空閑遊真は聴いた



夜が来た。
いつもこの時間はレプリカと訓練をするかログを観るのだが、今日はそんな気分じゃなかった。

玉狛支部の屋上にあがり、のんびり星空を眺めようと屋上へ行く階段に足を掛けた時、微かではあるが音が聞こえた

「〜♪」

「歌…か?」

その音の主を知りたくて、足を早める。女性らしいハイトーンな歌声はとても綺麗で。いや綺麗という言葉で言い表せないくらい心惹かれる歌声だった。
コナミ先輩でもシオリちゃんでも チカでもない歌声。一体誰が。その一心で屋上へ繋がるドアを開けた。


「誰…?」
白いワンピースを纏う彼女がゆっくりこちらを振り向きながら呟く。その柔らかな声は夜の帳に溶け込む。艶やかな長い黒髪が風に遊ばれ、サラサラと靡いている。

「どうも、今日から玉狛の一員になった空閑遊真だ。ヨロシク」

右手を挙げ、にこやかに挨拶をする。

「そっか、君が空閑くんね。すごく強いって聞いてるよ。私は夢野夢子。よろしくね。」

儚げに微笑む彼女は夜の闇に溶け込んでしまいそうで、闇に溶け込まないように引き止めるためにも話を続けることにした。
人間が闇に溶けることなんてあるわけないのにな。らしくない、なんて思うが彼女との雑談もなかなかに楽しい。


「夢子さんは歌が上手いね。」

「ありがとう。滅多に人には聴かせないんだけどね…」


困ったように笑う彼女に理由を聞くと少しの沈黙があったが、話してくれた。


「私の歌を聴いてすごく心惹かれたでしょ?
それは私のSEがあるからなの。
私の歌から耳を逸らせなくなる、聴き入ってしまう力があるの。それは人間、動物に関係なく効果があるの。勿論、ネイバーにもね。」

すごいでしょ。と彼女は笑ってみせるが心が痛かった。それと同時に再認識した。オレは夢子さんのSEに引っ張られて屋上に来たのだと。


暫く、お互いに沈黙が訪れる。
夢子さんが先に口を開く。


「私ね、大規模侵攻があってから眠ることが怖いの。起きたら何も無くなってそうで。
それに私は歌うことは嫌いじゃない。眠れない夜はここで暇つぶし程度に歌ってるわ。良かったら聴きに来てね」

たまには歌を聴いて欲しいの。人に聴いて欲しくないなんて言ったのに我が儘かしら。といたずらっぽく笑う彼女を見て、これからは時々、此処に顔を出そうと思った。

「じゃあ、私はこれから任務だから。パトロールみたいなものだけどね」

「ふーん」

彼女は笑って肩を竦める。彼女のパトロールという発言にオレのSEが嘘だと反応する。
成程、人には言えない仕事ね。初対面で嘘を吐かれたのはショックだったが、きっと彼女なりの優しさなんだろうな。
明日、迅さんにでも聞いてみよう。

「じゃあ行ってくるね」

「気を付けてね。夢子さん」

彼女に手を振り、笑顔で見送る。