※女体化百合夢


スーパーウルトラハイパーミラクルロマンチックの続編です




 

1
私は女で、女が好き。以上。思春期の頃には人並みに悩んだこともあった気がするけれど、もっと大きな問題と向きあっていた時間の方が長かった。問題というのは幽霊や妖怪やお化けやゾンビが常に見えることだった。一般家庭出身の私はスカウトで呪術高専に入学し、呪術師になった。五条悟は三学年上の先輩にあたる。その当時はなんかすごいことやってるすごい人がいるな、ぐらいに思っていた。雲の上の、自分には及びもつかない人間だと。

 斡旋された任務の報告書を提出するために高専に向かう。無事報告を済ませた後、談話スペースを通りがかった。
「悠仁かわいいいねー、照れちゃう?どう?」
「先生……いや、その、だめ、だって、先生!」
 ソファに座った虎杖悠仁君に、銀髪の美女が腕を絡めていた。虎杖君は顔を真っ赤にしてうつむいている。
虎杖君以外の二人、伏黒君と釘崎さんは「どういう顔をすればいいのか分からない」という表情を浮かべて立ちつくしていた。そうだよね。いきなり担任の先生が女の子になっちゃうとかどうすればいいか分からないよね。

 先日、五条悟は女になった。呪術界に激震が走った。事件だ、革命だ、謀略か?当代随一の最強呪術師の身に何が。衝撃は疑問に変わり、様々な憶測を呼んだ。しかし真実は一つ。
五条悟は、私のことが好きで、私と付き合いたいがために性転換の作用を持つ呪物を使って女の子になった。以上。
五条さんはにやにやしながら長い脚を虎杖君に寄せて……あっ学校ではパンツスタイルなんだ。なんでも似合うなあ。じゃなくて、距離が近い!虎杖君は目を泳がせている。女の好みを同じくする者として気持ちはすごい分かる、分かるけど。
「教え子に手は出さないって言ってませんでした?」
「出してないもん」
「距離が近いです」
「ちょっとしたコミュニケーションだよ」
二人の間に割って入る。五条さんは素直に体を離し、私はその白い頬に手を触れる。
「五条さんは私の彼女なんだから私のことだけ見ていればいいんです」
「ねえ聞いた?僕の彼女めちゃくちゃかっこい」
話を振られた釘崎さんが口を開く。
「お二人って本当にお付き合いされてるんですね。正直五条先生が適当言ってるだけかと思ってました」
「うん。もうめっちゃつきあってる」
「そうですか………………ふつつかな担任ですがしあわせにしてやってください…………」
「バグってんぞぉ伏黒」
「なんかすげえ、あのさ、絶対手は出さんから見学だけしていい?」
「いいよ」
「よくないよ」


2
 いつでも来ていいからね、と五条さんのマンションの合鍵を貰った。お言葉に甘えて今日も部屋を訪れている。
 広く清潔なリビングの床に、紙袋が雑に置かれているのに目が留まる。紙袋は有名な洋菓子店のロゴが入っていたけれど、中身はお菓子ではないようだ。
「これ、何ですか?」
「あ、それなんだと思うー?ウケるよ」
 五条さんは紙袋をひっくり返して中身をテーブルにぶちまけた。大判の冊子のようなものが何冊もバサバサと落ちてきた。五条さんが一冊を手に取って開く。黒紋付の羽織袴を着た見知らぬ青年の写真だった。
「お見合い写真」
「お見合い写真?」
「上の方のおじいちゃん達に色々煩く言われたの。だから僕は一生#name#の彼女です!男の子には戻りません!って宣言したら、もう女のままで構わないから婿を取って子供を作れって。耳腐ってんのかな。即断ったけどウケるから写真だけ持って帰ってきた。顔が良い順に並べてポーカーやろうぜ」
ほらこれ、と五条さんは別の一冊を取って表紙を開く。今度はかろうじて見覚えがあった、御三家のどこかの一級術師だ。
「それはまた、その……」
五条さんは笑いながらまた別のアルバムをめくる。また羽織袴の男性の写真。この人もどこか名家の方なのだろう。
「私って上層部に暗殺されたりしませんかね」
「僕がさせない」
「かっこいい。期待してます」
写真は二、三冊めくられて、後は放りだされてしまった。
「飽きた!」
「飽きるの早いですよ」
「だってつまんないもん。みんなほっといて、僕たちだけで楽しいことやろうよ」


