運命の糸を結びましょう(decn/リシ)
※ツイッターでの #12のワードパレット タグで書かせていただいた文
※微悲恋/ネームレス
ワード:暗黒11-孤独/許し・赦し/糸
私は未来を知っていた。きっと誰も想像すらしない、反則技のような理由で。
端的に言えば私には前世の記憶があって、この世界についての知識があったのだ。だから、彼がこの世界においてどんな立ち位置にいて、この先どんな道をたどるのかも知っていた。その未来がどれほど救われないものかということも、知っていた。
それなのに、私は愚かにも彼を愛してしまった。
大学の交換留学制度でシンガポールを訪れた時に彼と出会って。ああ、彼だと気づいて。自分のためにも適当な距離をとっていようと誓って。……それなのに、彼が。
私が紡ぐたどたどしい英語をちゃんと聞いて頷いてくれたから。ランチを食べている時に、真剣な顔で自分の追いかけている研究内容について語ってくれたから。帰り道、夜道は危ないからと家まで送り届けてくれたから。私の手を引いて、青空の下で笑ってくれたから。だから、私は彼に恋をした。
こんな恋に意味はない。自分が辛いだけだ。彼の未来を知っているだろう。この世界の運命を知っているだろう。何度も自分に言い聞かせた。けれど、それを繰り返せば繰り返すほど思いは募って、恋焦がれて。ああ、もうだめなんだと、私は諦めた。
好きだと打ち明けた私に、自分も同じ思いだと答えた彼の表情がほんの一瞬、今にも泣きそうに歪められたことに、私は気付かないふりをした。
一度日本に帰国するなどを経つつも、大学を卒業した私は、そのまま彼のいるシンガポールで生きることを決めた。職場と彼の家とが丁度同じ距離にくるような場所に部屋を借りて、仕事と恋愛に時間を費やす日々。過ぎ行く時間。カレンダーをまた一枚捲って、その時が少しずつ近づいてきていることを確かめる。
彼の家で、持ち帰ってきた仕事に勤しむ彼の背中を眺めながら、私はぼんやりと思考を巡らせる。きっと、彼の計画はもう始まっているのだろう。私はそれを止めない。止められない。世界の運命に抗う勇気なんてない意気地なしに、そんなことは出来ない。
でも、だから、せめて。
「……ねえ、リシ」
私の声に振り返って、どうしたんだと柔らかく微笑む彼。そんな彼に、私は言葉を投げるのだ。
「何か、私に隠してない?」
彼はふっと表情を消して、ぴたりと固まってしまう。私は真っすぐに彼を見つめ続けた。
「……何か、私にできることはない?」
どうか、このまま私を共犯者にしてくれないだろうか。
あなたのいない世界にたった独り残されるぐらいなら。あなたのいない孤独を生きるぐらいなら。私はあなたと同じ罪を背負って死んでしまいたい。ねえ、だから、どうか頷いて。どうか、私の伸ばしたこの糸を掴んで。
「………ないよ。だから、気にしないで」
けれど、彼はその糸を振り払ってしまう。下がった眉と、困ったような、悲し気な、そんな笑みで。いとも容易く、たったひとりで奈落へと落ちて行こうとする。
そっか、あなたは私を連れて行ってはくれないんだね。私が口を噤めば、彼は再び机に向かってパソコンのキーボードを叩き始める。そんな彼の背中を見つめながら、私は静かに決意した。
そして、ついにその時が来た。リシ・ラマナサンが逮捕されたという報道を横目に、私は彼の残していった置き手紙を握りしめて、青い空の下に立つ。そして、歩いて、歩いて、視界に映ったひとつの建物に足を踏み込んで、そこにいた人にこう打ち明けるのだ。
「──私は、リシ・ラマナサンの共犯者です」
彼の手元からこっそり盗み出していた数々の証拠を手に、彼のところまで、自分の足で、意志で、飛び込んでいくのだ。深い深い奈落の底へ。
許してくれなんて言わないよ。だって、私もあなたを絶対に許さないから。
あなたが私を置いて行こうとするならば、私はそれを追いかける。だって、私の運命はあなたに繋がっているのだから。伸ばした糸が振り払われてしまったのならば、今度はあなた自身に巻き付けてしまえばいい。もう二度と、離れぬように。あなたと共に、死ぬことができるように。
ねえ、リシ。愛しているよ。
2019/6/5
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