心底、午前中部屋を片付けておいてよかったと思う。カレーを食べに来ることが決まったアイドルの彼は、ご馳走になるんで福神漬けは俺が買いますと言って意気揚々とレジへ向かった。
『あ、ちょっと…!』
福神漬けの他にも何かしらスイーツを買って、コンビニを出ようとした彼を慌てて止める。マンションのエントランスまで数歩しかないけれど、一緒に歩くのはまずいのではないか?週刊誌は、そういう一瞬を撮って有る事無い事書くんだろうし…
『うち、この上のマンションなんですけど、さすがに一緒に歩くわけには行かないので、ちょっと待っててもらえませんか?』
「え、お姉さんここのマンションなん?」
『はい、』
「俺も」
『へぇー、え?俺も??』
同じマンションなら別にえぇやん、とニヤリと笑う彼。いや、一体何が良いんですかと聞きたいけど彼は彼で颯爽と歩き出したので、少し距離を置いて私も歩く。無事?エントランスに付き、彼は慣れた手つきでオートロックを開ける。
『本当に同じとこに住んでたんですね』
「びっくりやんなぁ」
『あ、うち8階です』
ほな、8やなぁと言いながらエレベーターのボタンを押す。8階に到着して、自宅のドアに鍵をさした。
今更ながらに本当にこの人を家に入れて良いものかと迷う。いや、誘ったのは不覚にも自分だけど、何より彼はアイドルであり、2度目ましての男を自宅に入れるって結構リスキーなことをしてるのでは?と悩んだけど、後ろから聞こえるグーと派手にお腹が空いていることを主張する音に覚悟を決めてドアを開けた。
『狭いけど、どうぞ』
「お邪魔しますぅ。やっば、めっちゃカレーのえぇ匂いする!!」
俺の部屋と間取り似とるわぁと言いながらキョロキョロと室内を観察する彼に、あんまりジロジロ見ないでくださいねと伝える。お姉さん、と何か言いかけた彼は「そういえば名前聞いてへん」と言い出したのだった。
「お姉さん、名前なんて言うんすか」
『あ。えっと、白崎 凛です』
「凛さん」
『…はい。あ、えっと名前、聞いていいですか?』
「あ、せや俺も言うてないな。高橋 恭平です」
『高橋くん』
「恭平で良いっすよ」
いや、さすがに名前呼び捨てはハードルが高い。はは、と笑って彼は手を洗うため洗面所借りますーとリビングから離れた。後で「なにわ男子 高橋 恭平」でググってみようと決め、カレーが入った鍋を火にかけた。
『あ、テキトーに座っててください』
「いや、手伝います」
『今日は朝から収録、ダンスの振り入れで疲れてるんでしょ?』
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
申し訳なさそうに眉を下げて、彼、高橋くんはソファーに座り込む。カレーが煮込まれる音しかしない室内も気まずい。そうだ!と私の中で一つ閃いた。
『高橋くん』
「はい?」
『テレビつけて、YouTubeでなにわ男子の曲かけてもらっても良いですか?』
「ええ!?なんでやねん!」
目を見開く彼にちょっと笑う。無音の空間もしんどいし、何かと縁がある彼のグループの曲を聴いてみたいと思ったのだ。確か社長も娘にアルバム全種類買わされたよぉと言っていたし。
『なにわ男子って最近デビューしたんですよね?』
「まぁ、去年の11月っすね」
『デビュー曲聴いてみたい』
「えぇ、マジっすか。本人ここにおんのに?」
『え、じゃあまさかの生歌披露…?』
「MV流しますわ」
生歌披露は避けたかったのか仕方なしにYouTubeを開いて検索ホームにグループ名を打ち込む。わぁ、めっちゃ動画あるじゃん!と素直に驚いた。
「これっす、デビュー曲」
『しょしん、らぶ…?』
「うぶらぶ、っす。初心Love」
『へぇー…』
感心する私に高橋くんは「ほんまに知らんねや…」とちょっと落ち込んでいる。ごめんなさい、後でゆっくり他の動画も見てみます。時間があれば。デビュー曲のMVを選択して、イントロが流れる。
『え、』
「ん?」
『え、これなにわ男子の曲なの?!』
「え?そうやで」
『待って待って、知ってる!これ!』
もっとあんな恋がしたくてー♪と流れたメロディーに驚く。私、この曲知ってる。え、なにわ男子知ってた?と自分でも混乱してたら、ドラマで見たことのある顔。
『え、この曲ドラマの曲だよね?で、この子出てたよね』
「みっちーな」
『みっちー、』
「この間コンビニに一緒におった人」
うっそー。まさかのもう1人の黒髪長髪さんは、ドラマに出ていた子だったとは。ドラマ見てました、とMVで踊る彼に心の中で伝える。
「凛さん、鍋大丈夫そ?」
『え?わ、危ない!』
MVをじっと見てしまったが故にカレー鍋がグツグツと煮えたぎっていた。危ない、もう少しで焦げるところだった。皿にご飯を盛り付けて、カレーをかける。良い匂いに釣られてか、ソファーからいつの間にか立ち上がった高橋くんがすぐそばにいた。
「うまそー…」
『高橋くん、サラダ食べる?』
「え、良いんすか」
『カレーだけじゃ寂しいでしょ』
野菜室にある野菜でパパッとサラダを作り、ドレッシングをかける。よそった皿たちは高橋くんによってテーブルに運ばれた。あとは食べるのみ。
『じゃあ、食べようか』
「いただきます!!」
両手をパチン!と合わせて挨拶をする姿は子どもみたいだな、と小さく笑った。美味しそうなカレーよりも、目を輝かせてる彼から目が離せないのは気のせいだと思いたい。
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