素直になるのは
付き合ってから三ヶ月という期間は他の人から見れば短いのか長いのかわからない。
だけど、私には彼と付き合っていたこの三ヶ月は長く、そしてとても幸せでとても辛い毎日だった。
「由佳、別れたいんじゃが」
「え……」
部活が終わった後、タイミングが合えば仁王くんはこうして私を家まで送ってくれていた。でも最近は一緒に帰っていてもほとんど会話もしないで淡々と隣を歩くだけ。
告白したのは私の方だし、未だにどうして付き合ってもらえたのかもわからない。
彼女といっても名前だけで、彼が他の子をあしらう理由にされているだけのような気もしていた。
だからこう言われた私ができる返事はひとつしかなくて。
「……うん、わかった……。あの、今までありがとう…。楽しかっ…た、私は…」
「……はは、楽しい…?嫌味かの」
そう言って仁王くんは心底呆れたとでも言いたげな表情で私を一瞥(いちべつ)し、大きなため息をついた。
「……俺は、楽しくなかった。……じゃあ、これで終わり、じゃな」
「……あ……」
「……何……?」
「…ううん……、何でもない…」
あまりにあっけない終わり方。思わず引き止めてしまいそうになったけど。
私と付き合っていて楽しくなかった、なんて言われてこのまま付き合っていけるはずもない。
これは仕方ないことで、来るべき時が来ただけ。私が仁王くんの彼女だなんて、分不相応もいいところだったんだから。
出来るならこのまま、彼女のままでいたかったけど。別れたくないとごねて彼を困らせて嫌われるのはもっと嫌。
そうは思っていても身体は正直で、手は震え心臓はギュッと押しつぶされているかのように苦しくて。
どんどん遠くなる彼の後ろ姿をずっと見ていたかったのに、勝手に溢れてくる涙のせいで視界は歪み、足の力も抜けてその場にしゃがみこんでしまった。
***
その夜はやっぱりよく眠れなかった。たくさん泣いてしまったから寝起きの顔は最悪だったけど、この腫れた目を彼が見て心苦しく思うといけないから必死で冷やしてから学校に行った。
「ねえ、今日は?遊べないの?」
「今日も部活じゃよ」
会いたいときに会えなくて、会いたくない時にはどうして簡単に会ってしまうんだろう。
靴箱のところで仁王くんが女子に絡まれている。この子は彼と同じクラスで、私が彼女だった時も見せつけるみたいにベタベタくっついていた。
以前は、私が見てると知っていながら、なんで仁王くんはほかの子に好きなように触らせているんだろうといつも嫌な気分になっていた。だけど今日からはもうそんなことは思わなくてもいいんだ気づく。
もう彼は私のものじゃないのだからヤキモチなんてやく必要もない、そう思ったけど今度は前よりも彼の隣にいる子を羨む自分がいる。
私はもう終わったけど、この子にはまだ可能性があるんだ、そう思うと羨ましくて仕方なかった。
「由佳、もう見なきゃいいんだよ」
「…うん、そうなんだけどね…。なんか、気づいたら探しちゃうんだ……」
別れたことを報告すると、友人は落ち込む私を見て、もう忘れたらいいと口々に励ましてくれた。
そして移動教室やお昼休みには、私が彼を見ないで済むように気遣ってくれたらしく、しばらくの間彼の姿を見かけることはなかったけれど。
「じゃあ私は部活行くね。また明日ね」
放課後、部活までの時間を教室で友人たちと話しながら過ごし、そろそろと思って廊下に出ると久々に目にした姿に胸がドキッと素直な反応を見せる。
だけどやっぱり彼は一人じゃなくて。
「ねえねえ雅治、昨日はダメだったけど今日はいいから、部活休んでうちにおいでよ」
「ほう、それは残念じゃな。今日は休めんからの……」
教室を出てすぐそこにいたからどう頑張っても顔を合わせないわけにはいかなかった。
私だってこんなふうに腕を絡ませたことなんてなかったのに。もしかして、もう仁王くんはこの子と付き合ってるのかな。そう思うくらい仲が良さそうな二人を見ると胸が痛いとかそんなレベルじゃないほどに苦しくなって。
「あ、雅治の元カノじゃん」
「……っ……」
彼と腕を組んで勝ち誇ったような顔でこう言われると、自分があまりにも惨めに思えて悲しくなった。
考えないようにしてたけど、私はフラれてしまった哀れで惨めな子。フラれたくせにまだ彼のことが大好きで忘れられなくて苦しんでる。
