ガーデン


真っ暗な闇の中。ゆっくりと浮かび漂う体は、まるで自分の物ではないかのようだ。
何もないその空間で聞こえてくるのは、ザァーっと降り注ぐ雨の音だけ。まどろみの中に居るような、そんな感じだと私は思った。

――早くいくんだ!

そんな中、聞こえてきた声。勇ましく…あたたかい…。

――ごめんね…

また聞こえてきた…。でもさっきと違う。悲しくも、優しい…声。

――逃げなさい

真っ暗だった闇の中から一筋の光が差し込んできた。光の先に目をやれば、何かの影がみえる。ぼやけてよく分からないが…多分、あれは人なのだろう。

(…誰?)

ゆっくり手を伸ばすと、光はどんどん大きくなって闇を包み込んでいく。

――いきて…

(あなたは…)






るべき場所





「…だれ…?」
「誰…?」
(あれ…また違う声だ…男の人の声…)

ボーっとしてる頭でそう思いながら、少し開けた視界の先を見た。銀色の光がぼやけてみえる。徐々に視界がはっきりしてきて、それが私の胸元に光るクロスのペンダントだと気づいた。
下に向いてた視線を前に向けると、黒のブーツを履いた人が向いの椅子に座ってる。椅子に座って、なにやら書類を読んでいるみたいだ。

(…どこだろう…?)

そう思った時、頭をコツンと叩かれた。

「イタッ!」

その衝撃で意識がはっきり戻った。横に目を向けると、赤髪短髪の奴がニヤニヤ笑いながらこっちを見てる。叩いたのはコイツだ。

「いきなり何すんのさ〜ウニ!」
「ファーストネーム、寝てたろ?ってか、ウニって呼ぶな!!俺がウニならお前はボブだ!」

むきになって言い返すコイツはエリック。通称ウニ。…って呼んでるの私だけだけど。だって、頭のツンツン具合が…ね。

「ね…寝てないよ…ってか、何で私ボブなの?!」
「お前ボブヘアーだろ?だからボブだ」
「えぇ〜…なんか可愛くない…」
「確かに可愛くないわね?口から涎らしたままじゃ」

前の席に座ってる髪の長い目が切れ長の女子、イリスが呆れた様に言った。私は慌てて口から出た涎を袖で拭うと横から笑い声が沸いた。

エリックとイリスは、同期のSeeD。任務で一緒の班になることも多く、去年の文化祭は有志で一緒にライブをやったくらいとっても仲が良い。

「任務で疲れたか?お前が居眠りなんて珍しいな?」
「帰還中でも油断してはいけないわよ。いつ何があるか分からないんだから」
「…はい」

釘を刺されてシュンとすると、エリックがどんまいと頭をポンポンと叩いた。

(そうだ。三ヶ月続いた任務が漸く終わって、今はガーデンへ帰還中の車の中だったんだ)

向かいの窓に目をやると、その奥には懐かしいバラムの草原が見える。小さな森がいくつかあるその向こうに、巻貝の様な形をした綺麗な大きい建物が佇んでいる。
バラム公国にある私立兵士養成学校、バラムガーデン。そのガーデンが誇る精鋭傭兵部隊が私達、SeeDである。

「そう言えば、そろそろじゃない?SeeD選考の試験」
「あ、そうだな!今回は何人合格者がでるのかね〜」

数ヶ月に一度行われるSeeD選考の試験。試験は筆記と実地があり、それに合格した候補生のみがSeeDの称号を得られる。
SeeDになるのは狭き門で毎回合格者は参加者の中から数名程度。その分SeeDになれば毎月お給料は貰えるし、一般人では行けない所にも入れたりする。だから、候補生にとってSeeDは憧れの存在であり目標なのだ。

「もうそんな時期なんだね!今回はどんな後輩が上がってくるのか楽しみだな〜!」
「ファーストネームはいつまで経っても先輩って感じはしないけどね」
「アハハッ!本当だな〜!」
「それどう意味よ〜!」

こんなふざけあいが出来るのも、この2人だからなんだろうな。真面目な事も冗談も話し合える仲間。そんな仲間とこうしている瞬間が、私の大切なひとときなんだ。

そうこうしてるうちにガーデンの鐘が聞こえて来た。
この鐘を聞くと、帰って来たんだなって安心できる。ここは…私の出発点だから…。



***



「〜ッアァー!帰って来た〜!!」
「ファーストネーム〜、ドアの前で立ち止まらないで!出れないよ!」
「あ、ゴメンゴメン!」

車のドアの前からササッと体をどける。
私達3人は駐車場を抜け、中央ホールへ続く廊下を歩いた。中央ホールにでると、そこは数十メートル上まで吹き抜けのドーム型の空間になっている。
ホール中央のエレベータ前からぐるりと一周できる様になっていて、私達SeeDや候補生達の学生寮や訓練所、保健室や食堂といった施設と繋がっている。2Fは教室があり、3Fは学園長室。
私達が向かうは学園長室。任務の報告書を提出する為だ。

エレベーターに乗り込み、学園長室に向かう。3Fは他の階と違いワインレッドの絨毯広がり、前方には大きな両扉がある。
この空間に来ると身が引き締まるのを感じる。それは2人も同じらしい。
扉を開けると、部屋の中央に備え付けれられている椅子に座った学園長の姿が目に留まる。

