巌戸台分寮
寮に入ると、中には誰もいなかった。入ってすぐ左側に受付のカウンターがあったけれど、そこにも誰もいない。
今は平日の昼間だし、私以外の学生が寮内にいないのは分かるけど……学生以外の、寮を管理する寮母さんや、事務員さんもいないのだろうか。

むやみやたらと寮内を歩き回るわけにもいかないし、自分に与えられた部屋の場所も分からないので、とりあえず近くにあった大きなソファの端っこに座り、誰か来るのを待つことにした。
メールでお姉ちゃんが今日からテストが始まるっていってたから、学校が終わるのもきっと早いだろう。
早く帰ってこないかなぁ…二人とも…

天井を仰いで、目を瞑る。
思えば、ここに来てから短期間でいろいろありすぎた。
変な雰囲気の街、怪物、あの力。そして気づいたら病院。気になることは多いけど、慣れない土地でちょっと疲れたかも…
迫ってくる睡魔に勝てず、私は眠りについた。








「…い……おい、」
「ん…」


誰かに肩を揺さぶられ、目をゆっくり開ける。
段々はっきりしてくる視界に映ったのは、見知らぬ女の人。
覚醒したばかりで少しぼーっとしていると、ハッと我に返って勢いよく立ち上がった。


「目が覚めたか」
「ごっ、ごごごごめんなさい! 私つい寝てしまって…」
「いや、いい。座ってくれ」


お言葉に甘えてソファに再び腰掛けると、女の人も向かいのソファに座った。
それにしても、美人だ。スタイル抜群の体型に、整った顔立ち。枝毛なんて無縁そうな艶やかな赤いロングヘア。凛とした立ち居振る舞い。思わず見惚れていると、女の人と目が合い首を傾げられた。


「どうした? 私の顔に何か付いてるか?」
「いっいえ! なんでもありません…」
「そうか。…ところで、君は有里たちの妹の、有里汐、だな?」
「は、はい」
「私は桐条美鶴。月光館学園高等部の三年生で、この寮で暮らしている」
「桐条、さん…」


自己紹介をし終え、切れ長の彼女の目が細められる。
この人も岳羽さんと同じで、あの事を知ってるんだろうか。


「……ところで、昨夜君が体験した事についてだが」


まるで私の心でも読んだかのように向こうから話を切り出してくれた。


「聞きたいことは沢山あるだろうが、今日は休んでくれ。退院したばかりだし、来たばっかりなのに巻き込まれて疲れているだろう? 話は明日の夜説明しよう」
「…はい」
「それと、ここに住んでいる者のことだが、」


桐条さんが言い終わらないうちに、寮の扉がバターン!!と大きな音を立てて開けられた。
びっくりして音のした方を見ると、開けられた扉の向こうに立っていたのはお兄ちゃんとお姉ちゃんで、私を見つけると目を輝かせて走ってきた。…ああ、なんだろう…凄いデジャヴ。


「汐! 一日振りだねー!!」
「会いたかった、汐!!」
「ぎゃあああ」


二人はまた私に飛びついてきて、二人の勢いに耐え切れずソファに倒れる。ああやっぱり…昨日と同じ展開だ。
二人の向こうに見える桐条さんが驚いた様子でこちらを見ている。……改めてみるとこの状況って結構、は、恥ずかしい!


「ちょ…! ふ、二人とも離れてよー!」
「やだ!」
「嫌」
「駄々こねないの!!」


「あーもう、またやってるし…」
「おっ、なになにあの潰されてるのがあの時の妹ちゃん?」


桐条さんとは違う別の人の喋り声が聞こえて改めて扉の方を見ると、昨日病室で会った岳羽さんが呆れたようにこめかみを押えていて、隣に同じ学生らしく、月光館の制服を着て帽子を被った男の人が興味津々とこちらを見ていた。


「た、岳羽さんだずげで…」
「ほら、汐ちゃん困ってるじゃない! いい加減離れなさいあんたたち!」
「えー」
「ちぇー」


ゆかりさんに引っ張られて、渋々離れていくお姉ちゃん達。ああもう…恥ずかしかった。
少し崩れた服を直して、ソファから立ち上がった。


「ありがとう岳羽さん…」
「気にしないで。それより、体の方は大丈夫なの?」
「あ、はい。大丈夫です。検査したけど、特に異常もないって」
「……そ、そうか、岳羽とはもう面識があったんだったな」


さっきから驚いて固まっていた美鶴さんが立ち上がり、ゆかりさん達の方へ体を向けた。


「改めて紹介しよう。彼女は有里汐。中等部三年に転入予定の、有里達の妹だ。」


桐条さんに紹介されてお辞儀をし、顔をあげると岳羽さんの隣にいた帽子の人と目が合う。


「俺は伊織順平! 湊達と同じ高二な」
「私は…ま、昨日自己紹介したよね。あ、岳羽じゃなくてゆかりでいいよ。改めてよろしくね!」
「はい、よろしくお願いします!」


二人と握手をした後、帽子の人…改め伊織さんがにかっと笑う。笑顔が眩しい人だ。


「ま、俺の事は気軽にジュンペーって呼んでくれよ! よろしくな汐ッチ!」
「は、はい。……汐、ッチ?」
「ちょっと順平! 汐ちゃん嫌がってるじゃない!」
「ええー!? や、でも仲良くなるにはあだ名で呼ぶのが一番だろ?」
「あ、えとだいじょぶ、です」
「ほら、汐ッチもそう言ってるし!」
「ったく…調子いいんだから」


