CDCを後にする一同は少し先のガソリンスタンドにひとまず寄った。
それぞれの車から取り出したガスを移し替えながら、乗ってきたいくつかの車をガスの節約のために放棄することにした。
キャンピングカーと、ジープ、それからナマエとダリルのバイク2台。
ナマエのバイクはガスを入れたばかりで、ほぼ満タンだった。
ガソリンスタンドにもわずかだが、キャンピングカーやジープに回せる分が残っている。
ダリルのバイクもしばらく動かしていなかったようで、思ったより燃料が残っていた。
ガソスタに併設されたコンビニのガラスはいくつか破られていた。ガラスを踏み締めながら中の様子を確認して物資を漁る。
「スナック菓子が多いけど…まあ、ないよりマシか」
そう独り言をつぶやきながら、レジで見つけた小さなショップバッグに手を伸ばす。
奥の冷蔵庫の裏側に人影が見えたけどきっとウォーカーだ。念のために始末するかと扉を叩く。
ガァアアッ!
「よいっしょ、」
ナイフを突き刺して沈黙させる。
制服を着たそいつは、こんな終末にすら仕事中だったらしい。
「社畜の鑑だな」と呟くと、いつの間にか後ろにいたグレンが吹き出した。
「ぶはっ、ははは!
何やってるんだよ、ナマエ。もう出るってさ。」
「物資調達。ないよりマシだから」
倒れ込んだウォーカーの姿をみつけたらしいグレンは嫌そうな顔をしつつも袋に入ったスナックをを渡すとわずかに微笑んだ。
ほかにもないか確認が済んでから外に出るとどうやらナマエ待ちだったらしく「はやくしろよ」といつも通りに怒った口調のダリルがバイクに跨っていた。
「スナック、とりあえず食べて」
リックに袋を押し付けて自分のバイクに向かう。後ろでカールとソフィアの嬉しそうな声がした。「ありがとう」というリックとローリ、キャロルの声に返事はしない。
「ハイウェイに向かうって?」
「らしい」
「どうせ真っ直ぐ進めない」
「……だろうな」
エンジンをつける前に確認した行き先は彼らの当初の目的らしいフォートベニング基地というところらしい。持っていた地図にも確かに乗ってはいるがかなりの距離だ。
満タン近いガソリンでもたどり着けるかどうか。ていうか安全な道でもない限り無理だろう。そんなものもうどこにもないけど。
ダリルがバイクとタバコを吹かしながらアクセルを踏み込んだのをみて同じようにエンジンをつけて追いかける。
ナマエとダリルの背後にキャンピングカーとジープがつく。小回りのきく二人が先導していくしかない。
▽▲▽
誰もいない田舎道を、風を切って走る。バイクを走らせる感覚は思いのほか心地よかった。
ツーリングみたいにダリルと並走するのも、悪くない。
渋い顔のままだったダリルも僅かに穏やかな顔をしていた。
「バイクって気持ち良さそうね!」
リックたち一行が乗っているジープの窓からソフィアが声をあげた。エンジンにかき消されそうになりながら伝えてくれた声は届いた。
頷いて見せるとソフィアとカールが嬉しそうにしていて、その親たちもニコニコしている。
前を走るダリルのバイクのエンジン音がバリバリと雷鳴のように聞こえる。
順調だったのは走り出して少しだけだった。
予想した通り、フォートベニング基地に向かう道の最初の関門はハイウェイだ。
大量の車が乗り捨てられては所狭しと停車している。まるでテトリスのようだった。
それまで順調に飛ばしていたナマエとダリルのバイクが車の間を縫うように走る。徐行しながら背後のキャンピングカーが通れる道を探していく。
轟音とともに、背後で何かが悲鳴のような音を立てた。
振り返ると、キャンピングカーのフロントから煙が上がっている。
突然の音に驚いてハンドルの向きが揺れ、振り返ると停車しようとしているのに気がつき、ダリルも同じように戻ってきていた。
故障箇所を直すために車の墓場は良い物資調達場所だとデールが言うとシェーンとリックが頷き、それぞれに指示を飛ばした。
