雪合戦


「………」
「…名前さん、フリーズしてますけど…わかりますか?」
「……全ッ然わかりません!」

きっぱり言った私を見て、慎司君は苦笑交じりのため息を落とした。

「お前それで今度の期末大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから勉強みてもらってるんです!ってか、真弘さん何しに来たんですか?!」
「俺か?お前らが必死になって勉強してる様を見に来てやったんじゃねーか」

絶対私が必死になって焦ってるのを笑いに来たな…。ニヤニヤ顔を隠そうともしてないし。
雪が深々と降る日。私達は、2日後に迫った期末テストに向け、追い込みの勉強会をしている。紅陵学院に転入して二週間程で訪れた期末テスト。前の学校でも同じ範囲を習っていたはずなのに、勉強が全く追いつかない。少し学校から離れてた期間はあったけど、これ程とは思ってなかった。
死んでた期間もブランクの中に入ってるらしい。そこは神様の力でどうにかして欲しかったな…。

「大丈夫だよ名前!あと2日あるし、一夜漬けすれば何とかなるよ!私も付き合う!」
「珠紀…ありがとう!私頑張るよ!!」
「じゃあ早く手動かせよ。お前、問3から進んでねえぞ?」
「ぅ…だから、私は古文苦手なんだよ!!」

宇賀谷家の居間でワイワイ騒ぎながら皆各々のテキストを開けている。
あ〜ぁ…。彼氏できて一緒にテスト勉強する時は、私が彼の分からない所を、ここはこうするんだよ〜とか言って教えてあげるのを夢見てたのに…。実際は私が一学年下で、年下だった慎司君に勉強教わってる状態。情けない…。

「はぁ〜」
「…大丈夫ですか?」
「えっ?あー、うん!大丈夫大丈夫!」

くよくよしても仕方ないよね!こればっかりはどうにもならないし。みんなも頑張ってるし…ん?

「…あれ?そういえば遼は?」
「トイレ行くって行って…戻ってないね、もう10分くらい経つけど」
「大か?」
「いや、あいつの場合明らかにサボりだろ」

あいつめ…ここに来ても個人行動か?本当は勉強会にも来たがらなかったけど、

「逃げるの?来年私と同級生になりたいって言うなら止めないけど?」

って言ったら無言でムスッとして渋々来たんだけど…どこいったんだろう?

「…そのうち帰ってくるだろ。お前は人の事より、自分の事考えろ」
「…は〜い」

拓磨に釘をさされ、再びテキストへ視線を戻した。



***



「はい。それで正解です」
「やったぁ〜!ノルマ達成ッ!!」

座ったまま伸びをしてそのまま後ろに倒れこんだ。頭を使うのは運動するよりドッと疲れる。私の場合は。
そのまま頭上を見上げると、障子の向こうに人影が見えて手を伸ばしそれを開けた。

「あ、サボリ犬発見」
「誰が犬だ」
「サボリは否定しないのか」

中庭に面する縁側に遼が一人、ぽつんと座っていた。

「うわ〜!結構積もったね!」
「朝から降ってりゃな」

私の横に来た拓磨がそう言った。緋色の紅葉舞うあの場所で拓磨が言っていた通り、中庭の緑は雪化粧をし、すっかり真っ白。

「…ねえ!雪合戦しよう!」
「は?」
「こんなに雪積もってるんだもん!雪合戦しないと勿体無い!」
「勿体無いの意味がわかんねぇ」
「いいからいいから!」

寝転んでいた体を起こして玄関からみんなの靴を取り、颯爽と縁側に戻った。

「はい!みんな中庭にでたでた!」

皆の靴を縁側下の地面に置き、キュッ、キュッとなる雪を踏んで中庭に出た。
空から雪が静かに舞い降りてくる。手のひらで雪を追えば、音もなく私のもとへ落ちてきて、少し冷たさを残して滴となる。
もう雪の冷たさなんて感じる事ができないと思っていたから、何だか嬉しくて自然と笑みが浮かんでいた。

「…さっ!みんな、レッツ雪合戦!」
「何でこの歳になって雪合戦なんて――」
「真弘さん、負けるのが怖いんですか?見た目と一緒で小心者なんですね〜」
「―ッ上等だこらぁ!!」

