03:イーブイ
「う……」
ゆっくりと目を開ける。
視界に入ってきた見慣れぬ天井に、ああ夢じゃないんだという事を実感する。
部屋の中はしんと静かで、さっきのあの男の人はいなかった。
私はため息を一つ零す。
本当に、一体何が起きているんだろう…
彼、見た感じ悪そうな人では無いんだけど……ここをカント―のハナダシティだとか、ポケモンがどうとか、言ってることが可笑しいし…
……もしかして、私、あの男の人に誘拐された…とか!?
なんてことを横になったまま考えていると、ふと視線と気配を感じたので、周りを見回すとつぶらな瞳と目が合った。
「え、」
ふさふさの茶色の毛並み、ウサギのように長い耳、狐のような尻尾、そして丸くて大きな瞳。
見たこともない動物が、ソファに前足を乗せ、こちらを見つめていた。
びっくりして思わず起き上がると、向こうもいきなり起きだしてびっくりしたのか、ソファから離れ、空いていた扉の向こうに姿を消してしまった。
でも、やっぱり気になるのか、扉から顔だけを出してこちらの様子をうかがっている。
……見たこともない動物、の筈…なんだけど、どこかで見たことあるような…?
実物じゃない、確か、子供の頃見たアニメで…
……まさか、いやそんな筈ない。でもあのポケモンにしか見えない。
「……イーブイ?」
「ぶい!」
記憶の片隅にある名前を呼んでみると、こちらを覗いていた動物…イーブイは、元気よく鳴いた。
……まさか、本当にイーブイだったなんて。
信じられない出来事に呆然としていると、いつの間にかイーブイがこっちまで歩み寄ってきていた。
くりくりとした大きな目がこちらを見上げている。
……撫でてみようかな。
恐る恐る手を伸ばして、茶色い頭に触れる。
イーブイは一瞬びくりと反応したけれど、大人しく撫でさせてくれた。
茶色い毛並みが柔らかく、ずっと撫でていたくなる。
「あ、起きたん?」
かけられた声に顔を上げると、扉の前にさっきの男の人がマグカップを持って立っていた。
イーブイは男の人に気づくと、嬉しそうに駆けていった。……もうちょっと撫でていたかったな。
男の人はソファに腰かけると、持っていたマグカップを差し出してきた。
「ホットココアどうぞ」
「あ、ありがとうございます。…………」
「ははは、別に毒なんて入ってへんから安心してや」
お礼を言って受け取ったものの、ふと飲んでも大丈夫かな……とマグカップの水面を見つめていると、男の人はお見通しだったみたいだ。ちょっと申し訳ない。
あったかいココアを一口。優しく甘い味が口に広がる。
「さて…あんさんがここに来るまでの事について、色々聞きたいんやけど…」
「…………」
「…ええか?」
「…はい。覚えてる事全てお話します」
……最初は、この人が頭の可笑しい人で、私は誘拐でもされたのかと思ってた。
でも、イーブイのことといい、もう認めざるを得ない。私は、子供の頃遊んでいたゲーム、ポケモンの世界に来てしまったらしい。
そして、私の記憶が正しいならこの人は…
「じゃあ、まずは自己紹介からやな。わいはマサキ! このハナダの岬の小屋に住んでる、ポケモン預かりシステムの開発者や! どうぞよろしゅう!」
人の良さそうな笑顔が眩しい。
躊躇わず目の前に差し出された手を、そっと握る。
「…小春、です。よろしくお願いします、マサキさん」
(本当に、岬の小屋のマサキ、だった…)