「やだ、怖っ、睨まれちゃった」
「…に、睨んでなんて……」
「おい、やめろ…」
別れた日に大泣きしてから泣いてなかったけど、久々にあったせいで動揺した上にこんな現場に遭遇してしまい、堪えようとしても泣きそうになって私はその場から逃げるように立ち去った。
***
部活へ行くのだから玄関へと向かわなければならなかったのに、何故か私の足は逆の方向へと向かっていた。
「……は……、はあ…、何で私……」
気持ちを落ち着かせたいと心のどこかで望んでいたのか、着いた先は体育館への渡り廊下。
このあたりは部活が始まる前のこの時間は人気はほとんどない。でも今ここへ来るのは間違っていた。
ここは三か月前に私が仁王くんに告白した場所だったから。
「……なんで、ここに来ちゃうの…」
仁王くんに告白して、まさかの返事をもらって叫びたくなるくらい嬉しかったのに、今は大声で泣きたいぐらい悲しい。
まさか教室の前で彼に会うとは思ってなかった。考えたくはないけどあの子が私に見せつけようとしたのかも、なんて、こんな暗いことばかり考えてしまうからフラれたんだろうな。
「……はあ、疲れた…」
「……俺も疲れた」
「………!」
一人だと思って気を向いていた私の後ろから声がして。驚いてビクッと体が震え、すぐさま後ろを振り向いてそこにいた人は。
「……仁王…」
「さすが陸上部。追いつかんかと思ったぜよ」
「……追い付くって……、なんで…」
「泣くかと思って」
「…っ、な、泣かないよ、別に……。そ、それから私、睨んだわけじゃないから、そうあの子に伝えて…」
「わざわざ伝えることでもないと思うが。あいつと話すと長くなるから嫌なんじゃよ」
「………あの子と、付き合ってるんじゃないの…?」
「…付き合っとるわけないじゃろ。……まさか本気で思っとるんか?」
「だってあの子と腕組んでたし、元カノって言ったし……」
私達が別れたことはあまり知られていなかった。元々一緒に帰ったりするぐらいで、校内でいちゃついたり、話したりするのもあまりなかったから。
だけどあの子ははっきりと元カノと言った。ということは仁王くんが教えたからに違いないわけで。
なのに私が泣くかと思ったからなんていう理由で追いかけてきて、彼の同情のような気遣いに心が乱される自分があまりにも安っぽくて情けなくなった。
「別れたなんて俺は誰にも言っとらん。最近一緒に帰らんからあいつが勝手に言ってただけじゃよ」
「そうなんだ…。でも、仁王くんが誰と付き合おうと、もう私には関係ないことだし。それじゃ私、部活行くから…」
「由佳」
「…っ、な、何、……離して……」
心が乱されているのを悟られたくなくて、立ち去ろうとすると腕が掴まれた。
そんな彼の行動に驚いて顔を上げると、仁王くんは少し寂しげな顔をして私を見つめていて。
「関係ないって、本気で言っとるんか?」
「本気でって……、だって、ホントのことでしょ…」
「じゃあなんでそんな泣きそうな顔しとる。嫌なんじゃろ?俺が他の子と一緒にいるのが」
「い、嫌って……いうか…」
「まだ、俺のことが好きなんじゃろ?」
「……っ…、それ…は…」
「好きならなんで…、別れたくないっていればいいじゃろ…!」
言われなくてもわかってるはずなのにまだ好きかなんて聞かれて、付き合っていた時からずっと我慢してきた醜い感情が抑えられなくなっていく。
「私と付き合ってて楽しくなかったって言われたんだよ!別れたくないなんて言えるわけない…!」
彼と付き合う前、女子のやきもちは見苦しくて嫌だと話しているのを聞いたことがあった。だからそれはしちゃダメだって、じゃなきゃ嫌われてしまうんだと付き合う前から思っていた。なのに、いざ付き合うとどんどん欲張りになって、私のことだけ見て欲しいとか優しくしてとか、そんな嫉妬の気持ちを抑えるのが辛くてたまらなかった。
それならそんな場面を見なければいい、そう思って彼を目で追うのは止め、校内ではなるべく会わないように頑張ったり。
友人はみんな頑張る方向が違うと言ってたけど、彼はモテるし私という彼女がいても告白もたくさんされていた。そんな彼と長く付き合うためには、多少の我慢は必要なんだと思ってきたから。
「私……、嫌われたくなくて色んなこと我慢してた…。でもその結果が楽しくなかったって…」
