君さえ


この恋が、ちっぽけな私の全てだったから(ジェイド/悲恋)


※片思い悲恋
※not監督生/ジェイド→監督生表現あり



 瞬きの間に理解した。誰よりも彼を見つめていたから。私も『同じ』だったから。
 そんな顔で笑うことが出来たのか。そんな声で誰かの名前を呼ぶことが出来たのか。そんな瞳で誰かの姿を見つめることが出来たのか。その声に、その指先に、その瞳に、その表情に、彼が彼女に『恋』をしているのだという事実を理解してしまった。
 私は彼のことが好きだ。大好きだ。
 だから、そう。それは確かに失恋だった。
 だってこんなの無理に決まってるだろう。彼のあんな姿を見て、それでもなお彼がこちらを振り向いてくれるいつかを願うなんてこと、弱い私にできるわけがない。
「──あの子に好きって言わないんですか?」
 瞠目するカナリーイエローとオリーブ。さらりとゆれる浅瀬色の髪先。一筋の深海。ああ、世界は今日も、こんなにも愛おしい姿をしている。
 私の言葉の意味を理解した彼は、ゆるりとその表情を微笑みの形に変えていった。下げられた眉は、彼の得意技であるそれと同じ角度で佇んでいたけれど、そこに宿された感情だけは普段とは全く異なっていて。確信がさらなる確実性を持って私の臓腑に刻まれていく様を、私はただ、貼り付けた笑みと共に見つめることしか出来なかった。
「僕たちが結ばれるには、障害があまりにも多すぎますから」
 欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れようとする彼の、いっとう柔らかな部分。そこに自分は触れてしまったのだなと、その言葉と声色に理解させられた。
 そうだね、2人は生きる世界が違う。
 ならあの子をこの世界に縛り付けてしまえばいい。
 そうだね、2人は種族が違う。
 でも、今の貴方はあの子と同じ2本足。
 そうだね、2人は寿命が違う。
 百年しか生きられない人間と、数百年を生きる人魚の恋。その結末は、確かに悲劇的なものにしかならないのかもしれない。
 
「──それじゃあ、ジェイド先輩に私の心臓を差し上げますよ」

人魚の肉を食べた人間が人魚と同じ寿命を得たのなら、人間の肉を食べた人魚も『そう』であって然るべきじゃないですか。
 煮るでも焼くでも蒸すでも生でも、ご随意にどうぞ。あまり美味しくないかもしれないけれど、我慢してちゃんと残さず食べてくださいね。
 心臓をかじりとるのはお得意でしょう?

 ねえ先輩。ジェイド先輩。
 好きです、大好きです。愛しています。

 だからどうか、幸せになって。
 私のいない世界であの子とふたり、幸せに。
 それ以上なんて願いはしないから。

 ジェイド先輩、最初で最後のお願いです。

 どうか、貴方の数百年を私にください。
 ……どうか、どうか。


 ──貴方の手で、この恋を殺してください。


2020/9/27


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