「頭突きされるかと思った」
「げっほげっほ……うええ」

咳のし過ぎで少し喉が痛い。すごくだるいし熱い。
身体がつらくて視界に広がる見慣れた天井が涙で少しぼやける。
結論を言おう。
……風邪を引きました。

一昨日までは別にただ風邪気味なだけで、そんなにひどくなかったのに昨日からこの有り様だ。病院に行く元気もない。
多分、この前昼に屋上で土砂降りの雨にびっしょびしょになったのが原因…だと思う。
あ…私がこの有り様なら、一緒に雨に濡れた瀬多くんも今頃熱で寝込んでたりしてるのかな…大丈夫だろうか…

「げっほ…げほごほごほ!!……はー…はー…」

ああ、ここで私は死ぬのか。
まだたった17年しか生きてないのに死ぬのか。
お母さん、お父さん、そっちに行くのが予定より早くなりそうです…
嗚呼…せめて最後にもう一度、瀬多くんのお弁当食べたかったなあ…
ていうか、今日死ぬって分かってたら今までのお弁当もっと味わって食べてたのに…

「…藤田」
「あれ…やだ私とうとう熱で頭おかしくなったかな…瀬多くんの幻が見えるや…」
「お前の頭がおかしいのは元々だ」
「幻でも説教されるとか…ないわー…」
「いや、だから幻じゃない」
「うふふ…お花畑が見えてきたよー…お母さん、お父さん、迎えに来てくれたの…? あ、おばあちゃんまでー…今そっちにいくねー…」
「しっかりしろ!!」
「いだっ!!」


そう叫ぶと、瀬多くんの幻は私の頭めがけてチョップしてきた。
幻のくせにひどい。つか痛い。すごく痛い。
あまりの痛さに思わず布団から飛び起きた。


「っつうー…!! ってあれ、痛いってことは…」
「幻じゃない。本物だ」


腕を組み、呆れた表情でこちらを見下ろす瀬多くん。
…全然ピンピンしてるじゃないか。今頃私と同じで熱出してないかな―大丈夫かなーなんて心配して損した…てか病人にチョップとか何してくれとんじゃワレ。


「放っておけば三途の川渡って花畑へ行きそうだったからな。むしろ感謝してほしいくらいだ」
「いやもっと優しいやり方あったでしょうが! なんでチョップ!」
「平手打ちの方が良かったか?」
「なんで叩く選択肢しかないの!?」


……あー、なんか怒ったら余計に頭痛ひどくなってきた…
クラクラしてきて、再びベッドに倒れ込むように横になる。
瀬多くんは、近くの椅子に腰を下ろしてこちらを覗き込んできた。


「熱は測ったか?」
「……昨日は37.2°だったよ」
「……今日は?」
「測ってない……」
「…………」


彼は眉間に皺を寄せ溜息を吐いたかと思ったら、今度は私に急接近してきた。か、顔近い…! な、なんだ、チョップの次は頭突きか!?
来たる衝撃と痛みに耐えようとぎゅっと目を瞑る。く、来るなら来い! 私これでも結構石頭なんだからな! 返り討ちにしてやる!

…………

………

……あれ?


「……結構熱高いな」
「……え」


すぐ傍で瀬多くんの声が聞こえて、おでこに何かがくっついている。
恐る恐る目を開けてみると、目の前にはドアップのイケメン顔が。


「……もう暫く寝て、…どうした?」


灰色の瞳、整った顔立ち。
瀬多くんの顔をこんな近くで見た事なくって、まじまじと見ていたらそれに気づいた彼の視線で我に返った。

「……あ、いや、頭突きされるかと思った」
「…病人に暴力振るうワケないだろ」


ついさっきその病人にチョップしたくせに何言ってんの、とくっついてる額を押したら、うるさい寝てろと倍の力で押し返されて、そのままベッドに倒れてしまった。くそう…
瀬多くんは何か作ってくる、と言ってテーブルの上に置いてあったジュネスの袋を持って台所に行ってしまった。何作ってくれるんだろう。ちょっと楽しみ。
さっきまで瀬多くんの額と触れていた自分の額に手を添えてみる。
自分の体が今熱いからだろうか、瀬多くんの額は少しひんやりして気持ち良かった。
ちょっとあの冷たさが名残惜しい。






