がつくと、林の中にいた


―…目醒めて…しまったのか…

真っ暗な暗闇の中。私は眠ってるんだろうか?瞼は重たくて、開けるのも憂鬱で、そのままその空間に身を委ねていた。

―鎮めなくては…我が――

さっきから、同じような言葉が頭の中に響いてくる。誰なんだろう?何を言っているのだろう?

―我が――、今―――

ノイズの入ったラジオの様に、途切れ途切れの言葉。それと同時に真っ暗な空間が、白く明るくなってゆく。
夢から醒めるのかな…もう朝になるのかな…。
薄っすらとした思考の中、重たかった瞼をゆっくりと開ける。ぼやける視界の中に緋色の葉がひとつふたつ舞い落ちてきた。葉は音も立てず地面に落ち、流れる風に乗ってどこかへ飛んで行ってしまった。
……ん?地面?
まどろみの中にいた意識をハッとさせ、勢いよく体を起こした。辺りを見渡した私は、開いたままの口が塞がらなかった。

「……どこ…ここ…」







私はぼーっとする頭を抱え、今までの事を思い返していた。
今日は法事で田舎に来た。午前中に全てを終わらせ家に帰る為、停留所で1日2本しか運行しないバスを待っていた。そのバスが来るまで1時間近くあったから、少し寝ようと目を瞑って…目が醒めたら…ここにいた。
夢遊病にでもなったんじゃないか?なんて、本当にそう思った。
バス停留所に居たはずの私は、今、見渡す限り木や草花が生い茂る林の只中に倒れていた。赤や黄色の葉がパラパラと落ち、秋から冬へ移り行く事を教えてくれている。先程まで青かった空が橙に染まっているのをみて、あれから大分時間が経っている事が分かった。
風が葉を揺らす音が、なにかの叫び声に聞こえる。なんだか、沢山の何かに見られてる様な変な感じがするのは気のせいだろうか。

「とりあえず、ここから抜けないと…」

一応道の様なものはあるから、それを進めば出れるんだろうけど…どっちへ行ったら出口なんだろう…?間違って奥へ進むほうとかだったら困るしな…。
う〜んと唸りながら考えていると、背後から誰の足音が聞こえた。どきっとしてそっと後ろと振り返ると…。

「…どうしたの?こんなところで」

髪を腰まで伸ばした、可愛い女の子がいた。茶色の制服を着て、歳は私と同じくらいだろう。
人だ!!こんな林の中で人と会えるなんて天の助けか?!ラッキー!

「あ、えっと…あ!バス停!バス停に行きたいんだけど、どっち行ったら抜けられるかな?」

何から聞いたらいいかと色々考えたが、とりあえず林を抜けてバス停行かないと!

「バス停?それならこっちだよ。私、案内してあげる」
「本当?!ありがとう!」

服についた土を払い、勢いよく頭を下げたらクスクスと笑われた。

「でも、どうしてこんな場所で倒れてたの?」
「それが…―」

事の経緯を話そうとした時、彼女の足元で何かが動くのが見えて視線を向けると…。

「ニー」

銀白の毛をした狐が覗き見るように私を見ていた。

「かわいぃ〜!」
「えっ?」

驚いた彼女を余所に、私はしゃがみこんでその狐をまじまじと見た。
片手に乗る程の大きさしかないその小さな狐は、尻尾が2本もあり、ビー玉の様な碧い瞳、額にはタトゥーの様な模様が描かれている。

「変わった狐だね!凄く可愛い!!あなたが飼ってる狐?」

触ろうと手を伸ばしたけど、脅えているのか彼女の後ろに隠れてしまった。

「…あなた、おーちゃんが見えるの?」
「へ〜、この子の名前おーちゃんって言うんだ!可愛い名前だね」

少しでも触れたくて、仲良くしようとニコニコ笑顔でおーちゃんに微笑みかけている私とは反対に、眉間に皺を寄せる彼女。

「…普通の人には見えないはずなのに…」
「え?―ッッ!!」

何を言ったのか聞こえにくくて顔を上げた時、背筋がゾッとした。私の背中に羽とか生えてたら、それが全部ピンと逆立つ様な、そんな感じ。さっきまで感じてた爽やかな風が消え、辺りの空気が重く、濃いものに変わっていくような感じがした。初めて味わう感覚に、立っている事さえ出来なくなりその場に崩れ落ちた。彼女に目を向ければ、胸を押さえたまま一点を見つめていた。恐る恐る目を向けると…信じられないものがそこにはいた。

