君さえ


誰かの朝を護る人(hrak/ホークス誕2019)


※捏造ご都合主義/ネームレス

 世界を守るトップヒーローは忙しい。
 ヴィランやその他悪い奴らは時間なんて選んでくれないし、深夜に事件解決のため急行、なんてことめざらにある。そんな時のためにもヒーロー事務所で寝泊まりした方が便利であるし、対応も早くできる。そのため、彼が家に帰って来て家で寝ることの方が少ないし、たとえ帰ってきたとしても私が起きる頃には既に家を出てしまっていることがほとんどだ。
 ───だから、こうして彼の寝顔を見るのは初めてに等しいし、彼がこんな風に私を抱きしめて眠っているだなんてことも、今日の今日まで知らなかった。
 ちゅんちゅんと、どこかで雀の囀る声。カーテンの隙間からこぼれ落ちる淡い光は、朝を伝える太陽のことば。寝起きの身体を包み込む自分以外の体温がこんなにも心地好いだなんて、思いもしなかった。きっとこの事実を知ることが出来ただけで、私はどうしようもないほどの幸せ者なのだろう。
 向かい合うようにして寝そべった私と彼。私のお腹のあたりには、細身に見えて実はかなり鍛え上げられている彼の腕。まるで存在を確かめるかのようにしっかりと回されたその腕から逃げる術を、私は知らない。逃げようという意志を抱く術すらも。
 少しだけ身じろいで視線を上へ持ち上げれば、そこにはすやすやと眠る彼の姿。童顔は元からではあるけれど、寝顔はそれよりもいっそう幼く見える。穏やか寝息とすっかり気の抜けたその姿に、私は思わず笑みを浮かべてしまう。
 彼を起こしてしまわないようにと気をつけながら、もそもそと自分の腕を彼の方へ伸ばす。擦り寄るように彼の胸に額を寄せると、彼が小さくぐずるような声を上げた。けれど目を覚ました訳では無いらしく、そのままぐいと私を抱きしめる腕に力を込めて再び眠りについた。残されたのは、中途半端に伸ばされた私の腕と、ゼロになった私と彼の距離。
 それにまた笑みをこぼした瞬間、指先に柔らかな感触が触れて、その瞬間やってしまったと焦る。夕焼けのように、燃え盛る炎のように真っ赤な彼の翼は、彼の個性のかたち。彼の武器。その羽根一枚一枚は、何も聞き逃さぬよう、何も見逃さぬよう、誰も救い逃さぬよう鍛え抜かれた精鋭たち。振動を読み取って遠い場所の会話内容さえ知ることが出来るというその羽根に触れたということは、それすなわち彼にかなりの衝撃を与えたも同然ということだろう。
 これ以上刺激してしまわぬようにと、ゆっくり手を身体の方へ引っ込めていく。起こしてしまっただろうかと彼の様子を伺いながら。

「───んん、」

 小さく身じろいだ彼に、ぴたりと私は全ての動きを止める。呼吸すら止めてしまったのはもはや反射であろう。
 恐る恐る見上げた先には、まだぴったりと閉ざされた彼の瞳。僅かに震えたそのまつ毛も、直ぐに動きを止めた。
 ほ、っと胸を撫で下ろして、再び私は彼の胸元に擦り寄る。こんなにもゆっくりとした朝を過ごすのは、一体いつぶりだろうか。もしかしたらそれすら初めてかもしれない。ふたり分の体温を身体全体で受け止めながら、私はあまりの多幸感にくすくすと笑ってしまう。

「……なに、わらっとるん」

 その時、突然私の世界に落ちてきたのはもう聞き慣れた音。大好きな、大好きな、彼の声。ぱっと顔をあげれば、ぱちりと麦藁色の瞳と視線が交わった。

「わ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
「はよ。……や、普通に起きた。今何時?」
「八時半ぐらいかな」
「あー、……寝すぎた」

 ぐしぐしと眠たそうに手の甲で目元を擦る彼は、まだ片方の腕を私のお腹に残したまま。甘えるかのように私に擦り寄ってくる彼が幼い子どものようで、酷く愛おしい。

「久しぶりの完全オフだし、いいんじゃない?」
「……それもそうか」

 先程までとは逆に、今度は彼が私の胸元に額を寄せる。目の前に晒されたふわふわの黄土色を、私は手のひらでゆっくりと撫でた。子ども扱いは嫌いかと思ったけれど、寝起きだからか彼は何も言わない。むしろもっと撫でろと言われているような気さえした。

「起きる?」
「んー」
「朝ごはんはですねぇ、一晩しっかり漬け込んだふわとろのフレンチトーストと、新鮮な野菜のサラダと、あとは私特性のとっても美味しいコーヒーです」
「うわ、ばり心惹かれるやん……」
「ふふふ。特別な日なので腕によりをかけました」
「……俺のため?」
「それ以外誰がいるのさ」
「はは、それもそう。……美味しい朝ごはんもよかけど、今はもう少しだけ、このまま、」

 ゆったりとした言葉の応酬と、優しい温もりと、柔らかな朝の光。この日常を、平和を、幸せを、彼は護ってくれている。彼のそれらを犠牲にして、毎日、毎日。

「……ほんと、かっこいいなぁ」

 ぽつりとこぼれた言葉に篭められた思いは複雑で、厄介で、それでも酷く温かい。私は『ヒーローである彼』も、『彼であるヒーロー』も全てをひっくるめて、『彼』という存在をこんなにも愛してしまったのだ。そんな今更すぎることを、改めて実感させられる。

「ん、なに?」
「んーん、なんでもない」

 私の腕の中で微睡む彼を抱きしめて、私は唇を震わせた。世界の全てに感謝を込めて、腕の中のこの存在に、ありったけの愛を込めて。


「誕生日おめでとう、啓悟」


 愛させてくれて、ありがとう。
 生きていてくれて、ありがとう。

 生まれてきてくれてありがとう。

 君の歩む茨の道に、それでも確かな光がありますうに。


2019/12/28
HAPPYBIRTHDAYホークス
生まれてきてくれてありがとう

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