訪れたチャンス
『っぎゃあ!』
「驚きすぎやろ」
頬に冷たい感触がして、小さな悲鳴をあげる。スマホから顔を上げてヒャッヒャと笑う大橋さんを見上げると「水飲む?」と先ほど私を驚かせたであろう冷たいペットボトルを差し出した。お礼を言って受け取り、カラカラになっていた喉を潤す。
シャワーを浴びて出てきた大橋さんは先ほどと変わらずパンイチ姿で綺麗に並べられたスキンケアグッズでスキンケアをしながら、こちらを見た。
「で、思い出した?」
『……あの、私、昨日西畑さんと高橋さんとご飯行って』
「そうそう」
『その後の記憶が……』
苦笑いを浮かべると「まぁ、華ちゃん爆睡やったもんな」と大橋さんが笑った。西畑さんと高橋さんとご飯に行ったのに、何故大橋さんの家にいるのか。その謎は毎日の日課のストレッチをしながら大橋さんが「昨日仕事終わりに大吾から連絡あって…」と話し始めたことで解明する。
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「お疲れ様でした〜」
雑誌の取材を終え、無事に帰宅。夜は取材先の出版社の方がお弁当用意してくれとったから2個食べて満腹状態。23時過ぎやし、明日も6時半には起きなあかん。ちょろっとお酒飲んでぼちぼち寝よかな〜思ってたところに震えたスマホ。
「もしもし?」
「あ、はっすーん?おつかれー今大丈夫ー?」
「なに、飲んでるん?」
「ん〜んふふふ、飲んでるぅ」
いつもより間延びした声ですぐ酔ってるのがわかる大吾からの着信。大吾の声の横から「おおはしくーん!げんきー?」と何やら恭平の声も聞こえて、そういえば今日は2人でラジオ収録やって言うとったなと思い出した。
「あんなぁ、はっすんになぁ、いいお知らせがあるんよぉ」
「え?なに?」
「え〜聞きたい〜?ふふふ、聞きたいやんなぁ?」
「早よ言うてやぁ」
ハイボールでも飲むかとグラスを出して、氷を入れる。酔ってるせいか勿体ぶってる大吾の声に耳を傾けながら、ウイスキーの蓋を開けた。
「大橋くんー?今大吾くんとぉ、華さんと飲んでんねんけどぉー」
「え、華ちゃんもおるん?」
大吾と同様、アルコールが入った時特有のちょっとテンションが上がってる恭平の声が聞こえたと思ったら、急に出てきた名前に動揺して、ウイスキーを入れる手が止まる。
「「華ちゃん、彼氏と別れたんやってー!」」
酔っ払い2人が明るい声で告げた言葉に、ハイボールを作っていた手は完全に動かなくなる。華ちゃんが彼氏と別れた?え?ほんまに?
「え、ま、え、ほんまに?」
「あ、あかん恭平、おっきい声出したら華ちゃん起きるわ」
「え?寝てんの?」
「あのねぇ、華さん、爆睡中っす!」
いろんな情報が一気に入ってきて混乱する頭をどうにか整理しようとするけれど、理解が追いつかない。え?華ちゃんが彼氏と別れた?え?いつ?と俺の脳裏によぎったことが見透かされていたのか「2週間前に別れたんやってぇ」と大吾がポツリと呟く。
「……まじか」
「もうさ?はっすん、これはいくしかないんちゃう?」
「えー…いやぁ、」
「大橋くん、ここでいかな、男が廃るって!なぁ?」
「なぁ?恭平!」
電話越しでもわかるくらい楽しそうな大吾と恭平の声に、心臓がドクドクと音を立てる。アカン、これ以上踏み込むのはやめると決めた気持ちが揺らぎそうになって、唇を噛み締めた。
「あ、はっすん、もう飲んじゃった?」
「え?ああ、いや、これから飲もうー思ってお酒作ってたところ」
「飲んでないん?」
「ん?まだ飲んでへんよ」
「なら、迎えにきてやぁ」
「はぁ!?なんでやねん」
「え〜?じゃあ、今寝てる華ちゃんどうするん?俺、お持ち帰りしてもえぇの〜?」
長年一緒におるからわかる。大吾が俺を焚き付けようとしてるだけで本気でそんなこと思ってへんのは。普段なら軽くスルーして終わりやけど、半分無意識で自分の車と自宅のキーを握りしめた。
「場所、LINEして」
「んふふ、はっすんきてくれるーん?うれしい〜大好き〜」
「大橋くん、大好き〜!!」
「あんたらの大好きはいらん、いらん」
小さく笑って、自宅ドアを開けた。もうほんま、どないしよ。今華ちゃんに会ってもうたら、多分もう後戻りできひんくなる。でも、もしかしたら、なんて下心は隠しきれなくて早足で駐車場に向かい、車に乗り込んだ。