君さえ


あなたの手のひらは温かかった。(bnst/織田作)


※捏造過多/現代文/ネームレス


「──作之助の手、あったかいね」

 それは、夜の闇に隠れるようにふたりで手を繋いで歩いた時のことだった。私の手のひらをすっぽりと包み込む、彼の大きな手のひらから伝わってきた体温に、私が思わず声をあげたのは。季節はもうすぐ冬を迎えようかとする秋の頃で、その直前にたいした運動などもしていなかかったし、彼は手袋もしていなかったから、その温かさに驚いたのだ。冷え始めていた私の指先を溶かすみたいに、彼の体温がじわりじわりと伝わってくる。

「……お前の手が冷たいからじゃないのか」
「いやいや、それにしてもだよ」

 体温をもっと近くに感じたいと、私は繋いだ手にさらに力を込めた。すると彼も、少し間を置いてから同じように握り返してくれる。たったそれだけのことで心が飛び跳ねるのだから、やはり恋は病という言葉は言いえて妙だ。

 地べたを這いずるようにして生きてきた幼少期。流れ着いたポートマフィア。大した戦闘能力も無いから日々雑用をこなす、そんな人生。苦しいことの方が多かったけれど、彼がその先にいるのならば。彼が隣に立って、手を握ってくれるならば。何度生まれ変わってもこの人生を選びたい。なんて、そんなことを思わせてくれた人。それが彼、織田作之助というひとだった。

「……へへへ、」

 街灯もない暗い道だけれど、怖くはなかった。だって彼が隣にいるのだから。
 突然笑みをこぼした私に、隣で彼が不思議そうな表情を浮かべたことが、それを見なくても分かった。

「『作之助は結構子供体温』。またひとつ、作之助のこと知れた」

 たったそれだけのことで、と彼は笑うだろうか。笑われたって構わない。私にとってこれがとても大事で、大切なことだという事実は変わらないのだから。彼は予想の通り笑った。けれど、その笑いは私の予想とは違っていた。

「……そうか」

 それは酷く優しくて、あまりにも温かい声だった。


「──おや、それは不思議なこともあるものだ」

 ポートマフィアの最年少幹部なんて恐ろしい肩書を背負った青年が、私の言葉に目を丸くして笑った。場所は以前作之助に教えてもらった酒場。どうして私のような末端も末端の構成員が彼のような人とこんな場所で一緒にお酒を飲んでいるかと言えば、端的に言ってしまえば作之助の存在があったからだ。まあこの話は今はどうでもいい。重要なのは、彼が私の言葉に驚いたような素振りを見せたこと。ちなみに、私がその直前に彼に言った言葉はたったひとつ。

「作之助は意外と子供体温で、その手のひらはいつも温かい」

 というもの。
 彼のような寡黙で、表情が少し乏しくて、さらにはどこか天然な男が子供体温だなんて可愛いだろう。恋人として手を繋ぐことが出来、それを誰よりも私は知っているんだ。なんて、そんな張り合いとも惚気ともとれる世間話として私はその言葉を吐いたのだが、その結果が上記の彼の言葉だ。訳が分からず首を傾げる私に、太宰はくすくすと笑いながらその意味を説明し始める。

「私の知る『織田作之助』という男は、どちらかといえば冷え性で、いつも手が温かいなんて奴ではないんだけどねぇ」

 だがその説明によって私の首はさらに角度を急にすることとなる。彼が冷え性? そんな訳がない。だって、私と手を繋いでいる時はいつも彼の手は─── 
 その瞬間、はた、と私の思考が止まった。きっとそれを目の前の男にも悟られたのだろう。男はにっこり……いや、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら私に畳みかけるように言葉を紡ぐ。

「君が織田作の手に触れるのは、一体どういう時?」

 手のひらに、あの温もりが蘇る。

「どうして、その時織田作の手は温かいんだろうねぇ」

 全ては憶測にすぎない。けれど、それ以外の答えに私は辿り着けなかった。自分に都合のいい考えに過ぎないと思いたかったけれど、ぶわりと頬を赤く染めた私の姿に目の前の男が笑みを深めたから。だから、これはきっと。

 ───ああもう、本当に。どれだけ私は彼を好きになればいいのだろうか。
 答えなんて分からない。知る術などない。私に許されているのは、彼という存在にどこまでも堕ちて溺れることだけ。彼がいなければ生きていけないほどに、彼を愛することだけ。


 ただ、それだけだったのだ。



(それなのに、如何して今、あなたの手のひらはこんなにも冷たいのでしょう)



2019/5/9


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