ピリリリ――…
遠く聞こえたその音にぼんやりと頭が働き出す。寒いな。
もう朝か…こんな音のアラーム設定してたっけな…もう少し、寝ていたい…
二度寝でも決め込もうか、なんて思い少し身じろぎをした。
「―――、―――…」
わいわいと聞こえてくる声に、顔を顰める。なんだか皆、楽しそうだ。チビ達が騒いでるのかな?そっと瞼を持ち上げれば、見慣れない…床…?いや、白い…雪だ。
「カンパ―――イ!!!」
「…え…?」
予想外の言葉に驚き、むくりと体を起こす。私の体から、トサッと音を立てて雪が落ちる。積もる程眠っていたのか。もしくはそれだけ雪が降っているということか。
目の前で高くジャンプした人影。下には同じ施設のチビ達ではなく、見知らぬ大人と動物が、何人かいる。
え、え?と混乱する頭を働かせようと、情報を求めて視界を広げた。ここは、海の上で、船の上だ。
あれ、私、まだ夢見てる?さっき見た夢の、続きなんだろうか?
カチャリ、と音がして、驚いて斜め下を見下ろせば、緑のつんつん頭の人が怖い顔をして、刀に手を掛けてこちらを見ている。
「誰だ、貴様。」
その鋭い声にそこにいた全員の視線が私に向く。こ、怖い。目の前で高くジャンプしていた長鼻の人は、さっきも吹いていたらしい笛を焦ったようにピリリリとまた鳴らしていて、緑頭の人の隣にいる金髪の人はこちらを見て固まっているし、オレンジ髪と水色髪の綺麗な女の子達はこちらを警戒したような顔をしていて、二足歩行のトナカイの角らしきものが生えた帽子を被ってる子と、とても大きな…カルガモ?らしき子も、驚いた顔をしてこちらを見ている。真ん中にいる麦わら帽子を被った人は、不思議そうな顔つきで首を傾げていた。
「え、と…すみません、此処はどこですか…?」
恐る恐る口を開けば、緑頭の人の眉間がさらに深く刻まれて、びくりと震える。怖いよー…!
さっきまで固まってこちらを見ていた金髪の人は俯き、ふるふると震えている。お、怒ってる?突然知らない奴が乗り込んでたから怒っているの…!?
すると金髪さんは突然タタッと物凄いスピードで階段を駆け上がってきた。
「え!?あ、あの、ごめんなさ…」
「なんっっっっって美しいんだ!!!!!!!!」
「……………………………え?」
目の前まで迫ってきた金髪さんにビビり、焦って謝ろうと口を走らせれば、思いがけない言葉に目が飛び出そうになった。しかも彼の目がハートに見えるし体がくねくねと動いている…き、気の所為…?どんな現象…?
