蘭丸とバラ
これでも、私にとっては精一杯の勇気を振り絞って言った、最大級のおねだりだったんだ。
「花が欲しいです」
「は?んじゃ、神宮寺にでも頼め」
「真っ赤なバラが欲しいの」
「いよいよ神宮寺の出番じゃねーか」
「黒崎蘭丸から欲しいんだって」
「あー……寝不足で幻聴が聞こえんな。よし寝る」
すると蘭丸は読んでいた雑誌を床に放り投げると横にゴロンと寝転がってしまった。私は「ちょっとー!」と蘭丸の襟元をグイグイ引っ張って強引に起こすと揺さぶった。
「ちゃんと聞いてよー!蘭丸のばかー!」
「っ、てめぇ誰がバカだ!人が優しく聞き流してやったのに調子に乗んじゃねぇ!なぁにがバラだ!花なんざテメェの頭の中の花壇で十分咲いてんだろーが!」
「そ、そこまで言うの!?私はただ……女の子らしい夢を語っただけなのに……ひどい!蘭丸は私の僅かにある女の部分を真っ向から切り捨てたんだよ!こんの人でなしー!人でなしー!人でなしー!」
「ギャーギャー叫ぶな!九官鳥か!大体、俺が何でそんなもんお前にやらなきゃなんねーんだ、面倒くせぇ」
「だめ?」
「イヤだ。食えるもんならまだしも、すぐ枯れてゴミ箱いきになるのをプレゼントとか頭イカレてんだろ。大体男が花だ?気色わりぃ、自分に酔いすぎだろ」
吐き捨てるように言ったけど……ある特定の人物にすごく悪意あるって気づいてんのかな。いや蘭丸のことだから本人目の前にしても「気持ちわりぃ」て平然と言いそう。でもこんなチンピラみたいな先輩を慕ってくれるんだから、本当に良い後輩だと思う。
「で、でも私は嬉しいよ?それにドライフラワーにも出来るし!」
「ドライフラワーにしたら食えんのか?」
「……あ、結果そこにたどり着くんだ」
「食い物なら考えてやらないことはねぇ。けど花はぜってー嫌だ。俺は無駄が大嫌いだってお前も知ってんだろーが」
「……」
「どうしても花が欲しいなら神宮寺に頼め。あいつならトラック一台分のバラくらいバカみてーに用意してくんだろ」
「……」
いやまぁ、想定内だ。
でもさぁ、でもね、ここまでハッキリ拒否されると悲しいとか怒りとか通り越して、なんて言うかもう脱力感しかわいてこない。
いいですよ別に。期待なんてノミの糞くらいしかしてなかったしね。あぁ、何だかこんなおねだりした自分がすごく滑稽で恥ずかしくなってきた。このままダニになってこの部屋に住みたい……。
「おい、拗ねても俺の機嫌が悪くなるだけだからな」
「……拗ねてなんかないですよー」
「だったら部屋の真ん中で丸くなって寝るな。邪魔くせー」
「光合成してるだけですから、邪魔しないで下さい」
「……うぜぇ、久しぶりにお前マジでうぜぇ」
「どうせ頭がお花畑のバカでウザイ女ですよーだ」
「あー、そうかよ。テメェみたいなクソワガママな女を構うほど俺は暇じゃねーんだよ」
「じゃあ出てけばいいじゃんよー!」
「ここは俺ん家だ!!クソッ面倒くせぇっ!もういい俺が出る!!」
「おうおう出てけ出てけ!二度と敷居を跨ぐな!」
「だから俺ん家だっつってんだろーが!!」
そう怒鳴り散らしながら蘭丸は玄関のドアを乱暴に開けるとバンッ!!と部屋に振動が鳴り響くらい乱暴に閉めた。あーぁ……古いアパートのドアなのに壊れたら……、とか考えないんだろうな。怒ったら後先考えないし。
けど、私も大概だ。蘭丸が苛ついてるって分かった時点で引き下がれば良かった。平和的に話は流れて、今頃は蘭丸の腕を枕に一緒にお昼寝が出来たかもしれないのに、何でこうなったんだ。
……何で、引けなかったんだろう。
蘭丸の言うとおり、今日の私はすごいワガママで面倒くさい病気なのかもしれない。
「……言っちゃったのは仕方ないし。後でちゃんと謝ろ……時間たったら、蘭丸の怒りも……和らいでるだろうし……ふわぁ」
あ、すごい。あんなに激しく言い合いをしたあとなのに眠くて欠伸が出るって、我ながらどんな神経してるんだってさすがに呆れる。
(ほんとは……バラじゃなくても、良かったんだよね)
ただ、絶対にきいてくれないって分かってるお願いをした時。蘭丸は、どんな態度になるのか知りたかっただけ。予想通り、ただ怒らせちゃっただけなのに。
……あぁ、私やっぱりとんでもなく恐ろしいほど面倒くさい女だ。
「おい、起きろ」
「……ふへ」
「いつまでよだれ垂らして寝てんだ、さっさと起きろ!」
「……んー……あれ、朝?」
「夕方だ、このバカ女」
朦朧とする寝起きの意識で、ゆっくりと起きあがろうとすると、ずっと背中を丸めて床で寝てたから身体中の筋肉が固まって鈍く痛い。ほっぺたもちょっとヒリヒリする。あぁ、これ絶対床の跡ついてる。
すると蘭丸はチッと舌打ちを鳴らすと踵を返して、台所の方に足を向けた。
「……あれ?……何で帰ってきてんの?」
「俺の家だ!!何度言わせる気だテメェ!!」
「………」
「あー怒鳴ったら無駄に腹減った」
「……良い匂いする」
「あ?飯作ってんだから当たり前だろーが」
