お正月


「…美鶴ちゃん…どうしても着なきゃだめ?」
「勿論です」
「何でそんなに嫌がるの?」
「だって…」

美鶴ちゃんの美味しいご飯、ガツガツ食べれないじゃない!!
そんな本音は心の中にしまっておこう。どんだけがっつくんだよって言われそうだもん…。

雪が降る凍てつく寒さの中、昨日から美鶴ちゃんのお手伝いで走り回った私は、もうクタクタだった。この広い家と境内の大掃除に正月飾りの用意。注連飾りに松飾。御節作りには参加できませんでした。てか、しませんでした。美鶴ちゃんの美味しい御節!!それを台無しにしてはいけない!!
だから私はひたすら動いたよ?今朝早く、夜も明けない真っ暗な時間に起こされて、何の知識もない私は珠紀と一緒に巫女さんの格好をさせられ、破魔矢販売のお手伝いをしましたよ。久々にバイトした感があったよ。そしてすっっごく忙しかった。季封村の神社ってここしかないからか、村中の人がお参りに来て、私達はてんてこ舞い。拓磨達は参拝客に甘酒を配ったり、正月気分で浮かれた人達を取り締まったり。
ようやっと落ち着いたのはお昼を過ぎてから。お腹もいい感じにペコペコです。やっと美鶴ちゃんが作った御節にさっきから美味しそうな匂いを漂わせてるお雑煮をたんまり食べられる!!…って思ったのに…。

「私、着物って苦手なんだよね…。動き辛いし、お腹とか締められて苦しいし」
「何を言っているんですか。一年の始まりなんですから、きちっとした格好で迎えなくては」
「…美鶴ちゃんや珠紀はいいよ!可愛いしスタイル良いから着物も映えるだろうけどさー!」

その横に並べられる私の身にもなって下さい、まじで。

「この着物似合うと思うよ〜!拓磨も惚れ直すって!」
「……」

えっ?まじで?なんて思ったけど、いやいや、そんな甘い展開は望んじゃダメだ!あとで肩透かしくらいそうだ…。

「兎に角、ほらほら観念して着付けてもらいなよ!もうすぐ皆来ちゃうから!」
「失礼します」
「え、ちょ、まだ私着るとは」
「問答無用です」

本当に問答無用で着てる服を剥がれ、てきぱきと着物を巻きつけられました。
確かに、着物は可愛い。淡いオレンジ色に桜が映えてとても綺麗だ。化粧までしてもらって、幾分かはマシに見える。だがスッピンの美鶴ちゃんにはやっぱり劣っちゃう訳で…。

「はぁ〜〜」
「鏡見ながら溜息ついてどうしたの?」
「いや…珠紀可愛いな〜って思って」

袖が紅いグラデーションに彩られ、桜や鶯が飾られた着物を纏った珠紀は、本当に可愛い。これで外を歩いたら一目ぼれしたって男が現れても不思議じゃない。
何言ってんの!って照れながら行くよって私の背中を押す姿とか愛らしいではないか。
着慣れない着物を着て部屋を出ると、食事を運ぶ美鶴ちゃんの姿があった。

「あれ?美鶴ちゃんは着物着ないの?」
「はい。私は皆様の給仕をさせていただくので」

そういっていそいそと仕事をしている。
美鶴ちゃんの割烹着姿も良いけど、着物姿とか本当に可愛いんだろうな〜。男じゃない私でも抱きつきたくなるもん。

「なに立ち尽くしてるの?早く行こう!」
「う、うん…」

美鶴ちゃんの後を追って居間に入ると、昨晩から用意していた御節にお雑煮、御屠蘇、チラシ寿司などの料理が並んでいる。
やっぱ美鶴ちゃんの料理は美味しそうだぁ!!
料理をまじまじと眺めていると玄関が開いて、明けましておめでとうございます、と大蛇さんの声が聞こえてた。
来たっ!!

「ちょ、何で隠れるのよ!」
「だって恥ずかしいんだもん!」

着物着たけど、絶対真弘さんに馬子にも衣装とか言われるんだ!絶対そうだ!

「お〜珠紀、着物着たのか。馬子にもなんとかだな」
「真弘先輩は素直に褒めれないんですか?」
「明けましておめでとうさん…って、お前そんなトコでなにしてんだ?」

拓磨の声が聞こえた。うぉぉ〜やっぱり今すぐいつもの服に着替えて来ようかな…。

「ちょっと名前が…ほら、名前!みんな来たから観念しなっ―って!」

珠紀に力いっぱい引かれ、私はよたつきながら皆の前に姿を晒した。

「……」
「…あ、明けまして、おめでとうございます」

恥ずかしくて下を向いたまま挨拶をした。ゆっくり顔をあげれば…何だか吟味してるみたいに皆見てる…。
お願い、何かコメントあるなら早く言って!サクっと言って!!

「お前も着物を着たのか。よく似合っているぞ」
「え?…ほ、本当ですか?」
「本当に、お二人ともとても綺麗です」

祐一さんと慎司君に褒められたーー!!社交辞令だと分かっていても嬉しいぞ!

