赤い短髪の少年
恐る恐る瞳を開けると…そこには―
「俺の忠告を聞かなかったからだ。バカ」
こげ茶色の制服に赤い短髪の少年が立っていた―。
「た、くま…」
拓磨と呼ばれた少年はわずかに笑って彼女を見た。彼は私達に向けて振り下ろされた刀を左手一本で受け止め、素手なのにも係わらず、傷ひとつ血の一滴も垂れていない。
そして、空いていた右手で拳をつくり、化け物の胴体に思い切りぶち当てた。
瞬間、彼より大きな巨体の化け物がいとも簡単に吹き飛び、木の幹に二、三本当たった所でようやくその体は止まった。
「……すご…」
呆気にとられ、吹き飛ばされた化け物に向けてた視線を彼に移した。
…人間って、あんなに力があるものなの?アニメとかでしかあんな巨体が吹っ飛ぶシーン見た事ないんですけど…!
彼は化け物から剥いだ刀を脇に捨てた。これで化け物も起きてはこないだろうと思ったが、何事もなかった様にむくっと体を起こしてきた。
「珠紀、そいつと一緒に下がってろ!」
言うが早いか、拓磨少年は化け物目掛けて風の様な速さで駆け出した。化け物も同時に駆け出し二人が激突。その衝撃が私達のいる場所まで波になって襲ってきた。
目で追うのが精一杯の二人の動きに、ただ呆然と見ているしかない私。それは珠紀と呼ばれた彼女も一緒のようだった。
何度と拳がぶつかりあい、今度は彼が化け物の攻撃を受け、大きな木の幹に体を打ちつけた。
「拓磨っ!」
彼女が駆け寄ろうとしたが、手でけん制をして口から赤い唾を吐き出した。
「案外、タフだな。タタリガミ」
ニヤリとして言う彼。
「俺はいい。オサキ狐をみてやれ」
彼女はハッとして私の腕にだかれているおーちゃんを見た。瞬間、私達の背後に黒い影が落ちた。
もしかして…また化け物が…!
「…だから俺は一人ぐらい残ってた方がいいって言ったんだよ。こんなの一人でほっつき歩かせる俺らが悪い」
聞こえて来た声は化け物のものとは違って、何だか陽気なものだった。顔を上げると、私と余り背丈の変わらない少年がそこに立っていた。
「ん?…誰だ、お前」
彼女に隠れてて気づかなかったのだろうか。少年は私を見てそう言った。
「話はあとにしましょう鴉鳥くん。…もう平気ですよ。よく頑張りましたね」
「ケガは、ないな」
続々と現れる人たち。綺麗な長い髪をした…男の人?と銀色の髪をした…少年?二人とも、女性の様な綺麗な顔をしている。
銀髪の少年が私に抱えられたおーちゃんに目を向けた。
「大丈夫。気を失っているだけだ」
私達はその言葉にほっと胸を落とした。
「さーて。いっちょもんでやっかな」
化け物に対峙する四人。
「グウウォオオォオオオ!!」
辺り一帯に響き渡る怒号を上げた化け物の声。
自分が追い詰めらるている事を感じ取ったのか、それを振り払うかの様に上げた声は、空気を激しく震わせた。怒号と共に猛烈な勢いで迫った化け物は、自身の拳を思いっきり彼らに向け振り下ろした。しかし、その拳は光の壁の様なものに阻まれ、空を薙いだ音は轟音となってここまで届いてきた。それが合図となり、彼らの反撃が始まった。
一瞬の事だった。
銀髪の彼が腕を振るうと、そこから青く光る炎が現れ、うねる炎が化け物の体を覆った。
視界を奪われた化け物の体に小さな少年が手を触れた。彼が何かを呟いた瞬間、激しい突風が吹き荒れ、化け物がの体が宙を舞った。
轟音と共に地を削り、木をなぎ倒し転がるその先にいたのは―
「常世に帰れ!」
拓磨少年が拳を固め、それを化け物の体目掛けて振り下ろした。轟音と共に地鳴りが響き渡り、その瞬間、不思議と安堵の息を零した。
止んでいた柔らかい風が草木を凪いだ。
化け物の姿はゆらりと揺れ、やがて風と共に消えていった。恐怖は去ったのだと感じで、強張っていた体から一気に力が抜けた。緊張の糸が切れ、自然と涙が溢れ出した。
そんな私の背中を彼女が擦ってくれる。
「大丈夫?」
「…うん、私は大丈夫」
まだ震える声で返事をすると、彼女も安心して顔を緩めた。
「怪我はないかー!」
離れた場所にいた拓磨少年が声を掛けながらこっちに走ってきた。
「私達は大丈夫だよ!」
「…で、コイツは誰なんだ、珠紀」
私を指差してコイツ呼ばわりしたチビ少年の言い方にちょっとカチンときた。
「ちょっと!コイツとは何よ!あんた年下でしょ!年上には敬語を使いなさいよね、敬語を!」
「ちょ、ちょっ―!」
横にいた彼女が慌てた様に言ったが私には聞こえてこなかった。
「それに、人に指差しちゃダメって親に教わらなかったの?」
「………」
目の前の少年は体をわなわなと震わせている。
え、泣きそう?私、そんなにキツく言っちゃったかな?
少し焦って彼の顔を覗き見ようとした時、ぎらっと大きな目で睨まれた。でも睨んだ先は私ではなく、他の場所に向けられていた。
「たぁあくまぁああ!!歯ぁ食いしばれーッッ!」
勢いよく殴りかかる彼の拳をいとも簡単に受ける拓磨少年。
「だから何で俺に殴りかかってくるんすか…」
「言っただろ!俺は女は殴らない主義なんだよ!」
呆れた様に言った彼に当たり前の様に答えた少年の言葉に、そういうのは男らしいな、なんて思った。
「あのね、彼はああ見えても18なんだ」
「えぇ?!!18?!年上?!!」
よく見れば、拓磨少年と同じ制服を着ている。…本当に高校生なんだ…。
「珠紀!ああ見えてもってどういう事だ!!」
拓磨少年の胸倉を掴んだまま彼女に向けて叫ぶ彼の姿が可笑しくて笑ったら、何笑ってんだって私も怒られた。
さっきまでの殺伐とした空気は一体どこにいったのか、って言うくらい安らいだ空間がここにある。
これが物語の始まりだと、この時はまだ思いもしなかった。
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