梅干しおにぎり

「ただいまー、具材色々買ってきたよ!」
「こっちもご飯炊けました!」
「ありがとー」


買い出しに出ていた◎が帰ると元気良く音無の声が調理室に響く。

フットボールフロンティア全国大会を勝ち進む為、今日も今日とてサッカーに部員達は練習に励んでいる。
そんな彼等を労うべく、マネージャー達は手作りのおにぎりを作ろうとしていた。



「何を買ってきたのかしら」
「秋ちゃんに頼まれた分とロシアンルーレット的な具を」
「ちょっと◎、部費から出ているの分かっているの?もっと後輩の見本になるように行動なさい。これは理事長の言葉と思ってもらって構いません!!」
「夏未さん、◎ちゃんの冗談だから…」
「えー、私は面白そうだと思いましたけど!」
「音無さん!」



キャッキャッと和やかな時間は楽しくいつまでも終わりたくないもの。しかし朝から昼までの時間は意外に短い。取り急ぎ大量のおにぎりを作る事になり、各々調理に取り掛かった。

炊きたての熱いご飯をきゅっきゅっとリズム良く握る。次に買ってきた具を菜箸でおにぎりへ入れ込んでは包む。単調な作業の中、すぐ横の窓から聞こえる熱の篭った練習の声は◎のやる気を上げてくれた。



「(あっ、パスもらったのかな)」



余所見しながら握っている暇がないので耳だけグラウンドへ傾けていると幼馴染の名前が響く。少し前まで部室で漫画を読んだりゲームをしたりしていたとは思えない変貌っぷり、否、これがきっと本来の姿なのだろう。



「(頑張ってるじゃん、真一。感心感心)」



以前とは随分変わったその様子を感じながら、◎は時間いっぱいまでおにぎりを作り続けた。







円堂の休憩を告げる声がグラウンドに響いた。間髪入れずに音無が『皆さーん!お疲れ様です!!今日はおにぎり用意しましたーっ』と負けないくらい大きな声で言うと歓声が上がる。
成長期の男子は食欲旺盛だ。疲れでヘトヘトだろうに食事と聞くや否や元気を取り戻す様には素直に感心する。丁度、幼馴染こと半田真一が手を洗ってきた時には随分と沢山作ったはずのおにぎり達はなくなってしまっていた。部室の前では空になった容器だけが長机に置かれている。



「っはー、キッツかったぁ…」
「真一、お疲れ〜」
「あぁ◎か。お前もお疲れさん。今日はおにぎりあるって?」
「ゴメン、もう作った分なくなったから、今から握るわ」
「マジか」
「マジだよ。出来るまでの間 我慢できなかったら、壁山君にちょっともらって来る?」





すぐ傍の木陰でほくほくと沢山のおにぎりを頬張っている壁山を見て半田は大人しく待機を選択した。後輩に優しさを見せたご褒美に水分補給してねとドリンクを渡すと、ごきゅ、と喉を鳴らして一気に飲み干したようだ。見届けた後に『すぐ作るから』と◎は部室に入る。



「うーん、具はどれにしようかな…真一に合いそうなやつ〜」
「『合いそう』って何だよ…好きそうじゃなくて?」
「真一。我慢できなくなるの早すぎじゃない?」
「腹減ってんだよ」



中に入れる具を精査していると後ろから半田がひょこりと顔を覗かせてツッコミを入れた。家庭科室の炊飯ジャーから寿司桶に移しておいた白米をしゃもじで潰さないように寄せ、ラップの上に多めに盛る。




「だって、もう真一が好きそうな具が残ってないし。ジョロキア粉末とかイナゴの佃煮食べる?」
「なぁこれホントに俺たちを労って作ってくれてんだよな??誰だそんな具買ってきたの!」
「調味料買ったら付いて来たのであって悪意はないよ!佃煮は隣のおばあちゃんから貰った」
「くっ…よりによって買い出しお前かよぉ…!いや雷門を行かせなかったのは英断だと思うけど!部費で高級食材買っちまいそうだしな!!」
「あーもう、ごちゃごちゃ言わない!えーっと、梅干し!梅干しで決定!」



大粒の梅干しを入れ、口には出さないが『少しでも美味しくなりますように』と丁寧に白米で包み込んだ。半田に合いそうな具、と思案していたがそれなりに趣旨にそったものを選べたように思う。梅干しは疲労回復に効果があるし、汗で出て行った塩分も補給出来る。彼には見るや否や『爆弾じゃねーか』と評したが、空腹が満たされるように米を多く握り込んだのだから特大サイズになるのは当然である。