「拓磨は何かいう事ないの?名前の着物姿見て」
「え、…あ、まぁ…」
「まあまあだってさ」

そう言った真弘さんの口を拓磨が一瞬で塞いだ。
まぁまぁか…そうか…。
素直じゃないだけだよ、って珠紀が耳打ちしてくれたけど…拓磨は褒めてくれるかな?なんてちょっと期待してたから…。でも祐一さんと慎司君に褒められたし!!
気持ちを切り替えて席についた。



***



「…っ、ん〜〜〜!やっぱ普段着が一番だ!」

居間で寛ぐ皆の輪から抜け、着物を脱いだ。もう無理。苦しい。腰痛い。
さぁ、皆の所に戻ろうかな!
着ていた着物をハンガーに掛け、居間に向かおうとしたが、ふと窓の外に目をやった。

「…あ…きれい…」

雪雲もいつの間にかどこかへ行って空は雲ひとつない。白っぽく光る月に数多の星々。その光を受けた雪が宝石の様に輝いてる。私は自然と足を境内へ向けた。

「ぅう〜〜さむっ!上着着てくればよかった…」

真冬にトレーナー一枚で出るほうがおかしいんだけどさ。そんなに長居しないし、いっか。
幣殿へ続く参道は除雪が済んでるけど、脇にはまだまだ雪が積もってる。月明りに照らされて、私はキラキラ輝く雪を手に取った。

「ふふっ、冷たいや」

雪だし、素手で触ってるんだから当たり前か。

「こんなに雪降る事も、地元じゃなかなかなかったしな〜」

そんな事を考えながら、私は屈んで雪をギュっと固めた。

「こんな感じかな?後は…小石と小枝で…かんせ〜い!」

我ながら上手じゃないかい?結構可愛くできた!
完成品をまじまじ見てると月明りが急に翳った。振り返ると、何かが顔に被さって来た。

「ん?!」
「何してんだ、そんな薄着で」
「拓磨?」

被さった物を取れば、こちらを見下ろしている拓磨がそこにいた。

「雪だるま作ってた」
「雪だるまって…風邪引くぞ、バカ」
「バカは風邪引かないので大丈夫です〜」
「バカ言ってないで、さっさとそれ着とけ」

被されてたのは拓磨の上着だった。

「拓磨が薄着になるよ?」
「俺は大丈夫だから着てろ」

無理矢理服を肩にかけられた。さっきまで拓磨が着ていたのか暖かく、ほのかに彼の香りがする。

「見てみて!雪だるま、結構上手に作れてない?」
「誰が作っても同じだろ?」
「同じじゃないよ!この子は御節とお雑煮を食べ過ぎた太っちょの雪だるま。この頬っぺたプクプク感を出すのとか結構上手じゃない?」
「そうか?」

拓磨には私のこだわりは分かってもらえない様だ。力作なのにな〜!

「……」
「どうした?」
「この雪だるま見てたらお腹空いてきた」
「さっき食べたばかりだろ」
「着物着てたからあんまり食べれなかったんだよね〜」

着物自体は良いんだけどさ〜…ゆっくり出来ないし食事の時も気をつけないといけないしで気が休まらないんだよね。

「…そーいえば、着替えたんだな。着物から」
「今頃?」
「いや、気づいてはいたん…だが…、やっぱり、お前は普段の格好がいいな」
「…すみませんね〜、着物似合わなくて」
「あ、いや!違う、別に似合ってないとかじゃなくてだな…」

焦りだしたよ。

「いいよ別に怒ってないし。珠紀や美鶴ちゃんと比べると月とすっぽんだって分かってるし」
「…似合ってた…」
「へ?」

小さな声で言った言葉を、私は聞き逃さなかった。拓磨を見れば、ほんのり頬が染まっている。これは、寒いから?それとも…。

「着物、凄く似合ってた。でもいつものお前と違って、どう接していいのか迷うから…その姿の方が落ち着く」

照れてそう言われて、私まで頬が熱くなってしまう。
どうしよう…着物姿が似合ってるって普通に言われる以上に嬉しい。

「ありがと…」

嬉しくて、恥ずかしくて…私は顔を隠す様に拓磨の胸に頭を傾けた。それを彼は優しく包んでくれた。

「あ、そうだ。言い忘れてた」
「ん?」
「明けましておめでとう。今年も…今年から?…よろしくね」
「あぁ。よろしく」

へへって笑えば、拓磨の顔が近づいてきて、自然と瞳を閉じた。唇が重り、お互いを抱きしめる力が強まった。
惜しむように放された温もり。目が合って、どちらともなく笑いあった。

「戻るか」
「…うん」

手を繋ぎ、二人の足音だけ響く参道をゆっくりと歩く。

「お前、手冷たすぎだ」
「雪触ってたもん。そりゃ冷えるよ」
「…バカ」

拓磨のバカは、優しい声色だった。繋いだ手に無意識に力が込もる。
二度と、離れないように。お互いを繋ぎとめるように――。



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