「イリス・ランジュール班。任務の報告に参りました!」

敬礼をすると、学園長は手を招いて私達を呼んだ。

「戻りましたか。では報告をお願いします」

班長のイリスが任務の簡易報告をしながら持っていた書類を学園長に渡した。書類を渡す際に学園長は必ず笑ってお疲れ様と言ってくれる。
その言葉を聞くと、帰って来たんだな…って思う。

「ご苦労様でした。では、部屋に戻ってしっかり鋭気を養うように」

学園長の言葉に敬礼し、踵を返そうとした時、ドアがコンコンと叩かれ、制服教師が部屋に入ってきた。
つばの長い帽子を被り、ローブを羽織った教師。学園のほとんどの先生がこの服を着ているが…見る度に思う、ダサすぎだ。先生の制服はもっとデザインを考えてあげるべきだと思う。
その教師が学園長の横に寄り、何やら耳打ちで話をしている。わかりましたと一言学園長が言って、教師は部屋から出て行った。

「何かあったんですか?学園長」
「あぁ…いや」

何を悩んでいるのだろう?歯切れ悪く言う学園長の言葉に私達は次の言葉を待っていた。

「実は、今日の実地試験に参加のSeeDに欠員が出たのですが、他のSeeDは別の任務に就いていて出す事ができないんです」
「あ、だったら私でますよ!」

軽く返事する私に、隣にいたエリックがハァとため息を吐いた。

「お前、昨日夜警護で疲れてねえの?車の中で寝てたし」
「うん。だから結構元気!それに、どんな候補生がいるのか気になるし」
「試験は遊びじゃないのよ?」
「そんなの分かってるよ〜。仕事モードでちゃんとやります!」

そんなやり取りをしてる私達を見て、学園長はハハッと笑った。

「わかりました。ファーストネームに行ってもらいましょう。お願いできますか?」
「了解!」

元気に敬礼をして答えた。

「では1600時、制服で駐車場に集合してください。あと、カドワキ先生の所に行くように。自覚は無くても長期任務の後で疲れは溜まっているものです。次の任務に支障が出ないように診てもらいなさい」
「わかりました」

再度敬礼をして、私達は学園長室を後にした。

「ほんと、お前大丈夫か?」
「なにが?」
「なにが?じゃねえよ。俺だって結構疲れてるのによくやるな?」
「ファーストネームはそのうち過労死しそうよね」
「しないよ、失礼な!ちゃんと休める時には休んでるし、それに試験や任務の緊張感って結構好きだから苦じゃないし」

呆れたとイリスは首を振る。

「とりあえず、無理して任務中に倒れたりするなよ?」
「ま、ファーストネームなら大丈夫だとは思うけど、しっかりね」
「うん!」

1Fに降り、学園長からも言われたし、とりあえずカドワキ先生に体を見てもらおうと、私一人保健室へ向かった。
カドワキ先生はガーデンの保健医。怪我の手当てをするだけじゃなく、カウンセリングや生徒の話し相手になったり皆のお母さん的存在の人。
先生とお喋りするのが目的で保健室に来る生徒も結構いる。私もその一人だったり。

「失礼しま〜す!カドワキ先生」
「あら、ファーストネームじゃない。戻ったの?」
「はい!さっき帰還したばかりです!」

変わらないお団子頭に白衣の姿。優しい声も懐かしい。

「この後また任務が入ったんで、体を診てもらえって学園長が」
「なるほどね。じゃ、そこに座ってくれるかい?」

指された先にある椅子に座ろうとすると、窓から風が舞い込んで来た。優しく吹き抜ける風の方へ目をやると、ベッドで誰か寝ている。
白いファーの付いた黒のジャケットとスボン。胸に光らせたシルバーのアクセサリーに茶色い髪をした男子生徒。額には包帯が巻かれており、羨ましいくらい凄く綺麗な顔をしている。…羨ましいを通り越して妬ましい…。

(確か…サイファーが言ってた…)
「スコールを知ってるのかい?」
(そうそう!スコールって名前だ!)

隣に来たカドワキ先生の言葉にモヤっとしてたものが吹き飛んだ感じがした。

「知ってるって言うか、他の子がキャーキャー言ってるのを聞いたり、候補生に優秀だけど無愛想な子が居るってキスティスが…彼ですよね?」
「あははっ!」

カドワキ先生は声を出して笑った。笑って、私の肩に手を当て、椅子にストンと座らせた。
私の顔をみて、そのあと肩や腕、背中を揉んだりトントンと叩いたりした。

「ん〜確かに疲労がたまってるね」
「自分ではそれ程感じないですけど…」
「あんたは頑張り過ぎる所があるからね〜。倒れてから気づいても遅いんだよ」
「…はい」
「取り合えずコレ飲んどきな」

そう言って渡されたのは…ハイポーションだ。

(おっつ…これ飲んだら体が軽くなるんだけど…苦いんだよなぁ…。でもカドワキ先生に逆らえないからな…)

意を決して蓋を開け、一気に中身を流し込む。

(……うげ…やっぱ苦い…)
「これで少しはマシになるだろ」
「…これ、味どうにかならないですか?」
「アハハ、それは無理だね〜。飲みたくないんなら、早く部屋に戻って体を休める事だね」
「…ですよね〜」

空き瓶をゴミ箱に捨て、カドワキ先生にお礼を言ってから保健室を出た。

(…まだ口の中に苦味が残ってるよ〜…。寮に戻る前に何か飲み物を買おう…)

顔を歪めたまま、私は食堂へ向かって歩き出した。

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