バカバカしいと鼻で笑った真弘さんは、一瞬にして戦闘体勢。腕まくりをして中庭に飛び降りて来た。予想通りの行動過ぎて笑える。
その姿を見て、珠紀と拓磨、慎司君が笑いながら真弘さんに続いて庭に降りてきた。

「遼!遼も早く!」
「誰かするか、めんど―、ッ!」

面倒と言おうとした遼の顔面に、私の後ろから投げられたであろう雪球がクリーンヒット。かなりの勢いがあったけど……顔大丈夫か?イケメン顔なのに…。

「ボーっとしてると格好の的だぞ?」
「……赤頭…てめぇ」

あの雪球の主は拓磨だったみたいだ。顔面に食らった雪がボトッと地面に落ちれば、赤い瞳が怖いくらいに拓磨を睨みつけている。そりゃーもう殺意が見えるくらい。

「殺すッ!」
「やれるもんならやってみろ!!」
「ちょっ、雪合戦でそこまで―、うわっ!」
「余所見してっと、雪まみれになるぜ?」
「やりましたね!珠紀、慎司君!いくよ!」
「ふふっ、よーし!やるぞー!」
「が、がんばります!」

17、8の男女が真剣になって雪合戦をする姿は、周りからみたら滑稽かもしれない。でもこんな事を真剣に楽しめる時間が来るなんて、1年前は思っても見なかった。いつ終わるかしれない未来に、自分の命に、震えて…怖くて。でも、今は一緒にいたいと願った皆と共にいる。子ども地味た遊びに本気になって、本気で笑って…。
こんな時を感じる度に思う。もしかして、これは夢なのかな?まどろみの中で何も感じる事無く、浮かび漂うあの空間で、私が見ている願望なんじゃないかって…。そして、その夢もいつか醒める時が来るんじゃないか…。醒めるどころか、みる事すらなくなるんじゃないか…って。
でもね、それは違うっていつも教えてくれる。

「どうした?」

雪で冷たくなった私の手を、同じく冷えた拓磨の手が包み込む。

「夢現だな…って。…拓磨がいて、皆がいて…願っていたものが目の前にあって…夢なんじゃないかって、さ」

そう言うと、拓磨はしゃがんで足元の雪を取り、それを私の頬に押し付けた。

「―冷たッ!」
「夢じゃねーだろ?」

…なんて単純な確かめ方。頬を抓ると同じくらい。だけど、それが拓磨らしいなって思った。
そうだね、って私が言ったら、拓磨も笑ってくれた。みんなも笑ってる。約一名は笑っるって言ってもニヤリって感じの笑いだけどね。
夢じゃない。うん、夢であってたまるか!

―これからは器としてではなく、一人の人間として、道を歩んでいきなさい。

優しく私を生かしてくれた神様の言葉。私が不安に思ってたら、神様にも悪いよね。

「皆さん、お夕飯はどうなさいますか?」
「あれ?もうそんな時間?」
「いえ、今から準備をしようかと。皆様食べていかれるのでしたら、今日はお鍋にしますけど」
「お鍋?!やったー!」
「寒い日のお鍋はいいですね」
「…肉」
「鍋なら俺様に任せとけ!」
「うす。奉行」
「では、買い物に行ってきますね。それまでに皆さん、居間の片付けとお風呂に入っていて下さい。濡れた服のままでいては風邪をひかれます」

笑って言った美鶴ちゃんの言葉に、はーいと返事をしてみんな中庭を後にした。

もう来ないと思ってた幸せが、今、ここにある。
当たり前だと思っていた日常が、こんなに尊いものだと知ってから…それがなくなったら、なんて考えて怖くなる事がこれから先何度もあるかもしれない。
それでも、私の横には拓磨がいて、周りには大好きな皆がいて…。これから先何があっても、それだけは変わらない。そう思っているし、そうあって欲しい。

「名前」

いつだって、みんなは私に笑顔を向けてくれるから―

「なにボーっとしてんだ。早く入れ」
「風邪引いてテスト出れなくなっても知らねーぞ」
「―そんなやわじゃないですよ〜!」

だから、私は不安に思っても笑顔でいよう。

―そなた達の未来に、幸あらんことを…

神様が願ってくれた“幸せ”を、めいいっぱい感じて生きるんだ!

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