CDCに向かうことになり、それぞれキャンピングカーや乗用車、ピックアップトラックに乗り込んでいくのを見つめた。
ナマエは彼らの後につきながら風に捲り上げられないようにフードを固定するようにヘルメットを被ってマスクをきつく締めた。
ダリルの乗った車の荷台にはトライアンフのチョッパーハンドルになったバイクが載っていた。
繁々と眺めていると、「見るんじゃねぇ」と唸るような、威嚇するような声で怒られた。
自分の乗っているバイクとは違う形が不思議だっただけだというのにみみっちい男である。
途中、ジムと呼ばれた男が降車することになった。それぞれが別れを告げているのを横目に、興味もなくバイクに跨ったまま煙をふかして待つことにした。
最後に目が合った気がしたのは、思い過ごしだと思う。
▽▲▽
ようやく到着したCDCは墓場になっていたものの、リックが頑張ったおかげで中に入れることになった。
近寄ってくるウォーカーに向かってナイフを投げていると、ダリルとグレンに引きずられるように中に入れられた。
声をかけてくれていたらしいが全然聞こえなかった。
「耳クソ詰まってんのか」というダリルのバカにした一言はきちんと聞こえたので足を蹴っておいた。
「……大丈夫?」
「っ……えぇ」
入場料の代わりに血液検査する、と言われたせいでそれぞれが血を取られていった。
アンドレアと呼ばれた女性が目の前でふらりと倒れ込みそうになったのを手で支える。
「血は赤ぇのか」
「バカなの?」
「ただの冗談だろ」
マスクに集中する視線を無視して自分の番になった。
適当に抜き取られた血液を眺めているとそれを見たダリルはふざけた調子で言った。子供たちだけがクスリと笑っていた。
何日も食べていないというキャンプメンバーのために、ジェンナー博士は今では考えられないほど豪勢な食事を振る舞ってくれた。
「ねぇ、どうやって食べるの?」
離れたカウンター席に座っていると、人形を抱きしめた少女がおそるおそる窺うようにこちらに近寄ってくる。
マスクに向けられた視線は他のメンバーと同じで恐ろしいものを見るものだった。
「……ここの口のところに投げ入れるか、みんなの見てない時にズラして食べてる」
「どうして顔を見せないの?傷があるとか?」
「…」
「ソフィア、やめなさい。」
「…ごめんなさい」
襲撃の日に助けた女性、キャロルとその娘のソフィアだ。
彼女と娘、そしてリックの息子のカールは他のメンバーと違ってそこまでナマエに忌避感がないようだった。
彼らは子供だし、キャロルは助けた手前、ということだろう。
リックはナマエの条件をそれぞれにきちんと伝えてくれていたらしく、キャロルの様子からもそれがわかる。
しかしそれに反発しているのはシェーンくらいなもので、他のメンバーは特に問題がなければいいという程度に認識しているようだった。時折刺さる鋭い眼光を無視し続けている。
「傷はないよ。念のため隠してるだけ」
「念のためって…?」
「ソフィア…、」「…う、ごめんなさ」
「…強いて言うなら悪い人から身を守るため」
▽▲▽
ワインを飲んでいるそれぞれは気分が良くなったのか大声で笑ったりしている。世界がこんなふうになる前は、この光景はどこにでもあるものだった。
誰からの視線もない瞬間に背中を向けてマスクを上げてクラッカーを口に放り込む。見られたくはないけれど、せっかくの食事は食べたい。
欲求に抗うことなく他のメンバーより幾分か遅いスピードで食べ進めていく。
「おい!マスク野郎!」
びく、突然の声に肩は面白いくらいに揺れた。背後にカウンターを挟んで立つのは初対面の時とは大違いの男、ダリルだった。
ワインを飲んで赤らんだ頬に、鋭かったはずの眼光は鳴りを顰めていた。気分が高揚しているのだと一目でわかる。
「お前も飲め!」
「いらない」
「何様だ!飲め!」
カウンター越しに伸びてきた手にはワインのボトル。それを口元に寄せられる。マスクにかちりと当たると男は邪魔くさそうにしている。