「…悪いがそれは本当じゃよ。お前さんと付き合ってて楽しくなかった。いや、だんだん楽しくなくなった」
「……そんなこと…、何回も言わないでよ…」
まるで付き合っていたあの三ヶ月にはなんの価値もないと言われているようで。ここまでなんとか堪えてきたものがとうとう溢れ出してしまう。
「…勘違いしとるかもしれんが、お前さんと一緒にいるのがつまらんという意味じゃないぜよ」
「……え…?」
「俺はお前さんが全然何の文句も言わないのが嫌じゃった」
仁王くんの声のトーンが下がり、彼がどんな顔をしているのか見たかったけど目は潤んで視界は悪いし、彼は校庭の方を向いているからよくわからなかった。
「やきもちを焼いて欲しくてわざとお前さんの前で他の子と話しても無反応で。自信なくしたぜよ」
「だってそれは……」
「告白してくれたのは嬉しかったが、付き合ってみるとなんか違うって思われたのかとだんだん気になってきて、楽しいと思う余裕もなくなった」
淡々と話していく仁王くん。だけどその内容は彼の口から語られるとは思えない内容で。
「いつもニコニコ笑うお前さんは可愛かったが、俺はもっと素直にふくれたり怒ったりする姿が見たかった。で、最後の手段で別れると言えば嫌だと言ってくれるかと思ったが、あっさりうんと言われた」
「あっさりって、だって楽しくないって言われたら……」
「それでも嫌なら嫌って言って欲しかった。付き合ってるのにお互い遠慮して我慢してって、おかしいと思わんか」
そう言って仁王くんは私の腕をぎゅっと掴み直し、真っ直ぐ私を見つめてきて。
「さっき、俺が他の子と付き合ってるかと思って嫌だと思ったんじゃろ?頼むから本当のこと言ってくれんか」
「……思った、よ…。でも、仁王くん、やきもち妬く子は嫌いなんでしょ…?」
「…いや?…彼女のやきもちとか、可愛いじゃろ」
「で、でも前に……」
やきもちは可愛いと以前とは違う事を言う彼に、私はずっと我慢してきた理由を説明した。すると彼は本当に呆れたとでも言いたげによしよしと撫でてきて。
「それ、彼女は別じゃから。付き合ってもない子が他の子に優しくしたくせにとかなんとか言ってくるのが嫌だったといった覚えはあるが」
「え……、そうなの…?じゃあ私がずっと我慢してきたことて…」
「まあ無駄じゃった、ということかの」
「そんな……」
「なあ由佳、俺ともう一回付き合わんか。全然諦められそうもない。もういっぺん俺のこと見てくれんか」
聞き間違いかと思ったけど、私の返事を待つ彼の表情は真剣そのもので。
「今度は我慢せんでもっと素直に嫌なものは嫌だと言ってくれ。その方が俺は嬉しい」
「素直にって…、私、本当にわがままだよ?」
「ふ……、わがままなお前さんも見てみたいのう」
「ほ、他の子と話しているのを邪魔したりするかも…。というか、仁王くんって、私のこと好きなの…?」
「……は?」
「や、だって、付き合ってって言ったらすぐいいよって…。何でだろうって思ってて…」
「いやいや、ちょっと待て、何でだろって、好きだからに決まっとるじゃろ」
「でも好きって言われたことな…」
「好きじゃよ。お前さんに言われる前からずっと見てた。お前さんが走る姿が好きじゃった」
「……そんなの、もっと早く言って欲しかった…」
こうしてちゃんと話し合えば、私が悩んでいたことなんてすぐに解決できたのに。嫌われるのを怖がって我慢しててもいいことないなあと身をもって知った気がしてふっと一気に気が抜けて。
「今日、部活終わったら一緒に帰るか、彼女サン」
「…うん、そうだ……ね、…っ!」
気を抜いていた私が返事をしようと顔を上げると目の前には仁王くんの顔があって。あっ、と思ったときには後頭部に手が回され、唇が塞がれてしまった。
「……っ…、み、見られるよ…?」
「見られても俺は困らんぜよ」
「そんな……」
「なあ由佳、これからは俺も我慢しない。全力で手出しするぜよ」
「え、全力でって……、ちょっと、あ……」
この後、素直になるのは大切だと思うけど時と場所は考えようと私は初めて素直になって強く訴えたけど、仁王くんはお前さんに怒られるのも中々いいとすごく嬉しそうにしていて、私のこの訴えはこの先も受け入れてもらえそうにないと思った。
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