04:かみなり
――土砂降りの雨、鈍色の空、走る私。

 雨の中、家に向かってがむしゃらに街中を走っていると、つまづいてしまい一瞬浮く体。数秒後に来る痛みに耐えるべく目をきつく瞑った時に聴いた、大きな雷の音。


「覚えてるのはそこまでで、気付いたらここに……」


 ソファに二人腰かけ、さっきのイーブイを膝の上に乗せたマサキさんは、私の話を聞くと顎に手を添え黙ってしまった。
 沈黙に居たたまれず、視線を泳がしていると、壁にかかっている時計が目に入った。
短針が11時少し過ぎを指している。時計の下にあった壁掛けのカレンダーには、大きく4月と書かれていて。ポケモン云々を除けば、言葉も季節も私が元いた世界と同じみたいだ。


「……れん」
「へっ!?」


 他の物に意識を向けていたせいで、沈黙を破って聞こえたマサキさんの声にびっくりしてしまった。
 彼は、視線は前に向けたまま、けれど真剣な表情でもう一度口を開いた。


「わいのせいかも、しれん…」
「…え?」
「前にな、同じような事があったんや」


 マサキさんが言うには。以前、彼が作ったという転送装置の調整をしていた時に、今日の私みたく突然イーブイが送られてきたことがあったらしい。


「誰が送ったのか、どこから来たのかも分からんけど、突然装置が起動してイーブイが現れた。…あんさんと状況が酷似してるんや」
「状況が…似てる?」
「せや。あと、預かりシステムがうんともすんとも言わんくて参ってた時に、小春はんが転送装置の中に現れた…恐らく、装置と何か関係が……」


 俯いてぶつぶつ何かを呟いていたマサキさんは、いきなり立ち上がり、床に座ったかと思うと、深々と私に頭を下げてきた。


「えっ!? ちょっと、」
「わいの発明したもんで人に迷惑かけてしもうた……本当、申し訳ない!」
「え、いやそんな…! 頭を上げてくださいマサキさん!」


 所謂土下座…をしている彼になんとか頭を上げてもらう。眉を下げて、とても申し訳なさそうにこちらを見上げるマサキさんは、ゆっくり立ち上がった。


「コハルはん、どこの町に住んでるんや? わいが責任持って送ってあげるさかい!」
「え…」


 住んでる町。そう聞かれて、返答に困る。…少し前までいたはずの私が住んでいた町は、きっとこの世界には存在していない。
 ……つまり、帰る家が無い。


「……コハルはん?」


 元の世界に戻りたい。けど、戻れる方法なんてわからない。ということは、この世界で当分生きていかなくちゃならない。とりあえず、近くの町に行って泊まれる所を探す? でも、元の世界で持っていた財布が入ってるカバンは無いし……そもそも、お金があったとしても、この世界で使えるかどうか……
 どうしよう、私これからどうやって生活していけば……


「……コハルはん」


 目の前に突きつけられた問題に答えが出ず、不安に押しつぶされそうになっていると、名前を呼ばれ、そっと肩を掴まれた。


「あんさん、顔色悪いで? まだ体調が……」
「あ……い、いえ、だいじょうぶ、です……」
「全然大丈夫に見えへんねんけど…… 無理はアカンで?」


 心配そうにこちらを覗き込むマサキさん。……この人に頼っても良いのだろうか。
 現状、他に頼れる人もいない。信じてくれるかは分からないけれど……藁にもすがる気持ちで、マサキさんに打ち明けることにした。


「……マサキさん」
「ん? なんや?」
「あの、実は…」











「ここやない世界……かぁ。なるほど、コハルはんがポケモンのこと知らんかったワケがよう分かったわ」
「知らなかったわけではなかったんですけど…私の住む世界では、あくまでゲームやアニメに出てくる架空の生き物…でしたから」


 隣に座り、とても興味深そうに私の話を聞いてくれるマサキさん。
 私は別の世界から来た人間だということを、意を決して打ち明けると、最初こそ驚かれたものの、以外とすんなり信じてくれた。


「でも別の世界から来たっちゅうことは、あんさんこれからどうするん?」
「……元の世界に帰れる方法も分からないし、とにかく住み込みで働けるところを探すつもりです。マサキさん、心当たりありませんか?」
「んー……住み込みで働けるとこなぁ…」


 うーーんと唸りながら考える彼から答えが出るのを待っていると、そや!と手を叩きこちらを見てにんまりと笑った。その笑顔の意味が分からず、首を傾げる。


「ひとつだけ心当たりあるで! 住み込みで働けるとこ!」
「ほ、本当ですか!? それって、どこですか?」
「それはな…」


「ここ!」




 …………え?


 マサキさんの言った意味が一瞬分からず、固まる。


「だから、この家で住み込みで働いたらええやん!」
「え…えええええ!?」


 お、男の人と一つ屋根の下…暮らすってこと…!?
 私の考えていることが分かったのか、顔を赤くしてマサキさんは顔をぶんぶんと横に振った。


「ちゃ、ちゃうちゃう! そんなやましい気持ちはあれへんから安心してや!」
「あ、あはは…そ、そうですよね」


な、何考えてるんだろう私…一瞬でもそういう想像をしてしまって、マサキさんに申し訳ない…


「えっと、仕事内容は炊事洗濯料理…とまあ家事全般。あとわいが忙しい時にイーブイ達の世話やな。……出来そう?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「給料とかはそんなに出せへんけど、ちゃんと寝る所も準備するし…あ、勿論、無理にとは言わんけど……どないする?」


いきなり現れた私を介抱して、優しく接してくれたマサキさん。大丈夫、この人は信頼できる人だ。
それに何より、せっかくの彼の親切を無下にはできない。


「……ぜひ、よろしくお願いします!」


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君を待つ間、空を見上げた。