酔って気分が大きくなっているからと言って酒の強要をするなんて。
ダリルの背後には他のメンバーもいるものの、それぞれまだ飲んでる人や部屋に向かう人に別れていたらしい。背後にいるのはTドッグとグレンだけだった。アトランタで会っている彼らはそれほどナマエに大して嫌そうにすることはなかった。
「だりる…もういっ、ぱいだ!」
ダリルの持つワインボトルに向かってグラスを掲げているグレンは信じられないほど真っ赤な顔をしていた。
呂律もまわっていないし、目は焦点があっていない。立派な酔っ払いである。
その隣にはニヤニヤしているTドッグもいる。彼は控えめに飲みつつ食事を楽しんでいるようだった。
「グレン、少しペースを落とせ。ダリルに合わせるんじゃない」
意味をなしていないアドバイスと、それを向ける相手はすでにへべれけである。
突然笑い出したりしているグレンのワイングラスに注がれる赤色のそれを眺めつつ、「もういくよ」と適当に告げる。
背後にいた3人は頷いたり、「あー」だとか、「おう」だとかを口に出して見送ってくれた。グレンの尊い犠牲によって酒の強要を免れた。
個人で部屋を与えてくれたジェンナー博士の計らいで、シャワーを浴びられることになった。他のメンバーが喜びの声をあげていたのを思い出して部屋の鍵を閉め、荷物を置く。
彼らと出会ってからずっと被ったままのフードと、つけたままだったハーフマスクを外す。蒸れている顔を軽くタオルで拭く。
「疲れた…」
鏡に映った顔を見ても、自分とは思えないほどに疲れ切っていた。何度も死にかけたはずなのに、こうして生きているのが不思議なくらいだ。
昨日の早朝から動きっぱなしで一睡もしなかった体はバキバキと音を立てて骨が鳴る。嬉しいことにシャワーは暖かいお湯。数ヶ月ぶりのそれに涙が出そうになった。
本当ならお風呂に浸かりたい日本人特有の欲求もあったけれど、バスタブもない環境では難しい。
布団に入り、疲れを癒そうかと考えたけれどなんだか目が冴えている。何か本でも読もうかと思って立ち上がる。
「っ、あぶね。」
気が緩み、マスクとフードをかぶるのを忘れる。彼らと出会うまでしばらく1人だったこともあって相当油断している。シャワーを浴びたせいもあるな、なんて考えならフードとマスクを着けて部屋を出た。
廊下の奥へ歩き進むとジェンナー博士が言っていた"rec room"を見つけ、足を踏み入れる。
「!あら、あなたね」
一瞬身構えた様子のキャロルと、奥にはカールとソフィアがいた。マスクのせいで2人は気まずそうにしている。
キャロルがにっこり笑って迎えてくれたものの、怖い思いをさせて申し訳ない気持ちになる。
「読むのに数年はかかるくらいあるわよ」
本棚へ向けた視線に気がついたキャロルの一言に確かに、と頷く。研究センターなだけあって専門書も多い。しかし子供たちのそばの本棚はカラフルで絵本や物語のようなものが多そうだった。背表紙の色があからさまに明るいから。
「…わかるの?医療者?」
手に取った本のタイトルを覗き見たキャロルはそう言ったあとで自分の口に手を当てていた。
「ごめんなさい、詮索ばかりね。忘れて」
食事の時のことを指しているのだとすぐにわかった。ソフィアの純粋な質問責めに謝罪していたところを思い出す。返事の代わりに首を振って、曖昧にする。
「これから生きていくのに必要なことはなんでも知っておきたいだけだよ。
…おやすみ。」
「…おやすみなさい」
▽▲▽
部屋に戻ると、丁度部屋に入ろうとしているダリルと出会った。ワインボトルを両手で抱えるように持っている。いくらでも飲めそうな風貌をしているとは思っていたけれど、いくらなんでも飲みすぎだろう。
口に出さないまでも、視線で気がついたらしいダリルは鼻で笑うと部屋に入っていった。ナマエの隣の部屋だ。
ドン、ゴン!
「!」
しばらく娯楽室から持ってきた医学書を読んでいると、部屋の壁に何かがぶつかったような音が2回。その方向はダリルの部屋の方だった。少しため息を吐きつつ、また医学書に意識を向ける。
ドン!ドン!
