羨ましいなんて思う資格…ないのに


第4セレクションのアヴェ・マリア。他の演奏者と比べると技術は低いけど、香穂子の真っ直ぐな気持ちが音にのって響き渡る。…涙が溢れたんだ。私には、こんな素敵な音…奏でられないって…。



Resonance


高2の夏休みもあっという間にに終わり、今日から二学期。
久しぶりに会う友人に挨拶して、講堂で校長のありがたぁ〜い話も聞き、二学期初日を終えた私達はいつもの屋上に来ていた。

「香穂子、大分上達したねー!」
「本当?夏休み王崎先輩に練習みてもらえたからかな」

嬉しそうにバイオリンを構えて言う香穂子。
私は王崎先輩と直接面識はないけど、前回コンクールの優勝者で、バイオリンを専攻してて、優しくて〜…って言うのを香穂子から聞いていた。王崎先輩の空いた時間にバイオリンのレッスンをしてもらっているみたい。

「今日はもう少ししてく?」
「うん。ごめんね、付き合ってもらっちゃって」
「ううん、私が聴きたいだけなの」

何かプレッシャーだぁ〜と言いながら香穂子は練習を続けた。

「そういえば、香穂子のクラスに転校生来たんだって?」

何気なく聞いただけなのに、香穂子はギギギとヴァイオリンを鳴らした。

「…どうしたの?」
「あ、…いや…」

困り顔になりながらどんどん赤くなる香穂子の顔。

「…い、ろいろあったの…」

色々って…何?すごく気になるけど…。
それより練習練習!と気持ちを切り替えてヴァイオリンを奏で始めた。第4セレで弾いた曲…アヴェ・マリアだ…。

どうして、こんなに香穂子の音は惹きつけられるんだろう…。目を閉じると曲のイメージが聞いてる私にまで見えてくる。
弾いてる香穂子も、いい顔してる。この曲が大好きなんだなって…顔。
素敵だなって思う気持ちと…羨ましいって感情が入り乱れる…。

「もう…やめる。わたしには、できないんだよ」

あの時諦めなければ、少しは違っていたのかな…って。



***



「ただいま〜」
「あ、名前〜。ちょっとこっち来てちょうだ〜い」

玄関を開けた瞬間、リビンクから母親の声が聞こえてきた。なんだろう?

「なーに?」
「今度の連休暇?」
「連休?…ん〜、今のところ予定ないけど、なんで?」
「お父さんの知り合いの人が所有してる施設で、ちょっとしたイベントがあるみたいで、手伝いの人手が足りないみたいなの」
「へ〜…で?私に行けと?」
「バイト代弾むって」
「行きましょう喜んで」

じゃあお父さんに伝えておくわね〜と、早速携帯を手にした。演奏旅行に出ている父親にだろう。

うちの父親はヴァイオリンニスト。楽団には所属せず、フリーであっちこっち行ってる。だから家には一年の半分位いない。でもうちの両親は仲良くて離れていても連絡をちょくちょく取り合っている。でもやっぱり寂しくみたいで、家の中は常にお父さんの音楽が流れている。

ガチャと部屋のドアをあけてベッドにダイブした。
下の階から聞こえる音楽。お父さんの音、私も好きだ。香穂子と同じ、人を惹きつける音。
ゆっくり体を起こし、ウォークインクローゼットを開けて一番奥にしまってあるケースを手にする。少し埃がかぶったそれは昔、私が使っていたもの。

「…はぁ」

溜息をひとつして同じ場所に戻した。
羨ましいなんて思う資格…ないのに…。



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