リアルに変な声でた
「でか」
言われていた週末。教えてもらった住所に迷うことなく到着した。白を基調とした大きな建物。ちょっと入るのを躊躇ってしまう。
ここで一体何するんだろう?バイトの話聞いてからお母さんにどんな仕事なのか聞いたけど、行ったら分かるの一点張りだったもんな〜。
「きっとあんたにとっていい経験になるわよ」
どんな仕事だろう…。
少し不安に思いながらチャイムを鳴らすと、お手伝いさんが出てきた。
「じゃあ、これに着替えてもらえる?スタッフの部屋はここになるから」
「はい」
言われるまま、渡された服に着替えた。
「あの、イベントの手伝いって言われて来たんですけど、何があるんですか?」
「選抜合宿よ。海外から有名な講師を招いて音楽学校の生徒さん達がここで合宿をするのよ」
音楽学校の生徒…。だからか、大きなホールが併設されてるのは。まぁお父さんの知り合いだから音楽関係だとは思ったけど。
「まずは施設の案内をするわね」
「はい。宜しくお願いします」
それから大きな施設を案内してもらった。練習室がいくつもあるし、音楽関係の書物が壁一面にある本棚がズラリと並んだ書庫にテラス。ホールには立派なグランドピアノ。
これが、個人所有のものだもんね〜。凄いわ。
「じゃあ庭掃除からお願いできるかしら」
「はい」
軍手とバケツを渡され、よし!と意気込んだ。だが、目の前に広がるだだっ広い庭を一人で草むしり。…せめて機械とかさ…ないのかな?
いかんいかん、仕事仕事。端から雑草をちぎってはバケツに入れ、ちぎっては入れを繰り返していく。少しすると、表の方が騒がしくなってきた。参加者が到着したのかな?海外から有名な講師を招いてって言ってたから、結構なレベルの生徒が来るのかな?
そんな事を思いながら仕事に勤しんでいた。
***
「ふぅ…だいぶ綺麗になったんじゃない?」
誰も答えてはくれないが、結構充実感が湧いてくる。
あれから少しずつ建物の中から音楽が流れてくる。モーツァルト、ラヴェル、チャイコフスキー。どの曲も凄い。難しい曲をこんなにスラスラ弾けるなんて…さすが強化合宿参加者だな。
「…すごいな」
素敵な音楽溢れる建物の横で黙々と雑草を抜く姿に、ちょっと惨めになったけど…私の仕事はこれだもん。はぁと息を吐いて、もう何度草でいっぱいにしたかわからないバケツを手にした。そろそろこれも捨てに行くか。
よいしょ、と両手にバケツを持ち歩いていると室内を覗く人達を見つけた。覗くのに必死でこちらに全く気づいていない女一人に男二人。凄いね〜や、さすがだな〜なんて会話をしている。そして後ろ姿で、彼女達が誰かわかってしまった。
「…何してるの?」
「!?」
体をビクッとさせ勢いよく振り向いた彼女達。
「っ、名前?」
「苗字。お前なんで」
「それはこっちの台詞だよ」
やっぱり、香穂子と土浦だった。でも、あと一人は見ない顔だな…。
「日野さんと土浦、知り合いなの?」
「友達なの。土浦くんと同じクラスの苗字名前ちゃん」
「苗字さんか。宜しくね。僕は加地葵。日野さんと同じクラスなんだ」
…かっこいい子。第一印象でそう思った。綺麗な金色の髪に優しい笑顔。背も高くてスタイルもいい。
「もしかして、二組に転校してきた子?」
「そうだよ」
ニコニコ応える彼の後ろでちょっと困り顔な香穂子。その顔前にも見たな。
「…で、三人はなんでこんな所に?合宿参加者…ってわけじゃないよね?」
「えっと…」
「それは俺も聞きたいな〜。なーにやってんだあ?お前さんたち…」
彼女達の後ろに突如現れた影。影は土浦の首根っこを絞めて、口調に似合わず怖い表情をしていた。
「金澤先生」
「あ…え、っと〜…金澤先生に会いたいな〜…なんて」
てへっ、なんて香穂子が言うもんだから土浦が金澤先生の首絞め攻撃を受け、三人は軽く金澤先生の尋問にあうのでした。
***
無断で入り込んだ香穂子達は金澤先生の計らいで雑用係として施設に滞在する事を許された。なんだかんだで優しいんだね〜金澤先生。
「しかし、お前さんもいたとはな〜」
「私はバイトとしてここにいるんですからね」
わかってるよ、とぶっきらぼうな返事。
「ま、しっかり勤労したまえ!」
若者よ〜とか言って去っていった。言われなくても頑張って働きますよ〜!
うちの学校からは学内コンクールの上位である月森くん、志水くんが参加してるみたい。
香穂子がヴァイオリンを見てもらってるOBの王崎先輩もボランティアで参加してるんだとか。
「苗字さん。これで最後だよ」
「ありがとう。そこ置いてくれる?」
参加者の昼食のお皿が運ばれてきた。人数が多くて大量のお皿がひっきりなしに運ばれてくる。これゴム手袋してなかったら確実にふやけてるな。
加地君は何も言っていないのにふきんを取って洗ったお皿を拭いてくれてる。
改めて見るけど…やっぱりかっこいい。気が利くし、物腰やわらかだし…絶対モテるよね、加地くん。隣にいるだけでドキドキしてるのが分かる。
「そういえばさ、何で加地君たちはここにきたの?」
「あぁ。この合宿がどんなものか気になっちゃって」
「…って事は、あなたも音楽経験者なの?」
「…まぁ、ヴィオラをね。趣味程度だけど」
この容姿でヴィオラを…。ますますかっこいいじゃん…。
「だから香穂子達と仲良くなったの?一緒にここに来るくらいだし」
「ううん。僕が日野さんの音に憧れてるだけだよ。彼女の事が知りたくて星奏に来たんだ」
…結構な爆弾発言だった。色々聞くと、有名国立男子校から香穂子を追って星奏に転校したとか。
「日野さんは、地上に舞い降りた天使…いや、陸に上がった人魚姫だ」
「ふぁっ?!」
やばい。リアルに変な声でた。そんな言葉普通に喋る人…初めて見た。でも茶化してるとかそんなんじゃない。だって、目が本気だもん。本気で香穂子の事思ってるって事だよね。
「…香穂子の困り顔の意味が、分かった気がする」
「ん?」
「ううん、何でもない!さ、早く片付けちゃおう」
そっか。加地くんは、香穂子が好きなのか…。
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