出会い
兄姉と再会した翌日。私は退院した。
なんでも私はあの夜、あの不思議な力に覚醒したショックで倒れ、4日間も寝込んでいたらしい。
目を覚ましてからすぐ検査をしたけど、怪我もかすり傷程度で体に異常もないためすぐに退院となった。
電話でその事を二人に話すと迎えに行くと言ってうるさかったけど、退院する時間は昼間だし、二人は学校もあるので私一人で大丈夫と断った。
……昔っから、ちょっと過保護すぎるような。私だってもう中学三年生なのに。
来る当日に持っていた地図をあの夜に無くしてしまい、岳羽さんから新しく渡された地図を頼りに、ひとりで寮に向かう。
私と湊お兄ちゃんと渚お姉ちゃん。私たちは三人兄妹で、上の二人は双子。私は次女の末っ子だ。
十年前に両親が死んでからは私たちは親戚の家を転々として、2人が中学に上がってからはそれぞれ別々の親戚の家で暮らしていた。
勿論こまめに連絡を取り合ったり、年に何回か会ったりはしていたけれど、兄妹揃って同じ土地で暮らすのは実に5年振りだ。
……なんか生徒数の問題だとか何かで、一時的に巖戸台分寮にお世話になった後女子寮に行くことになるって巖戸台に来る前に説明受けたけど…
でも、やっぱり同じ学校にお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に通えるのは嬉しい…な。
病院を出て、地図を見ながらまずは巖戸台駅に向かって歩く。
流石大都会。大きなビルが建ち並ぶ様は、ほんの数日前まで田舎に暮らしていた私を圧倒させた。
「普通の、駅だ…」
巌戸台駅。……あの夜、ここで私は黒い怪物に襲われかけた。
あちこちに滴る血のような赤い液体、いくつも立ち並ぶ棺桶。ホラー映画に出てきそうな、不気味な雰囲気。
でも目の前の巌戸台駅は、あの夜の面影は全く無く多くの人で賑わっていた。
もしかして、あれは夢だったんじゃないか。平和な風景に思わずそう錯覚させる。
「(……違う。夢なんかじゃない)」
首を振って、目を閉じるとあの時の光景が浮かんでくる。
はっきりと覚えてる。不気味に輝く大きな月、仮面を付けた怪物、不思議な黒髪の男の子、目覚めた私の力…ペルソナ。
あの怪物と、ペルソナ……一体、なんだったんだろう。
「っ!?」
歩きながら考えていたのが悪かった。急に視界一杯に見えた濃い赤色に、驚きの声を漏らす間もなく、赤色のそれに顔面からぶつかってしまった。
鼻が、痛い…あ、やばい、倒れ、ぶつかった反動で後ろに倒れそうになり、来る痛みに目を瞑ると、誰かに手を引っ張られた。
「わっ!?」
「っと、危ねぇ…」
引っ張ったのは、背の高い男の人だった。もう5月だというのに赤いロングコートを着て、黒いニットキャップを目深に被っている。コートの赤色を見て、さっきぶつかったのはこの人だと分かった。
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、ぶつかってしまって…」
「……気にすんな。それより、怪我はねぇか」
「はい!」
「そうか。……ちゃんと前見て歩けよ」
そう言うと彼は駅の方へ歩いていく。遠のいていく男の人の後ろ姿を見つめながら、地図を取り出そうとポケットに手を入れた。
「……あれ?」
深くポケットに手を突っ込んでも、あるはずの物に触れれない。
……地図が、無い!
「っそ、そんな! 駅に来るまではちゃんと持ってたのに…!」
全部のポケットやカバンの中まで探したけれど、地図はどこにも見当たらなかった。
さっきぶつかった時か、それともその前か分からないけれど、どこかで落としてしまったみたい。
あれが無いと、寮までの道が分からない。せっかく岳羽さんに新しく書いてもらったのに、また無くしちゃうなんて…!
俯いて途方に暮れていると、足元に黒い影が差す。顔を上げると、さっきのロングコートの人が戻ってきていた。……駅に行ったんじゃなかったのかな?
「あ、あの…何か…?」
「……… はぁ…ったく、何か困ってんだろ? 俺で良けりゃ言ってみろ」
「え」
……もしかして、地図を無くして慌てる私の声が聞こえて、戻ってきてくれたのかな。
ニットキャップの下の鋭い三白眼と目が合う。……一見怖そうだけど、悪い人じゃなさそうだ。
「あの、実は地図を無くしてしまって…」
「地図? ……お前、この町初めてか」
今私が着ているのは、月光館学園の制服だ。きっと、この恰好で地元の学生だと思ってたんだろう。
「はい。つい最近引っ越してきたばかりで…あの、道を聞いても良いですか?」
「ああ」
「月光館学園の、巌戸台分寮に行きたいんですが……」
「っ!!」
話している途中で、急に彼は驚いたように目を見開いて私を凝視してきた。
……な、何かいけないことでも喋っちゃった…かな?
「お前……」
「は、はい?」
「……いや、なんでもねぇ」
コートの人は目を細めて、自分に言い聞かせるように首を横に振って歩き始めた。
どこにいくんだろうと呆然と見つめていると、彼に呼ばれ慌ててついて行く。
「その場所なら知ってる。近いし案内してやるからついて来い」
そう言ってずんずん前を歩いていくコートの人に、私はついて行った。
駅前を離れ、良い匂いがする商店街を通り、いくつかの道を曲がると、その建物は見えてきた。
「ここだ」
「ここが、巌戸台分寮…」
目の前には、大体4階建てくらいの高さの建物。
学生寮、っていうくらいだからなんかもっと…マンションみたいな物を想像していたけれど、実際に見ると想像と違って、まるで格調高いホテルのようだ。古そうだけどどこか趣がある洋風の作りがそう思わせた。
大きな開き戸の横にある看板には、しっかり「巌戸台分寮」と書かれている。
案内してくれたコートの人は、じっと寮の扉を見つめた後、踵を返し歩いてきた道のりを戻っていく。
「じゃあな。もう迷子になるんじゃねぇぞ」
「あっ…あの!!」
去ろうとする姿に焦って呼び止めると、彼は歩みを止めて振り返ってくれた。
振り返ったのを確認して、しっかりお辞儀をする。
「本当に助かりました。ありがとうございました!」
「………」
顔を上げると、コートの人は私を少しの間黙って見つめて、再び歩き出す。
返事の代わりに上がった片手を確認して、自然と頬が緩んだ。
最初は怖そうな人だと思ったけれど、優しい人だったな。道案内までしてくれて。
初めての町で良い人に巡り合えて良かった。
コートの人の姿が見えなくなり、私は改めて寮に向かい合った。
……今日から少しの間、お世話になります。
鞄を持ち直して、寮の扉に手をかけた。
……あ、そういえば名前、聞きそびれちゃったな。
(新しい部員…いや、まさかな)