆どなかった。そう、その夢は、私の幼い頃の記憶らしい。
そして、もう一人。ふゆちゃんとなつくんともう一人の誰かと私はいつも一緒に遊んでいる。私はその人の名前を何度も呼ぼうとするけれど、何故か毎回声が出ない。靄がかかったように顔もはっきりと見えないその人は私の名前を呼び、頭を撫で、抱き締めてくれる。私はその人が好きだったらしい。勿論、ふゆちゃんやなつくんも、焦凍だって、皆大好きだった。それは今でも変わらない。なのに。私には、その人の記憶だけがない。
どうして思い出せないんだろう。どうして声が出ない、どうして顔が見えない、どうして、貴方は此処にいないんだろう。その夢を見た後、目が覚めると決まって私は涙を流している。
この夢を見始めてもう随分経つが、昔一度だけその人のことを知りたくてふゆちゃんとなつくんに聞いた事がある。すると、なつくんはとても苦しそうな顔で唇を噛み締め目に涙を浮かべ、ふゆちゃんは涙を堪えるようなとても悲しそうな顔をして私を抱き締めた。それ以来、一度もこの夢のことを口に出していない。聞いてはいけないことなんだと心に留めた。勿論、焦凍にもその話はしていない。
けれど、私はその夢を見た後決まって此処へ来るようにしている。何かを思い出せるかもしれない、そう思って。しかし、未だ何も思い出せずにいる。
「…焦凍、」
「ん…?」
私は、焦凍に話せていないことが沢山ある。憧れのヒーローのことも、その夢のことも。その事に気付いているかは分からないけれど、焦凍はいつも私の傍にいてくれる。どこか少し抜けていて、不器用で、努力家で、とても優しい。私にとってヒーローである彼を、私は守りたい。焦凍だけじゃなく、ふゆちゃんも、なつくんも。私にとって大事な人達を守れる、救えるヒーローになりたい。だから、
「明日、頑張るね。」
「あぁ。頑張れ。」
私は、ヒーローへの一歩を踏み出す。
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