イヤならイヤっていっていいからね?と話す岳羽さん…じゃなくてゆかりさんに再び大丈夫ですと答えると、桐条さんに呼ばれた。
私に当てがわれた部屋にお姉ちゃんが案内してくれることになり、何故か頼まれていないけどついてくるお兄ちゃんと三人で部屋に向かった。



「なんでお兄ちゃんも来るの?」
「荷解き、大変だと思って」
「そんなに沢山無いし大丈夫だけど…まあいいか」


お姉ちゃんを先導に、後からついてきたお兄ちゃんと共に寮の二階へと上がる。
階段を上るとそこには自販機とテーブルがあり寛げるフリースペースになっており、右手に各部屋に繋がる廊下があった。


「2階に、湊達男子の部屋があるの。……あ、そうだ、真田先輩とはまだ会ってなかったよね?」
「うん。会ったのはゆかりさんと順平さんと桐条さんの3人だよ」
「そっか。もう1人3年の真田先輩って人がいてね。……先輩、いますかー?」


廊下に並ぶ扉の1つに、お姉ちゃんはノックしながら声をかける。だけど、扉は開く様子がなく、返事も返って来なかった。


「うーん…留守みたい。まだ帰って来てないのかな」
「真田先輩、テストで部活が無いから体が鈍って仕方がないって言ってたし……外に走りに行ってるのかも」
「あー、その可能性高いね…っていうか、あの人まだ怪我完治してないんじゃ…」
「ほぼ治ってるらしいし、大丈夫じゃない?」
「うーん…まあいっか! じゃあ、真田先輩への紹介は帰ってきてからだね」


話から推察するに、真田先輩、という人はどうやら運動が好きな人らしい。怪我してたみたいだけど、運動して大丈夫なんだろうか…
一体どんな人なんだろう…?とまだ見ぬ人の姿を想像しながら今度は3階へと上がった。


「…で、ここが私達女子のスペース! 汐の部屋は一番奥の、私の部屋の向かい!」
「そっか、じゃあいつでも会いに行けるね」
「………渚が羨ましい」

姉妹である渚お姉ちゃんと部屋が近いっていうのはやっぱり嬉しいな。
お姉ちゃんも同じようで、これが漫画とかだったら周りに花が飛んでるんじゃないかってくらいにこにこしていた。
反対に湊お兄ちゃんは恨めしそうにお姉ちゃんを見つめていた。


「まあまあ、階が違うだけなんだし、お兄ちゃんとも会おうと思えばすぐに会いに行けるよ」
「…それも、そうだな」


私がそう言うと、しぶしぶ納得したのか頷いた。
部屋に入ると、巌戸台に来る前に送った荷物が置いてあり、2人にも手伝ってもらい荷解きをした。
といっても、ほぼ生活必需品だけなので、そんなに時間もかからず終わった。


「ありがとう2人とも」
「どういたしまして! にしても、本当に少ないね荷物」
「本当に必要最低限しか持ってこなかったから」

今度一緒に買い物に行こう!とお姉ちゃんと約束し、3人で部屋を出て階段を降りる。
ふと窓の外を見ると、ビルとビルの隙間から見える空が茜色に染まり、もう日が暮れかけていた。

1階に戻ると、ゆかりさんと順平さんは部屋に戻ったのか姿が見えず、代わりに寮の出入り口の前で、桐条さんと同じ月光館の生徒らしい赤いベストを着た人が話しているのが見えた。


「明彦、遅かったな」
「少し走りに行ってきた。どうにも体が鈍ってな」
「懲りないなお前は……今はテスト期間中、それに仮にも病み上がりなんだ。程々にしておけ」
「ああ、分かってるさ」


「あ、真田先輩」
「帰ってきたね。センパーイ!」


お姉ちゃんが声をかけると、それに気づいた2人がこちらを向いた。


「有里達、ちょうど良かった。明彦、こちらが中等部3年に転入予定の有里汐だ」
「は、はじめまして。有里汐です。兄と姉がいつもお世話になってます」
「ああ、有里達の……話には聞いている。俺は真田明彦、高等部3年だ。よろしくな」
「よろしくお願いします」


お辞儀して顔を上げると、まじまじとこちらを見つめ続ける真田さんと目が合う。
………顔に何かついてるだろうか?
あの、何か…と聞こうとしたら、向こうが先に口を開いた。


「ところで、ペルソナを召喚器無しで召喚したと聞いたんだが……一体どうやって、」
「明彦!!」


彼が言い終わる前に、焦った様子の桐条さんが遮る。
それに慌てるでもなく、真田さんは肩をすくめて見せた。


「なんだ、まだ言ってなかったのか? 能力者ならいずれ知ることだろ」
「それは、そうだが……」
「あの、教えてあげてもいいんじゃないでしょうか。汐も、薄々勘付いてると思うし」


お兄ちゃんがそう言うと、その場にいる全員がこちらを向く。
いきなり視線がこちらに集中して焦ったけど、勇気を出して口を開いた。


「あの……私も知りたいです!あの時の不思議な夜や、ペルソナのことについて……!」


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君を待つ間、空を見上げた。