「出来たぞ」


横になって休んでいると、瀬多くんが土鍋を戻ってきた。
土鍋は1人用の小さいやつで、台所の棚の奥深くに確か仕舞ってた奴。よくそんな物探し出してきたな。
しんどいけど上半身だけ起き上がる。瀬多くんが土鍋の蓋を開けると、湯気と共に美味しそうな匂いが立ち上った。
土鍋の中身は、ネギが少し上に乗ってるだけのシンプルな卵雑炊。
食欲が少し出てきたのか、今日一日何も食べてないだけに腹の虫が鳴りそうだった。

瀬多くんは、再び台所にいって、お椀とれんげを持ってきて食べやすいように雑炊を取り分けてくれた。
そしてれんげで雑炊をすくって私に向ける。
……ん?


「…何?」
「ほら、食べろ」
「え、いや食べるけど……え?」


これは……ひょっとして、食べさせてくれる…ってことか?
漫画とかで恋人同士でよくある…あーんってやつか?


「じ、自分で食べるからいいよ」
「いや、お前結構熱高いし、ぼーっとしてお椀落としそうで危ない。俺が食べさせてやる。」
「だ、大丈夫だって!」


お椀とれんげを貰おうとしてもなかなか渡してくれない瀬多くんに、とうとう私の方が折れた。
しぶしぶあーん、と口を開け食べさせてもらう。……なんか恥ずかしい。

瀬多くんの作ってくれた卵雑炊は、味もシンプル。だけど、高熱で少し舌が鈍っていて、何も食べていなかった空腹の私には十分美味しかった。
瀬多くんがれんげで雑炊を口に運び、それを食べるのを繰り返していると、あっという間に土鍋は空になった。


「ごちそうさまでした」
「……食べたら寝て休め」
「うん。ありがとね、瀬多くん」
「気にするな」


お礼を言うと、瀬多くんは優しく微笑んだ。窓から差し込む夕日が照らして、なんだか綺麗。いや元々彼の顔は綺麗なんだけど。


「瀬多くんってさ、お母さんみたいだよね」
「……よくオカンみたいだって言われる」
「ふふ、うん。みんなのお母さんみたい」


私、お母さんもういないから、瀬多くんみたいなお母さんがいいな。
なんて呟くと、瀬多くんは少し目を見開いてから複雑そうな表情をした。
あ、言わなくていいこと言っちゃった、かな。


「ごめん、気にしなくていいよ。親が死んだのなんて私がすんごい小さかった時だし、あんまり覚えてないしさ」
「……そうだったのか」
「うん。本当、物心つかないくらいの時だったから、親との思い出、あんまり無いんだ」
「……そうか」
「だから、ほんと気にしなくていいから。ほら、そんな顔しないでよ」


自分の事のように辛そうに顔を歪める瀬多くんの膝をぽんぽんと叩く。
本当は頭にしたかったけれど横になってるから届かなかった。


「……もう寝た方がいい」
「ん…」


空腹が満たされたからか、眠くなってきた…
瀬多くんは布団を掛け直して、頭を撫でてくれた。
思わずその手を掴むと、びくっと跳ねたけど私は自分でも気付かないうちに、瀬多くんの掌を自分の頬に当てていた。
やっぱり、ひんやりしてて気持ちいい…


「……藤田?」
「んー……きもちい…」


彼の手を掴んだまま、私は気づいたら睡魔に誘われるままに意識を手放していた。









次に起きた時には、もう日が落ちて部屋の中が真っ暗になっていた。
部屋の明かりを点けると瀬多くんはもういなくて、その代りにテーブルの上にジュネスの袋と学校で出されたプリントが置いてあった。
袋の中には桃缶や、風邪薬等、風邪グッズが入っていて、冷蔵庫を開けると何本かスポーツドリンクのペットボトルが新しく入っていた。


「瀬多くん……」


彼の優しさに少しじーんとしていると、ペットボトルの蓋に、セロハンテープでメモが貼られていた。
メモには一言、


『冷蔵庫何も入ってない。ちょっとはまともな食材入れとけ』
「……………」


……余計なお世話だッ!!!!
近所迷惑も気にせず、思わず叫んでしまったとさ。


(……冷蔵庫のメモはともかく、何かお礼しないとなー)
(……早く学校に来い、よな)

君を待つ間、空を見上げた。