君さえ


君を愛した呪いの話(juju/夏油/死ネタ)


※微死ネタ悲恋のハッピーエンド/色々捏造ご都合主義/天与呪縛有りネームレス夢主


 本当は、気づいていたんだ。彼が私を見つめる瞳が、あの事件以来、少しずつそこに孕む色を変えていたことに。彼が、非呪術師である人間に対して嫌悪の感情を抱き始めていたことに。
 ――その非呪術師の枠組みの中には、私のように『逆天与呪縛』、すなわち、術式や呪力を一切持たない代わりに生まれつき身体能力だけが突出している存在もまた、含まれていることに。

 だから、私はその『報せ』を受けた時、五条のように咄嗟にそれを否定することも激怒することも出来なかった。
 君はそちらを選んでしまったのか、と。私という存在では君を引き留めておくことはできなかったのか、と。そんな後悔とも落胆とも絶望とも取れない感情を心の中に波立たせながら、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかったのだ。

 月の眠る新月の夜。空に瞬く無数の星々の光は、地上を照らし出すにはあまりにも儚すぎる。
 10階建ての廃ビルの屋上で、私はひとり、そんな夜空を見上げていた。
 は、と吐いた息が寒さに白く染まっては消えていく。

「――こんばんは、傑」

 ほんのわずかな空気の揺れにさえ気がつくことが出来るのは、私が逆天与呪縛をこの身に受けて生まれてきた証。そして、それは同時に、私には呪力も術式も存在しないということをどうしようもなく知らしめる。
 私という存在が、彼にとってもう不必要なものであるという事実を、苦しいほどに突きつけてくる。

「……護身用の呪具も何も持たずに、こんなところで何をしているんだ」

 屋上の端近くに立ちつくす私が振り返った先には、私のよく知るその人が、全く知らない衣服をその身に纏って佇んでいた。
 私の大好きな人が、その瞳に憎しみと苦痛とそれからたくさんの複雑な感情をゆらゆらとくすぶらせながら、私のことを真っ直ぐに見つめていた。

「ここにいたら、傑が逢いに来てくれるような気がして」
「……私に逢いたかったとでも言いたげな口ぶりだな」
「そうだよ。逢いたかった」

 彼の喉元で空気が掠れた音が、私の鼓膜にも確かに届いた。私はそれにふと相貌を崩してみせる。それは決して作り笑いではなくて、本当に、自然とこぼれ落ちた笑みだった。

「ねえ、傑。私のことを殺したい?」

 時が止まったかのような静けさが世界に落ちる。1拍、2拍、ただ時間だけが2人の間で動き続けた。

「――私は、」

 彼の声が闇に響いた。しっかりとした確かな声で、彼は言葉を紡いだ。その語尾のわずかな震えに気付くことが出来る人なんて、きっと世界には私だけ。

「私の大義のために、君を、殺さなくてはいけない」

 ……うん、知ってるよ。
 だってそれが、君の心から願った未来の形なのだから。

「けれど、――『君を殺したいか』という問いかけに、一切の躊躇なく頷くことは、……できない」

 彼の表情が歪んだ。じわじわと、苦痛に、悲哀に染まっていくその姿。
 ああ、そう。そうか。

「……うん、分かった」

 ――その言葉が聞けただけで、私は十分だ。
 左足を1歩後ろに踏み出せば、それに倣って身体も後ろへと移動する。風がはらはらと私の髪先を弄んでは、遠く遠くへと去っていった。

「それじゃあ、私はここから飛び降りるね」

 私の身体の3歩後ろにあるのは、冷たいコンクリートの床ではなく、何十メートルにも渡る虚空の姿。たとえ私の身体を持ってしても、この高さから受け身も何も取らずに落ちれば、生存はほぼ確実に不可能だろう。
 彼の纏う感情がまた揺れて、困惑と当惑がそこに滲む。わずかに浮いた彼の手のひらが、伸ばされたその腕が、まるで私をこの世界に引き留めようとでもするかのようだった。

「――私ね、傑のことが好きだよ。だから、傑の望みをできる限り叶えてあげたい。でも、今の私に出来ることなんてもうないから。……だから、」

 死ぬことを怖いとは思えなかった。むしろ、心はあまりにも穏やかに凪いでいた。その理由はきっと、私が彼のことを心から愛しているからに違いない。

「呪力なんてほとんどない私だけど、きっとこれだけは出来ると思うんだ」

 愛ほど歪んだ呪いはないと、いつか誰かが言っていた。
 それは確かに真理だと思う。
 けれど、その愛で、その呪いで、愛する人を護れるのならば。最愛の望みを叶えられるのならば。

「――私は今から、この愛で君を呪う。呪って、呪って、そうして君のためだけに存在する呪霊になってみせるよ」

 愛も呪いも、全てを私は利用してみせよう。
 それがきっと、私が彼にしてあげられる唯一だから。

「……そうしたら、ねえ、傑」

 踵はもう屋上から飛び出して、何も無い闇を踏む。後はただ、この身体で空を飛ぶだけ。
 もう、彼の手のひらも私に届きはしない。


「もう一度、私の名前を呼んでくれる?」


 傑、傑。私の大好きな人。
 優しくて、意志が強くて、自分にとっての大切なものを、本当に大切にしようとする人。
 きっと私の存在意義は、私の幸せは、君のために在ること、ただそれだけなんだ。
 傑、ちゃんと『私』を使ってね。大丈夫、傑への愛ならこの世界の誰にも負けはしないから、立派な呪霊になって君のところに戻ってくるよ。もしかしたら特級ぐらいになっちゃうかもね。でも、たとえどれだけ凶悪な呪いになったとしても、君のことだけは傷つけない。だってそれは、私の傑への愛だから。

 だから、沢山使ってね。
 傑の嫌いなもの全部、この世界から消しちゃおう。

 そして、全部が終わったら、ちゃんと私を祓ってね。


「――あいしてるよ、傑」


 ばいばい、おやすみ。また逢おう。
 仰いだ空に散りばめられた星たちが、まるで私たちを祝福するかのように瞬いていた。


2020/2/14

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