ベッドで泥のように眠ったナマエは二日酔いの兆候もないままに起き上がった。
飲んだ量を考えれば最高すぎる結果だ。ただし、深く眠ったことだけは反省点である。
腕についた不釣り合いな腕時計は午前ギリギリの時間を指していた。
物音がしない両サイド、廊下に聞き耳をたてたもののなにもない。これはやばい。
急いで身支度を整え、昨日食事していた広間へ走った。案の定というか、誰もいない。
もぬけの殻で、朝食の跡が残っているだけである。誰が作ってくれたのかは不明な、見た目の悪いスクランブルエッグは死ぬほど美味かった。
ここまで来たら誰もいないんだしゆっくり食べてやる。
「いた…」
食事を口に掻き込んでマスクを戻してから向かったのは最初に入ったデカいモニターのある部屋だった。
機械的な声で何かを話しているのは昨日聞いた"バイ"のものだった。
「寝坊か?」
「うるさい」
あれほど飲んでおきながら、ダリルはまるで二日酔いなど無い様子だ。その上ナマエより早起きしている。
クツクツと喉の奥で笑われ、バツが悪い。むかついて出た言葉と共に昨夜と同じように中指を立てる。
ナマエとダリルの様子に他のメンバーはあまり気にしていないようで一瞥したあと続く動画を眺めている。
青い光を放つ脳みその持ち主であるTS19号の様子が詳らかに映された映像が切り替わり全てが黒くなっていく。
撃ち抜かれた映像を最後に、モニターの光が消える。
「他の研究者がいる施設は?」
「どこかにあるかも」
「なぜ知らないんだ」
「システムがダウンして通信できず、1ヶ月暗闇の中にいた。」
「他の施設なんて一つも残ってないんでしょ。」
絶望する様子の彼らをどこか遠いもののように眺めていた。
希望なんてどこにも無い。終わりもない。この世界はこの先もずっとこのままである。
「また酔っ払ってやる」
ダリルはそう言って自室に向かって歩き出した。ナマエは自分もそうするべきか逡巡する。
しかしさっき起きたばかりの体に酒を入れるのは気が引けた。それになんだか嫌な予感がする。
二の足を踏んでいるナマエのことなど誰も気にしていない。
「君の苦労を知って気がひけるが、もう一つ聞かせてくれ。
あの時計はカウントダウンしている。あれがゼロになったらどうなる?」
「それは、……発電機の燃料が切れる」
「それで?」
「……」
「バイ、燃料が切れたらどうなる?」
『燃料が切れた場合、施設ごと汚染除去します』
アクセントが綺麗なAIの声は、嫌に耳に残った。
口を閉ざしたまま消えたジェンナーはそれから顔を出すことはなかった。
リックたちが何処かへ走っていくのを尻目に自室に向かって歩く。
隣室で酔っ払っているらしいダリルの物音を聞きながら荷物をまとめる。
ジェンナーの様子は変だし、バイの言った汚染除去も不穏すぎる。なんだかここに残る意味もない気がしてきた。
アメニティをカバンに詰め込んでいるとそれまであったはずの風が急に消えた。どうやら空調が止まったらしい。
カバンを背負い、モニタールームに向かう。上階の方に電気がついているのを確認してそっちへ向かうと話し声が聞こえてきた。
「解決できると思ってたが……時間切れだ」
コンコン、
「!…君は、」
「邪魔してごめん。悪いけどここから出してくれる?」
「いや……なに?」
「ここから出して」
オレンジ色の電気が消えた。暗闇の中、非常灯だけが遠くに見える。ついに電気まで消えたらしい施設に悪寒が増す。
「君は彼らの仲間じゃないのか?」
「ただの同行者だ。
……ここにいたくない。嫌な感じがする」
「……」
「ちょっと、聞いてる?」
ナマエの話など聞こえないかのように顔を強張らせたジェンナーはおもむろに立ち上がる。
声も聞こえなければ存在もなかったかのような態度に、目の前で手を振っても反応しない。
苛立ちを抑えているとするりと部屋を出ていってしまったジェンナーの背中を追いかける。
途中、みんなの部屋の前を通ると廊下の電気まで消え始めた。不安がるみんなの声などまるでどうでもいいかのような口調にダリルは声を荒げていた。
「フランスと同じだ」
「何?」
「フランスの研究者は、ここのみんなが自殺を図る中最後まで粘って答えを出そうとした。」
「何が起きたの?」
「ここと同じさ。電力が絶たれーーー、燃料も切れた。
化石燃料に頼るなんて実にバカげてる。」
淡々としたジェンナーの様子に不安が募る。シェーンが向かっていこうとするのを止めたリックは厳しい声を張り上げた。
「みんな脱出するぞ!荷物をまとめろ!今すぐだ!」
それぞれが歩き出そうとする中、施設内に響き渡るアラート、閉まるドア。
まるでパニック映画のような声がそこかしこから上がった。
「ドアを開けろ!」
「俺は制御できない。言ったろ、ドアは二度と開かないと。」
