君さえ


プロローグ


 “不思議なこと”というのは案外身近に存在していて、他人が体験した話を耳にすることは勿論、自分自身がそれに巡り会うこともそう珍しくはない。
 大きいものから小さいものまで、不思議というのは世界に山ほど揺蕩っているのだ。

 ……そう、例えば、死んだと思ったら幽霊になって、知らないけれど知っている街を彷徨っていた、とか。



 人並みに生きてきた人生だった。学校に行って、勉強して、遊んで、趣味に没頭して、就職して、働いて。特筆することはないけれど、でも十分幸せだったと言える、そんな人生だった。
 そんな20年と少しの人生は突然終わりを告げることとなる。工事現場近くを歩いていたら、突然上から鉄の棒やら何やらが振ってきて、ああ自分死ぬなと理解した瞬間、視界が暗転した。

 このまま途切れるんだろうなと思っていたら、何故か逆に浮上していく意識。
 次の瞬間、無くなったはずの視覚が戻り、瞼を開けば目の前には見知らぬ街が広がっていた。

 初めは死後の世界的な場所に辿り着いたのだろうかと考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。そう結論付けた理由は、まず、道を行く人にここはどこか尋ねようと手当り次第声をかけてみたが、全て無視されてしまったこと。極めつけは、薄くなり向こう側が透けて見えてしまっている自身の体。足の膝から下の部分に至っては最早消え去っている。ちなみに服装は、死ぬ直前に着ていたスーツではなく真っ白なワンピースだった。

 なるほど自分は幽霊と呼ばれる存在になってしまったようだ。やけに冷静な自分に自分で驚いたが、まあ自分が死んだ記憶はあるのでそんなものだろう。

 はてさて、とりあえず幽霊になったことは理解したが、これから自分は一体どうすればいいのだろうか。成仏のために未練絶つべし! と言われても、これと言って思い当たる未練は無いし……ああ、ひとつ挙げるとすれば、楽しみにしていた漫画やアニメの続きを見られなくなってしまったことだろうか。ここで家族や友人のことではなく自分の趣味のことが思い浮かぶあたり、自分はなかなか淡白な人間だったようだ。

 ……とりあえず、家族や友人の顔を見て回って、自分の私物たちの行方だけ確認しに行こう。その後のことはおいおいだ。
 そう考えた私は、家族がいる我が家へ向かおうと、宙に浮く体を空に舞わせた。
 自分の意思で、まるで風船のように、舞い散る花びらのように、あちらへこちらへと移動する体。ひらひら、ふわふわ。鳥にでもなったかのような心地だった。
 こんな心地が味わえるなら、死ぬこともそう悲観するものではないな。なんてそんな不謹慎なことを考えてしまうぐらいには、いい気分だった。

 そう、体と同様に思考まで舞い上がってしまっていた私は忘れてしまっていたのだ。
 自分を囲む町の風景が、全く見た事もない風貌に様変わりしているということを。


 
(……あれ、ここどこだ?)

 しばらく空を舞って、ようやく私はそのことを思い出した。
 知らない建物、知らない道。
 見知らぬ世界。

 慌てて近くの電信柱に駆け寄り、そこに書かれた住所を目に映す。
 そこに並ぶ文字列を私は知っていた。


 “新宿ディビジョン”

 
 ──画面の向こう側の世界の言葉として。



20181113

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