台所に立ってこっちに向ける蘭丸の背中は、まだちょっと怒ってるみたいだけど、包丁でリズミカルに野菜を刻む音が何だか心地良くも感じる。
窓から射し込む夕陽の明かりが、もしかしたらこの光景を優しく見せてくれているのかもしれない。
「……蘭丸、まだ怒ってる?」
「んだよ、またクソ面倒くせー事言う気か?今度はお前を叩き出すぞ」
「……言わないよ」
「あ?」
「……もう絶対、わがまま言わない」
「………」
「……ごめんなさい」
すると蘭丸から返事はかえって来なかった。無言の空気が続いて、どうしよう……これは想像したより悪い展開かもしれない。グースカのんきに寝てる場合じゃなかった。
黙って調理の作業を続ける蘭丸の背中を静かに見つめていると、蘭丸は振り向かずに「おい、テーブル用意しろ」と言った。
どうやら私の分のご飯も作ってくれたみたいだ。私はホッととりあえずの安堵の息をついて「はい!」と勢い良く立ち上がり折り畳みテーブルの準備を始めた。
布巾でテーブルを拭き終えると「他にお手伝いは?」と聞くと「もう出来る。黙って待て」とまるで犬に言いつけるような言い方。
けど私は文句の一つも浮かばず、言われた通りテーブルの前で正座して待った。……こ、これが蘭丸との最後の晩餐になったらどうしよう……心臓が嫌な鼓動をたてて私のメンタルをどんどん追いつめていった。
「ほら、出来たぞ」
「あ、ありがとう!!」
「……さっさと食えよ」
「………」
「………」
「……ねぇ、蘭丸」
「うるせぇ、余計な事言うな。早く食え」
「いや……だって、これって」
「っ、いいから黙って食えって言ってんだろーが!!」
すると蘭丸はテーブルを拳でドンッと殴りつけた。
けどその怒鳴り越えや音にも私の意識は反応せず、ただただ目の前の料理に驚きのあまり頭の思考が吹き飛んだ。
「これ、オムライス」
「……見りゃ分かんだろ」
「その横の付け合わせのハム」
「………」
「……バラ?」
「っ、ちげぇし!!これは……その、ハムだ!どう見てもただのハムだろーが!」
「え?で、でもこのパセリ……バラの葉っぱにも見えるし」
「見えねぇよ!!テメェ今すぐ眼科行ってこい!!」
「………」
「……っ」
「……バラだよね?」
「……やべぇ」
「え?」
「……今すぐ死にてぇ気分だ」
「え!?」
すると蘭丸はバタンと床に倒れ込むと、畳に顔を擦り付けるように俯かせて「ああぁぁ…ちくしょぉっ…ざけっ、ざけんなぁっ」と唸りながら必死に己自身と戦っていた。
こんな取り乱す蘭丸は初めてで、見ない振りをしてあげた方がいいのか……正直ちょっと迷ってしまう。
私は蘭丸から再び、お皿のハムのバラをジッと見やる。
「……蘭丸ってさ」
「んだよ!!笑いたきゃ笑え!!俺も頭どうかしてたんだよ!!」
「器用だよね。普通、こんな綺麗に作れないよ」
「……は?あ……そ、そうか?んなもん、巻くだけだから簡単だろーが」
「性格は不器用だけど」
「うるせぇ。テメェはいつも一言余計なんだよ」
「……うん、嬉しい。ありがとう……超嬉しいです」
「そうかよ」
「……超嬉しい」
「だから九官鳥かよ。何度も言うんじゃねぇ」
「……あい」
「あと、食うか泣くかどっちかにしろ」
「……っ食べる、もん」
「じゃ、さっさと食え」
「……うん」
綺麗に作られたハムのバラを指でとって、ちょっとおっきかったけど一口で放り込んでほっぺたいっぱい詰め込む。むぐむぐと、噛むのに精一杯だった私に、蘭丸は「九官鳥の次はハムスターか?」と小馬鹿にするように笑った。
「ふむっ!ふもっふもも!」
「……おい、さっきみてーなバカなこと。二度と言うんじゃねぇ」
「……?」
「面倒は大嫌いだ。それは今だってそうだ……けど、俺だってたまにはお前を……」
「……ふぁたひ?」
「…っ、だぁっ!くそっ言えるか!つーかテメェ俺に何言わせる気だ!ざけんな!バカか!あぁっ!?」
「っ、ふぁ、ふぁんでおこふほぉっ!?」
「うるせぇ!あーもうやめだ!もういいな、食うぞ!俺は食うからな!」
蘭丸は勢いよくスプーンでオムライスをすくうと次々の口の中に放り込んだ。
ようやく飲み込んだ私は、その様子をちょっと呆気に取られながら眺めると「えーっと……」と胸がむず痒くなるのを感じながら、頬をかいた。
「じゃ、じゃあこれからも……たまに甘えさせてもらいます」
「……ぐふっ!!」
「ちょ、何で吹き出しそうになるの!?え、違った!?蘭丸の言いかけたことと違ったの!?」
するとゴクンッと飲み込んだ蘭丸は、3呼吸くらい開いたあと全身を震わせながら私を鋭く睨みつけると「……間違ってねぇよ!!わりぃか!!」と、大きな声で怒鳴ると、テーブルを拳でドンッ!!と叩きつけたのだった。
ーENDー
「今年の私の誕生日は、100本のバラが食べたいなぁ」
「……誕生日っつーか、それじゃハムパーティだろーが」
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