「サンジくん!!ややこしくなるから!!」
「すっこんでろクソコック」
「あ゛ぁ!?」
オレンジ髪の子が怒り、ずっと怖い顔をしている緑頭さんの続いた言葉に金髪の人はそちらへ振り返りまさかの喧嘩ムードに発展している。
なんとかしてよ!とオレンジ髪の子が麦わらの人に声をかけるが、う〜〜〜〜〜んと言いながら首をこれでもかと言うくらい傾げている。
な、なんだなんだ。どういう状況なんだ。混乱しすぎて頭痛くなってきた。
「な〜〜〜んか見たことあんだよなァ、お前。」
「へ……?」
「なにィ!?おいルフィ!この天使ちゃんと知り合いだってのか!!?」
て、天使ちゃん……?ヒートアップしている金髪の人の勢いに押される。というより、麦わらさんは私のことを知ってるの…?私は、記憶にない。
びょ〜〜〜〜んと伸びてきた何かの勢いで、一瞬にして目の前にやってきた麦わらの人。真ん丸な黒目が私をじっと見つめる。私も、思わず見つめ返していた。
暫く見つめられ、彼は突然ピシリと固まったように動作が止まり、段々と目が見開かれていく。その瞳は微かに揺れていて、え、と私の口から漏れると同時に、彼の手はガシリと私の両肩を掴んだ。
「お、おまえ…!!名前か…!?」
「な、んで…私の名前知って…」
やっぱり知り合いだったんだろうかと記憶を辿ろうとしていると、彼の揺れていた瞳からぶわりと涙が零れ、私はあっという間に彼に思い切り抱き締められたのだ。
「えっ…あの…」
「「「ええええええええええ!!!??」」」
突然の彼の行動に驚いたように大声で叫んだ他の人達の様子にも、涙を流して強く抱き締めてくる麦わらさんの様子にも、私は只々頭に疑問符を浮かべるばかりだった。
「名前…っ生きてたのか…!!会いたかった…!!!」
「あの、どういう…」
「何してんだてめェは!!!」
麦わらさんは金髪の人によって引き剥がされ、私はなんとか解放された。
剥がされながらも大粒の涙をぼろぼろ流しながら、何度もよかったと言いながら笑った彼の事は記憶にないし、"ルフィ"という名前も聞き覚えがない。けれど、胸の辺りがじんわりと熱くなったのは、きっと気の所為ではないだろう。
もしかしたら私の1番古い記憶より前に、会ったことがあるのだろうか?
そんなことを考えていると、ズキリ、と頭が痛む。俯き手で支えようとしたけれど力がまるで入らなくて、そのまま私の体はこの船に降り積もった雪の上へと戻っていく。
麦わらさんの、私の名前を呼ぶ声が遠くで聞こえる。
人違いかも知れないのに、私の名前を知っていて、嬉しそうに涙を流した彼が、私の知らない記憶を知っていたらいいのに。
薄れていく意識の中で、そんな事を思っていた。
――夢を見た。とても曖昧だけど、暖かい夢を。
先を行く、誰かの背中を必死に追い掛けていて、振り返って手を差し伸べてくれるのに、顔が見えない。
手を繋ぐのが嬉しくて笑った私の頭を、また隣の誰かが優しく撫でて、笑っていて。
私を呼ぶ声が聞こえて振り返って、私もまた繋いでいるのと反対の手を差し伸べて、その小さな手を握った。
暖かくて、暖かくて。
消えないで欲しいと、願った。
「―――…」
そっと目を開ければ、見覚えのない天井が映る。
ここは、どこだろうか。
ゆっくり起き上がれば、まだ少し頭が痛むけど随分マシになっている。気が付いたか?という可愛らしい声が聞こえて、そちらを向けば、とても可愛らしい生き物がいた。ピンクの帽子からトナカイの角らしきものが出ていて、もしかしてトナカイさんなんだろうか?そういえば気を失う前にも同じことを思った気がする。
小さなトナカイさんは、私と暫し見つめあった後、はっとした顔をして棚の影から覗くような格好をした。けれど。
「あの…逆じゃない?」
覗く向きが反対ではないだろうか。体が丸見えだ。トナカイさんはまたはっとして、ゆっくりと正しい向きに直してまたこちらをじっと見詰めている。
その姿があまりにも可愛くてつい笑ってしまった。
「チョッパー!!名前は起きたか!?」
突然扉が大きな音を立てて開き、顔を出したのは麦わらさん。確か彼は、ルフィと呼ばれていたような。そこで漸く、私は見知らぬ船の上にいたことを思い出した。
「名前ー!よかった!どこも痛くねーか?」
「あ、はい…あの…ここは…?」
「ん?ここはメリー号の女部屋だな。」
「メリー号…?」
「ああ!海賊船、ゴーイング・メリー号!おれの船だ!」
「か…海賊船…?」
キラキラとした笑顔で彼はとんでもないことを口にした。
海賊…?そんな、本とかでしか聞いた事のないようなものの上だと言うの…?