「非常事態に電力が切れた場合は、HITを展開してあらゆる有機体を除去する。」
「HIT?」
「…バイ、説明を」
『HITとは、熱圧力を放つ燃料気化爆弾です。二段階に渡って核爆弾に匹敵するほどの激しい爆発を引き起こします。真空圧力により5000〜6000度の炎が発生。有機体とシステムに大きなダメージを与えます。』
「大爆発が起きる。ーーー痛みはない。悲しみも苦しみも、…………後悔も。
ーーー全部吹き飛ぶ。」
まるで壁に話しているかのようにジェンナーはリアクションしない。泣き叫ぶ子供達の声と、閉まったドアに向かっていく男性たちの咆哮が聞こえるだけだ。
耳鳴りと頭痛がする。短く呼吸する自分の音が嫌に大きく聞こえる。
ただただこれが最善策かのようにアンドレアに話すジェンナーと、こんな風に死にたくないと否定するリック。
オノを振り上げるダリル、それを止めるみんなの姿なんかどうでもよかった。
「俺たちは消え去る。人類は滅亡するんだ」
「それは違うわ、私たちを外に出して!」
「1000分の1秒も痛みを感じずに死ねるんだ」
「娘をこんな風に死なせたくない!」
何を言っても変わらないジェンナーに絶望していく。シェーンがショットガンを持って引き金を引こうとしているのをリックが必死に止めている。
苛立ちの中で弾丸をそこかしこに撃ち込む様子にそれぞれが固まってしまった。
「仲間が逃げても残ったのはなぜだ?」
「望んだわけじゃない、ーー約束したからだ。彼女に。……私の妻だ。
研究を続けろと言われて、断れなかった。
妻の代わりに私が死ぬべきだった。…俺と違って彼女の死は世界の損失だ。
妻がここのリーダーだった。彼女はこの分野の天才で、俺はジェンナーという…ただの男だ。
妻ならなんとかできたのに。俺には無理だ」
絶望を前にした男の頑なさはなどこっちはいい迷惑でしかない。何も写していない瞳は虚になり、目の前にいるリックや他の人たちのことなどきっと見えていないのだろう。
いい加減我慢の限界だった。
「こんな風に死にたくないって言ってるだろ。あんたの自殺に付き合う気はない。
あんたが死にたいのも、どうでもいい。誰かが死にたくたってどうでもいい。
でもあんたが奥さんと約束したって言うなら、こっちにも約束があるんだ。
足掻いて、精一杯生きるって約束、家族としたんだ。
…こっちは生きるのに忙しいんだ!邪魔すんな!」
▽▲▽
キレ散らかした自分の口の悪さに辟易しながら、開いたドアに傾れ込むように走る他の人たちを見つめる。
「そうだよな。…俺だけが約束したわけじゃない。そんなことも気がつかなかった、…すまない」
「……みんな自分のことに必死になるのは当たり前。ごめん、キツイ言い方して。」
「……生きるのに忙しい、いい言葉だ。…もう行きなさい。」
「どーも」
ジェンナーの顔はなぜか晴れやかで、さっきまでの表情なんてまるでなかったかのようだった。
後ろに立ったまま動かないでいる、ジャッキー、アンドレアとは視線を合わせたのち、背を向けた。さっきも言ったように誰かが死にたかろうが、どうでもいいから。
「なんでまだ逃げてないの!」
正面玄関のドアを破れずに四苦八苦しているらしいみんなは必死にガラスを破ろうとしている。
ショットガンの1発ですら小さな傷をつけただけだった。
「開かないんだよ!」
「………!」
強化ガラスは厄介で椅子の衝撃もショットガンすら受け付けなかった。あと数分しか時間は残されていないというのに。
焦る気持ちはみんな同じで、怒鳴るようにシェーンが言い返してくる。
何かを思い出したらしいキャロルが差し出したまさかのソレにリックがピンを抜く。
そばにいたダリルから机の影に隠れるように突き飛ばされた。衝撃の後パラパラと飛ぶガラスと空いた空間へ全員が走り向かう。
キンキンと耳鳴りがする。埃と煙が舞う中ふらついたナマエをダリルが腕を掴んで走らせた。それに感謝しながら、もつれた足を前に踏み出す。
無事に外に出られたとしても爆風は届く。
同じように走っていたダリルに引っ掴まれて彼のピックアップトラックに乗せられ、助手席にうずくまるように伏せた瞬間。
信じられないほどの爆発が巻き起こる。
のしかかっていたダリルが起き上がるのを確認して同じように体をあげる。
炎が建物から噴き上がるのを見つめる。
「…行くぞ」
「待って、バイク載せる」
「はやくしろ」
爆風の衝撃で倒れた自分のバイクに走って向かい、偶然飛んできていたはしごをトラックの荷台に引っ掛けて載せると、他の車に避難していたみんなからクラクションが鳴った。
「載せた!」
「はやく乗れ!」
あれ、なんでダリルの車に乗ったんだろう。
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