3
パークハイアット41階、雲の上のラウンジにいる。スイートで昼過ぎまで過ごし、アフタヌーンティーのためにやっとベッドを抜けだした。甘いものに目がない恋人が選んだアフタヌーンティー。微笑をずっと眺めていたくて、自分の皿の小さなケーキを差しだす。
なんでこんな綺麗な人が私の恋人なんだろう、というずっと抱えていた疑問が、口から滑りだしていた。
「なんで私の事が好きなんですか。いつから好きなんですか」
「僕に見向きもしないやつなんて初めてだったから」
「見向きもしない?」
「僕と最初に一緒の任務になった日に、ご飯誘ったのに直帰したのとか覚えてる?覚えてないでしょ。学生の時も卒業してからも、僕がなんか言っても、はいそうですか、って顔してた。ずっと。これ自慢だけど、僕に誘われてそんな風にあしらってくる奴なんて希少だよ」
「五条さんに、っていうか男性全般に興味がなかっただけです。あと……私とは違う世界の人だと思ってました」
「うん。知ってる。でも気になり始めたきっかけって言われれば、そこかな。最初はなんか、悔しかったんだ。いつのまにか目で追うようになってた。……気がついたら、好きに、なってた。そしたら#name#があんなこと言うでしょ、チャンスだと思って」
 あんなこと、というのは私が酔っぱらってクダを巻いて「五条悟が女だったら付き合いてえ」と言った時の事だ。こうして経緯を知ると、五条さんはそこそこ昔から私のことを気にしていたわけで、あの時の私はかなりデリカシーのない事を言ってしまってたんだと改めて思う。
「私、今はちゃんと五条さんのこと好きですからね」
「な、なに急に」
 フォークが勢いよく滑って、カツン、と高い音を立てた。
「えへへ……なんか照れるじゃん……やっぱいいもん見つけたなあ」
 五条さんはどこかから例の呪物・両性具有の邪神像を持ち出してテーブルの上で弄ぶ。昼下がりの優しい光に包まれたラウンジに登場する呪術界混乱の元。
「え、それ持ち歩いてるんですか」
「携帯してなくても術式効果は持続するんだけど、盗まれたりすることを考えると僕が肌身離さず持っておくのが一番安全だからね」
「なるほど。とりあえずしまってください」


4
 お互い忙しい身で、毎回どこかにデートというわけにはいかない。合鍵を貰う時に言われた、いつでも来ていいからね、の約束の通り、今日は早朝に顔だけ見に部屋に寄ることにした。
「おじゃまします」
「は〜い。入ってきていいよ〜」
 明らかに寝起きの、ぼんやりした声のする部屋に向かう。
五条さんは姿見の前で、白いシャツを着ようとしていた。シャツを羽織って、袖を引っ張った後、不思議そうに自分の体を見回す。
「あ、そうか。僕今女だった」
 白い襟付きのプレーンなシャツは、ボタンの位置から、男性物のシャツだと分かる。袖が少し余っていた。五条さんの身長は元からそこまで変わっていないようだけれど、肩幅は華奢になったし手足も細くなっている。
「忘れてた。これ気に入ってたんだけどな。新しいの買おうかな」
 鏡に見入る五条さんの横顔は、しんと静かだった。
「変な感じ、なんか」
「変?」
「僕ほんとに女の子になっちゃんだって、たまに気がついてびっくりする。こうやって鏡見た時とかに、変な感じがする。自分が自分じゃないみたいで」
「やっぱり違和感とか、ありますか」
「あるよ。生まれた時からずっと男だったし。違和感もそりゃあるでしょ。#name#と付き合えればよかっただけで、これまで女の子になりたいって思ったこともなかったし、まあそんなもんだよね」
 当然、という表情で五条さんは言う。でも私は「自分が自分じゃないみたい」という言葉がひっかかっていた。
「そろそろ男に戻りたくはないんですか」
「絶対に別れないからね」
「え?」
「せっかく女の子になって#name#と付きあえたんだから元に戻るとか、別れるとか、絶対に嫌だ。離さないから」
五条さんは私を引き寄せてキスをした。薄い舌で歯をなぞられて、背筋がざわつく。
「ねえ僕かわいいでしょ。かわいいって思ってるよね?」
 甘えるように訊ねながらも答えさせる気はないようで、また口を塞がれる。誤魔化そうとしているな、と思う。甘い匂いがして、しなだれかかってくる身体に抗えない。