「最近、真一はオーバーワーク気味だから。梅干しはピッタリだと思う」
「オーバーワークか。…練習してもしても、なかなか結果に結びつかないけどな」
「そんな事ないと思うけど…声も凄い聞こえるし、パス受けてから自分が出すまでの時間が短くなったじゃない。周りが見えてきてる証拠でしょ?」
「…!」



『結果に結びつかない』の部分に僅かな陰りを見せる半田に、外から見ているからこそ分かる変化を挙げる。半田だけとは言わない、雷門全体が変わりつつある。部員がいない・グラウンドが使えない・練習が出来ないと腐っていた時期とはもう何もかもが違うのだ。



「鬼道君が編入して来た時、私『やばい』って思ったんだよね。はっきり言って同じMFでも格が違ったから真一のレギュラー落ちチラついたし…また意気消沈してドロップアウトしないかなって心配だった」
「お前本当、頼むからもうちょっとオブラートに包んでくれない?俺だって傷付くわ」
「出来てたら最初からするし!出来ないから直球なの!分かるでしょ幼馴染!!」



◎に言われると一拍置いてから『そう言われればそうか』と宣った。否定しろよと眼ですごんだが見てないフリで躱される。彼とて伊達に幼馴染をやってないようだ。



「…とにかく!それでも真一は不貞腐れないで今もレギュラーに噛り付いてる。一悶着あったけど鬼道君の事も認めて一緒に練習頑張ってる。私はそれだけでも成長だと思ってるから。精神的に強くなったんだなぁって」
「◎…」
「今はまだ思ってる『結果』は出てないかも知れないけど…私はずっと必死にやってる真一を見てるから分かる。絶対、何か成果出るから…頑張ろ」



半田を応援し始めたのは何も最近からじゃない、昔からずっとだ。にわかサポーターでないだけに卑屈になる事なんて一つもないと胸を張って言えた。
外野の押し付けかも知れないが、彼には負けず頑張って欲しい。いつか納得できる結果を出して喜んで欲しいのだ。そんな思いを一息に言い切り、◎はラップの上から形を整えた梅干しおにぎりを差し出した。

始終を聞いた半田はぽかんとした。その後、開いた口をきゅっと引き結んで目の前のおにぎりを受け取る。



「…◎って俺の事 普通に貶すけど」
「いやそれはお互いでは」
「聞けって!…それ以上に俺の事見ててくれてんだなーって、今ちょっと感動してる」
「…。―――…だって。だって小さい時から一緒だし。分かるよ多分、一番ね」
「そっか。…そうだな」



それでも自分以外で自分に気が付いてくれる人がいるのは嬉しい。頬を掻きながら半田はそう言った。少しは彼の気持ちも楽になったかと思うと◎も悪い気はしない。不思議な心地よさが爽やかな風と共にさら、と吹き抜ける。





「…俺、◎の言うように鬼道や豪炎寺に比べたらまだまだ下手で、体力もなくて、アイツらに『くっそぉ上手いな』って嫉妬する時もあるけど」
「…うん」
「これからも俺なりに上達して行くからさ、その…応援してくれよな」



◎を見る半田の表情は柄にもなく真剣で、普段と違う男らしさを感じずにはいられなかった。思わず『…。何か、カッコ良いじゃん…』とこぼすと、照れ臭かったのかうるせー!と背を向けて梅干しのおにぎりを齧った。なかなか中心の梅干しに到達せず、口をもごもごさせながら呟く。



「…その、お前の励まし凄ぇ効いた。梅干しなくても元気出たよ、…ありがとな」
「…っ!」



はっと我に帰った◎も喉の最奥から勢いよく熱が込み上げてくる。振り返ってみれば青春ドラマじみたフレーズの数々はそれなりに恥ずかしいものだった。寧ろ、現在進行形で恥ずかしい。
口から出てしまったものは取り消せはしないのだが、何とか誤魔化そうと半田の背にバシン!と平手を叩きつける。



「痛ッてぇー!?」
「そんなの改めて言わなくてもいいのっ」
「何で叩くんだよ!お礼言っただけだろ!?つーか、すっっぱ!!この梅干しすっぱ!」



口に入ったばかりの梅干しの効果かは定かでは無いが、ユニフォーム越しにもイイ音が鳴った後はいつものはつらつとしたやりとりが雷門のグラウンドに響いたのだった…ーーー。






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半田真一/梅干しおにぎりで楽しく書かせて頂きました、まくらです。
普通の感性を持って悩んだり喜んだりする 等身大な半田君を目指して書きました。
恋人未満という感じですが、幼馴染設定にしたので発展途上の距離感を楽しんで頂けたら…と思います。