明太マヨおにぎり

「今日は久しぶりにみんなにおにぎりを握ってあげましょう!」



部室に忘れ物を取りに戻れば木野のそんな言葉が聞こえてきた、その言葉の後に続く女子マネージャー達の小鳥の鳴き声にも似た可愛らしい声。ここに俺が入って行くのはいささか野暮だな、彼女達が出た後に出直そう。

踵を返せばマントが揺れて俺の膝裏を撫でた、そのままグラウンドに向かって二、三歩歩みを進めれば「あ!春奈ちゃん、鬼道君のことで聞きたい事あるんだけど」と〇の声が・・・。俺のことで聞きたい事?

最低で悪趣味だと自分で自分を貶し、部室に少しだけ体を近付け耳を澄ました。



「〇さん?どうしたんですか?」

「鬼道君っておにぎりの具で何が好きか分かるかな・・・」

「おにぎりの具ですか??うーーん、お兄ちゃん普段おにぎり握り食べないし・・・そうですねぇ やっぱりお金持ちは和牛とかいくらとかウニとかですかね?!」

「音無さん・・・」



春奈・・・安直すぎるだろう。俺をそんな風に見ていたのかと少しショックを受けつつ、俺は次の言葉達を待った。



「夏未さん!夏未さんはなんの具が好きですか?

「なんで私なのよ・・・!」

「だって、先輩もお金持ちじゃないですかぁ!」

「・・・好きな具なんてないわ、そもそも食べないもの!」

「えぇー!!」

「◎ちゃん、鬼道君の好きなものをあげたい気持ちは分かるけど 心が篭ってたらきっとどんな具でも嬉しいと思うの」

「秋ちゃん・・・わかった!」

「さ、みんなで買い出しに行きましょう!」



木野の言葉にガサゴソとうるさくなる部室、俺は見つかる前にグラウンドへと足をのばす。〇は俺のために何を選んでくれるのだろうか・・・どきりと胸が高鳴ると同時に足取りも軽くなった。









「皆さーん休憩ですよ〜!」

「今日はおにぎりがあるわよ」



おぉー!!!!!割れんばかりの男の子達の嬉しそうな声に笑みが溢れる、ちらり 鬼道君は喜んでいるだろうか・・・彼を見ればいつもみたく涼しげな表情を浮かべてじっとこちらを見ていた。

どきり、胸が上にコンコン跳ねる。



「ほら、◎ちゃん鬼道君に渡してらっしゃい」



とんと秋ちゃんに背中を押されて私は一歩彼に近付く、鬼道君は少し口角を上げて私に一歩近寄った。青いマントがヒラヒラ揺れて雷門のユニフォームを映えさせる。



「よう、どうしたんだそんなに慌てて」

「・・・これ鬼道君に、作ったの」

「ほう」


小さなお皿にちょこんと乗せたおにぎりをレンズ越しに見つめる鬼道君。



「あの、食べてくれる?」

「食べないとでも思っているのか?」

「だって手つけてくれないから」

「お前から初めて手料理を振舞われたからな、しっかりと目に焼き付けていた所だ」

「・・・はぁ?」



鬼道君はたまにおかしな事を言う・・・。
私が眉を垂らすと、鬼道君はゆっくりと微笑んで おにぎりに手を伸ばした。

たかが具を詰めて握っただけだけれど、それでもドキドキしてしまう。鬼道君の薄い唇がおにぎりの頂上をパクリと食べる、表情は変わらないけど早く具に辿り着きたいのか一口目を口に含んですぐに二口目に口を付けた。



「・・・これは、明太子か?」

「明太子マヨだよ、悩みすぎたからアミダくじで決めた」

「そうか」

「・・・鬼道君の口には合わないかもだけど、ちゃんと愛情は込めたからね!」



自分で言ってて恥ずかしくなっちゃって耳から頬が熱くなる、鬼道君はそんな私の言葉に気を良くしたのかフッと笑っておにぎりにまた口を付けた。



「明太子マヨか、初めて食べたが中々いけるじゃないか」

「おにぎりだとメジャーだけどね」

「そうなのか」

「うん、多分ね 私は食べた事ないけど・・・」

「・・・口を開けろ」

「え!?」



鬼道君は真顔でおにぎりを私の口元にグッと近付けてくる、面食らいつつも素直に薄っすらと唇を開けた。

鬼道君にあげたおにぎりが数分後に私の口の中にあるのってなんか恥ずかしいし不思議で、ぐるぐると目を回せば明太子とマヨネーズでまろやかに溶けるお米の味がした。



「ん・・・美味しい!」

「そうだろう」

「なんでそんなにドヤ顔なの、私が作ったのに!」

「キスもまだなのに一つのおにぎりを二人で食べるなんてやりすぎたなと思ってな」

「・・・変態」

「悪かったな」



私が齧った後を大口で頬張る鬼道君、みるみる内に小さくなっていくおにぎり。しばらくしたらおにぎりはすっぽりと細い鬼道君の体に消えていった。



「ご馳走様、〇」

「はいはい・・・」

「次も楽しみにしている」



ぽん、頭に乗せられた鬼道君にしては大きな掌が私を優しく撫でる。ふわっと夏の風に揺れたマントが私の膝小僧を撫でた。



「もう・・・みんなの前で・・・」

「キスの代わりだ」

「ばか!」



自分の唇をゆっくりとなぞって私をからかう鬼道君。

いつも頑張っている鬼道君を少しでも癒せたらいいなと思っておにぎりを作ったのに、ドキドキさせられてムカつくなぁ・・・。そう思いながらも口角が上がっていく私を見て少し遠くの方で秋ちゃんが微笑んだ。



0618 おにぎりのひ