「アァ…ァアァァ……」

唸り声を上げて近づくそれは、この世のものではない姿のものだった。顔は牛の形をしていて、鍛え抜かれた様な体つき、手に刀を下げ、血走った鋭い瞳は真っ直ぐこちらを見ている。

「…これも、カミ様なの?」

震える声で呟いた彼女。
カミ…様?神様ってもっと神々しくて、優しそうであったかそうなイメージだったけど、目の前にいるソレは全く違っていた。神様って言うよりも、化け物って言葉の方が似合っていると思う。
とにかく、逃げないといけない。このままここにいれば…殺されしまう!
そう感じ取って逃げたい気持ちでいっぱいになるが、体が言う事を聞かない。
地に縫い付けられた様に手足が動かない。少しでも動いたら、その瞬間に殺されてしまう…私達に向けられたその鋭い視線が、そう物語ってる様に思えるからなのか。
一歩一歩ゆっくり近づくソレに震え脅える事しかできない私はただ只管に助けを願った。
そんな時、私の横を何かが駆け抜けた。

ドンッッ!!

青い一筋の光が化け物に当たり、ソレは仰け反って二、三歩後ろに下がった。何が起きたのかと思えば、私達の前には青く輝くそれがいた。

「おーちゃんが、やったの…?」

よく見れば、さっきまで彼女の後ろに隠れてた狐が、二本の尻尾を立て、小さな体で私達の前に立ち化け物を威嚇している。その体は先程化け物に当たったものと同じく青い光を纏っていた。
さっきのは…なに?…今のは…おーちゃんが…?
纏った光を強くさせたおーちゃんの視線は、ずっと化け物に向いたままだった。
攻撃された事に腹を立てたのか、化け物の視線は私達からおーちゃんに変わっていた。

「ダメ!逃げて、おーちゃん!!」

彼女の制止も聞かず、おーちゃんは化け物に向かって飛んだ…と思った瞬間、おーちゃんの体が天に舞った。

「おーちゃん!!」
「ぁあッ!!」

私達の悲痛な叫びと共に、おーちゃんの体は私の前にドスッと音を立てて落ちてきた。
私は無意識のうちに傷ついたおーちゃんを抱きかかえていた。その瞬間、私の前に影が落ちた。顔を上げれば、刀を携えた化け物が立っていた。

「チカラダ…」
「……!」

地を這うようなその声だけで首を絞められた様な感覚に陥る。瞳からは死という恐怖から涙が溢れ出した。震える手で腕の中にいるおーちゃんをぎゅっと抱きしめた。
刀がゆっくりと振り上げられ、もうダメだ…蹲り、瞳を閉じたその時、大きな爆発音が聞こえた。爆風でその場から数メートル飛ばされ、顔を上げると、目の前に彼女が息を切らせて倒れている。慌てて彼女の体を起こすと、意識ははっきりしており、大丈夫と呟いた。そして視線をすぐ先に向けた。その先には、さっき私に刀を振り下ろそうとしてた化け物が横たわっていた。何が起きたのか、さっきの爆発はなんだったのか、彼女が何かしたのか…と色んな事が頭の中を駆け巡る。
とにかく、今のうちにここから逃げよう。
そう思ったのに、横たわっていたソレはむくっと起き上がると、一瞬にして私たちの前に現れた。

「…チカラダ…食イタイ。ウマソウ。食イタイ。食イタイ」

だめだ…

「チカラヲ。チカラヲチカラヲチカラヲ!!」

叫ぶように言いながら手に携えた刀を勢いよく私達目掛けて振り下ろした。
今度こそ……殺されるッッ!!
ぎゅっと瞳を閉じて、来るだろう痛みに耐える様に身構えた。……でも、その痛みが来ることはなかった。恐る恐る瞳を開けると…そこには

「俺の忠告を聞かなかったからだ。バカ」

こげ茶色の制服に赤い短髪の少年が立っていた―。

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