それに海賊だなんて、随分と物騒じゃないか。彼が悪い人に見える訳ではないけれど。
「チョッパー、もう名前連れ出しても大丈夫か?」
「あ、あぁ…でも病み上がりだから、あんまり無理させたらダメだ。」
「病み上がり…?」
「おまえ、覚えてないのか?雪の降る海の上で、薄着で暫く倒れていたんだろう。熱が出ていたんだ。今は薬で引いてるけど…」
「そっか、通りでちょっと頭が痛くて………貴方喋れるの?」
「!!」
「ああ、チョッパーはうちの船医で、おもしろトナカイだからな。」
「おもしろトナカイ…?」
なんとも不思議な生き物なのは確かだ。けれど、
「ふふ、可愛い。」
「お、おれは男だから、そんな、可愛いとか言われたって嬉しくねーよコノヤローが!」
そう言う表情は随分と緩んでいて、言葉に反して喜んでいるようだ。ほんとに可愛い。
「他にもおれの仲間達がいるからさ!名前に紹介してェんだ!」
「あ、ちょっと…!」
麦わらの彼にすっかり抱えられた私は、彼に連れられあっという間に部屋の階段を上がって部屋を出て、倉庫らしき部屋を通り抜けて甲板へと出た。
先程目が覚めた時には暗かったはずだが、今ではすっかり空は青く、その色を映した真っ青な海が目の前にどこまでも広がっている。
見上げれば、黒い旗に描かれている麦わら帽子を被ったドクロマークが潮風に揺られていた。
本当にここは、海賊船のようだ。
「しっかり捕まってろよ?」
「え、何?」
私を左手で抱え直した彼は右手を伸ばし、階段の上の柵へと手をかけた。先程見た光景は夢じゃなかったようだ。手が、伸びている。どういう現象なんだろう。
「…っ…!!??」
そんなことを考えていると、ぐんっと勢いよく彼は飛び上がる。突然来た浮遊感とスピードに息が詰まった。
声にならない悲鳴を上げ、恐怖から彼にしがみついたが、それは一瞬のことだったようで、あっという間に2階の扉の前へと来ていた。
「皆いるか!?」
そのままバンッ!と勢いよく扉を開けた麦わらさんは、大きな声を上げた。
どうやらそこはキッチンになっているようで、皆テーブルを囲み食事をしていた。
「あ、ルフィ!!まさかあんた…女部屋に入ったのね?」
「いーだろ別に!名前のことが気になってよ。そんで、ちょっと元気そうだったから連れてきた!」
「お、おいルフィ…!病み上がりなんだからそんな無理させたらダメだって…!」
慌てて着いてきたらしいトナカイさんに、わりィわりィ、と軽く告げた彼は、私を空いていた椅子へと降ろした。
大丈夫か?と顔色を伺われ、こくりと頷けば、またニッと満面の笑顔を浮かべた。
私の目の前にコトンと置かれたお皿には、とても透き通ったスープが薄らと湯気をくゆらせている。
差し出された方を向けば、金髪の人がにこりと紳士な笑顔を浮かべ、食べられそう?と声をかけてくれた。
はい、と頷き、いただきますと声を出した。スプーンで掬い上げたスープを口に含めば、今まで食べたことない程の美味しさが広がり喉を通っていく。あまりの美味しさに、顔が綻んだ。
「皆!こいつは名前だ!今日から仲間にする!」
「………え?」
「おいちょっと待てルフィ、その前にこいつは何者なんだ。」
「そうよ。あんたね、すぐ仲間仲間っていうけど、そんな簡単に…」
「そうだぜルフィ。もし危ない奴だったらどうするんだよ?知らない間にメリーに乗ってた奴だぜ?」
「おれは彼女が誰であろうと大歓迎だがな」
「何者って…名前はおれの幼馴染だ!危なくねェ!」
「え、……え?」
「「「お、幼馴染〜〜〜〜!?」」」
幼馴染…?私と、彼が?頭に疑問と戸惑いが駆け巡り、麦わらの彼を呆然と見つめた。