今度はぶつかったような音じゃない。壁を叩いているらしいそれに、もう一度大きくため息が出た。
コンコン、
隣の部屋のドアをノックすると、しばらくの間をあげて扉が開く。先ほどあった時よりも目がうつろになっていて、そして片手には握りしめたワインボトル。
「うるさい。なんの用?」
「付き合え」
壁越しに用件を伝えることができないからと言って呼び寄せられたのは癪だったけれど、だいたい予想していた通りの一言だった。
首に回された自分の2倍はありそうな太い腕が、まるで蛇のように巻き付いて離れない。
無理やり部屋に連れ込まれ中を確認すると、ベッドの脇にあるテーブルに瓶。
本を読んでいた1〜2時間足らずでこんなに開けたのかと驚愕していると、また鼻を鳴らしてダリルがベッドに向かっていく。
項垂れるようにベッドへ突っ伏すダリルはボトルの首を持ったままだった。
中身はまだ残っていたが、もう飲むというより握りしめるための道具みたいに見えた。
「…飲んでないでシャワー浴びたら?もう2度と温かいシャワーなんて浴びれないかもよ」
これだけの酒を飲んでおきながら、ダリルの足取りはしっかりしたものだった。羨ましいものである。
ナマエは飲めなくはないが特段強くもない。
そういえばあの日だってしこたま飲んでて、飲みすぎて帰れないから実家に帰ったんだっけな、なんて思い出す。
ダリルは時折首を上げて黙々と飲んでいるだけでこちらに酒を強要する様子もない。ただ同じ空間にいるだけだった。
気まずいな、何か話すべきか、と考えていると目に留まったのは来た時と変わらず、薄汚れたチェックのシャツを着たままの姿だ。せっかく身綺麗にできるタイミングなのに、もったいないと続ける。
思わず口をついて出た言葉にダリルはしばらくこちらを睨みつけたものの、唸るような喉の音を鳴らしたと思えばシャワールームに向かって行った。
「なんでいる」
開いたボトルからそばに置かれた未使用のグラスに赤色を注いで飲んでいると、シャワールームに消えた男が戻ってきた。物音がしたタイミングで外していたマスクをつけていてよかった。
どうやら着替えを持って行かなかったようで、上半身は裸、腰にタオルを巻いていた。
その様を一瞥した後、背中を向けてグラスに口をつけていると何故だか不満そうな口調のダリルの一言にこっちは苛立つ。
「は?付き合えって言ったのあんただろ」
無理やり呼んでおいてなんだこの男は。そう視線で語るナマエにダリルはぐう、と押し黙った。
しばらくの沈黙の後、ダリルは荷物の中から衣服を鷲掴んでシャワールームへ消えて行った。
一応見ないようにだけ気をつけながら、また酒を流す。数分の後に服を着たダリルが戻ってきた。また黙り込んでベッドに座って浴びるように飲んでいる。
独特の空気感が流れる。お互いなにも口にせずに酒を煽るだけであった。いちいち背中を向けて飲まなきゃいけないのは面倒だったけど。
「……なんで顔を隠してる」
「条件。詮索しない」
「知らねェよ。俺は了承してない」
「…そんなの屁理屈だろ。言わない」
「…何なら聞いていいんだ」
「せんさく、しない。わかる?」
しばらく黙っていたダリルは、昼間の時と同じことを聞く。あの時は無視したけれど、諦めずに聞こうとしてくる姿勢にため息を吐く。
リックと交わした条件を口に出してもダリルは屁理屈をこねて聞き出そうとしてくる。それにイライラしたものの、ダリルはこういう男なのだと感じた。
子供に話すような口調で返してやると、苛立ったように舌打ちをされた。
「クソッタレ」
「あんたもな。バァカ」
グラスに注いだ分を一気に煽って飲み干し、立ち上がる。
急に視界がぼやけた気がしたものの、ここで倒れたらクソ格好悪いと意地を張った。中指を立てて部屋を後にする。
幸い部屋は隣同士だ。ドアハンドルを下げて部屋に入り、カバンに入った水を飲んでベッドに倒れた。
気がついたら朝になっていた。
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