5
「おーい、どこまで行くの〜」
後ろから五条さんの声が響く。二人で高専の敷地の森の中を進んでいる。授業終わりのところを捕まえて、少し歩きませんかと誘った。黙々と歩く私の後ろを、五条さんは素直についてくる。やがて木々が開けて、小さな神社に突きあたった。鳥居をくぐる。
「こんな所まで来て何すんの?青姦?」
後ろを振り向いて、五条さんに向き合う。風が吹いて、木々がざわざわと鳴った。長い銀髪が風に攫われて靡いている。
「五条さんは強くて、綺麗で、優しくて、なんでも乗りこえてしまうんです。痛みを感じないわけじゃないのに。嫌な事言われても疲れちゃっても前に進んでいく。あなたが今を楽しいって言ってくれたこと、疑うわけじゃありません。だからこれはただの私の我儘です」
五条さんに飛びついて、ぎゅっと抱きしめる。胸が柔らかくていい匂いがした。
「私のために、あなたを歪めていたくない」
手を回して五条さんの上着のポケットから呪物を抜く。そのまま全力で走って距離を取る。
「好きになってくれてありがとう」
傍らの石灯籠に呪物を振りかぶってぶつける。呪物は砕け散り、膨大で禍々しい呪力が私を襲う。
爆発音。
四散する社殿。
吹き飛ばされる木、炸裂する岩。
目を開けるとそれらの光景がはるか下に見えた。あれ、生きてる。空飛んでる。
「ばっ、馬鹿、ばか、死ぬ気かよ!もう、ばか!」
引き締まった筋肉質な腕に抱えらえて、私は宙に浮いていた。やっぱすごいな無下限。
堅い胸板にもたれかかるようにして、私を抱いている人を見上げる。
「おかえりなさい、五条さん」
「こっち見ないで」
五条さんは顔をそむけようとしてぐっと後ろを向く。
「おわ、揺れる揺れる、落ちちゃいますって」
 地面にできたクレーターの上に降り立った。夜蛾学長怒るかなあ。五条さんは私を地面にそっと降ろした後、腕で顔を覆ってうずくまってしまった。
「やだ。こっち見ないでよ」
「どうしてですか」
「もう僕、かわいくないから。#name#には見られたくない。今から僕を振るんだよね。恋人になったらずっと一緒にいられると思ったのに。どうして終わりにしちゃったの」
「なにも終わりませんよ。それに五条さんのそういうとこ、かわいいですからね。ねえ、顔を見て話がしたいです」
 声をかけながら、そっと腕を取る。ずれかかった目隠しから青い瞳が覗く。睫毛まで白い。懐かしい、これが五条悟の顔だ。
「でも……男の僕には……どきどきしないんでしょ」
「正直……そういうときめきみたいなのは無いですね。今は。でもこれから変わるかもしれないし、変わらないかもしれないし。一緒に探しませんか。私たちが恋人か友達か家族か同僚か、それ以外の何かになるか、一緒に探したいんです。少なくとも今の私は五条さんのことが大切で、何かしてあげたいと思います。五条さんが私にしてくれたみたいに」
そっと手を握る。弱い力で握りかえされた。これからどうなってしまうのかも分からない場所に、この人を連れてきてしまったけれど。
「とりあえず、ケーキでも食べにいきませんか」
うん、とやわらかな声の返事が返ってくる。


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