「……例えお前に幼馴染がいて、そいつがその幼馴染にそっくりだったとしても、だ。そいつが本人かどうか怪しいところだろ。なんせ、そいつはお前のこと知らねーみてェだしよ。」
「そういえばあなた、昨日ルフィに『なんで私の名前知ってるの』みたいなこと言ってたわね。」
「な、なに!?おい名前、おれのこと覚えてねェのか!?」
「お、覚えてないといえば…そう、ですね…」
なんだってェ!?と大きく目を見開き口をあんぐりと開けた彼は、う〜〜〜んう〜〜〜んと唸り、あ!と声を上げた。
何か思いついたように私の手を掴み立ち上がらせ、あろう事か、私の着ている服を掴み上に上げた。
「え…!?」
「ほら!やっぱりあるじゃねぇか!ほ…」
「何しとんじゃ―――!!!!!!!!」
胸まではいかなかったものの、中々際どい所まで捲り上げられたシャツのお陰で、私の腹部は皆に晒され、金髪の彼は鼻血を噴き出して倒れ、トナカイさんはその彼に慌てて駆け寄り、嬉しそうな顔で何かを言いかけた麦わらの彼にオレンジ髪の女の子がグーで鉄槌を下している。
「いっってェなナミ!!!」
「アンタね…いきなり女子の服捲り上げるとかどういう了見よ!!」
「どういうって、確か昔腹の右上の方にホクロがあったなって思ってよ、その確認しただけだろ!?」
「時と場所を考えて……ってなんでアンタそんなこと知ってるわけ?」
「お、おおお、おいルフィ……お前まさか……」
「ん?」
小首をかしげた麦わらの彼に、トナカイさんに介抱されていた金髪さんが立ち上がり、すごい剣幕で胸倉を掴んだ。鼻に詰められているティッシュが気になって仕方がない。
「クソてめェ…この美女の天使ちゃんと一体どんな関係だ!?あぁ!!?」
「どんなって、さっきから言ってんだろ?幼馴染だって。」
「た、たた、ただの幼馴染が、なんでそんなところにホクロがあるって知ってんだよ!?」
「なんだよウソップまで。小せェ頃一緒に過ごしてたんだから着替えとか風呂とかで見たことあるに決まってんだろ?」
顔を顰めてさも当たり前のように言う麦わらさんの言葉に、皆言葉を失う。うん…まぁ、小さい頃なら有り得る話よね。ほんとに記憶にはないけれど。
「あ、はは…そりゃそうよね、まさかアンタに限ってそんな色気のある話なわけないと思ったわよ。」
「そ、そうよね、私もまさかとは…」
「ん?いろけ?」
「そ、そりゃそーだろ!おれは最初から全てわかっていたがな!!」
「そ、そうなのかウソップ!すげー!」
「くっ…小さい頃の名前ちゃん…さぞ天使なんだろうなァ…っ!」
「ちっ…アホらし。」
「なんなんだよお前らさっきから。なんか失礼だな。」
麦わらさんは話の意味があまりわかっていないようでムッとした表情をしていたけれど、まぁいいや、と呟いてこちらを振り向いた。
その顔は、眩しい程の笑顔が浮かんでいた。
「とにかくな、おめェがオレの知ってる名前なのは間違いねーんだ!だから、今日から仲間だ!」
海賊の仲間だなんて、彼はとんでもないことを口にする。けれど、怖さなんて何も感じなくて、むしろ私は、彼に興味を持った。
何も知らない。此処がどこかもわからない。突然やってきてしまった、嫌われ続けている海の上に浮かぶこの船。
そこには、私が知らない私の記憶をもしかしたら知っているかも知れない彼がいた。
これは偶然なのか、必然なのか。運命なのか。
死んで終わるはずだった人生に逆らって、もう少し抗って生きてみよう。
私の知らない"私"。
それに向き合ってみるのが、私の第二の人生の始まりかもしれない。
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