乗り捨てられた車の中にはもちろん死体もある。腐ってウジが湧いてハエが集っている姿に苦い顔をする面々。
開いたままのドアに潜り込んでダッシュボードを漁る。薬、車の書類、サングラスが入っている。
薬をバッグに投げ入れ、サングラスをかける。
「それ、逆に怪しすぎるだろ…」
そばにいたTドッグが気持ち悪いものを見るような目でみてくる。
確かにマスクにフード、しかもその上からサングラスなんて怪しいどころの騒ぎじゃない。
Tドッグの耳にかけて目の位置に合わせる。「ありがとよ」という声を背にまた新しい車に向かう。
次の車は中に死体はあったものの、既に頭に撃ち抜かれた跡があった。動き出す心配はない。
助手席に座ったままのそいつを無視してコンソールボックスをあけると同じようにサングラスや日除けの手袋があった。ダッシュボードも念のため確認すると、「っしゃ。ラッキー」銃を発見する。形を見るにグロッグだった。ついでにタバコまで。隠れて吸っていただろう死体の主にかんしゃする。
咥えたタバコに火を点けたところで、誰かの笑い声に気がつく。
車外に出ると、道路と車数台を挟んで奥にグレンとシェーンが見えた。笑っているのはあの2人だった。
水のボトルを頭から被っているシェーンは見たこともないほど楽しそうだった。そばにいたグレンも同じように笑っていた。
「うらやましい…」
「お前もかぶればいいさ!」
「…ムリ、どっか消えてくれる?」
「それこそムリだな!はははは!」
ナマエの軽口にも穏やかにしている。どうやら機嫌がかなり良いらしいシェーンは笑ってフードの上から頭を撫でてきた。
カバンから数本のからのペットボトルを出し、大きなボトルから移し替えていく。
それが5本目に差し掛かってきた頃。
(ん……?)
小さな異音に気づき、ナマエは目を細めて周囲を見渡す。
見慣れた木々の向こう、キャンピングカーのさらに奥に、蠢く大量の影。
「グレン、シェーン! 伏せて、ウォーカーが来る!」
シェーンとグレンは変わらず楽しそうにしているけれど、近くにあった車に身を乗り出し確認してみると、キャンピングカーがある後方から大量の影が。まだここには到達しないほど遠い。
他のメンバーが気がついているか、隠れられているかが気になる。
2人にささめくように、それでも最大音量で声をかけると途端に強張った表情に変わる。車の下に入るように指示して他の人を見てくると告げる。
「いくな!ナマエ!」
「Tドッグ!大丈夫…じゃなさそう。やば」
「くっ……お前も早く隠れろ!俺はいい!」
「何言ってんの。とりあえずこれで今はぐるぐる巻きにしとく。後で診るから、っと。…ダリル!」
「下に隠れてろ」
走って駆けつけたところにいたのはTドッグで、出血した腕を見つめ顔面蒼白になっていた。
どこかに引っ掛けたのか鋭く切れた腕から流れ出た血の匂いが奴らにバレる可能性がある。
さっき見つけた日除けの手袋を応急処置程度に巻き付けているとダリルに背中を叩かれる。
シ、と口に指を当てている彼に頷くと車の下に隠れるよう指示される。
Tドッグはどうするつもりかと視線で訴えるとそばに、すでに腐敗しているウォーカーの死体を引きずってきて、Tドッグの上に被せた。
「……天才か?」
地獄のような時間はそれはもう長く感じた。途切れることのない行進がようやく数を減らし始めた。
最後の一人が過ぎ去ってすぐに、ダリルは死体を放り投げて立ち上がる。
自分は熱されたアスファルトで少し火傷した腕をさすりながら、車の下から這い出た。
Tドッグは痛みで動けないようだった。ダリルが彼に肩を貸しながらキャンピングカーの方に向かう。
Tドッグが怪我した、と口に出す前に、異様な空気に驚く。
森の方を見つめながら、キャロルが嗚咽を漏らしている。
その肩を、ローリが必死に宥めていた。
周囲の視線も、皆、一様にその森の奥を見つめている。
「切ったのか?どうした」
「車のガラスに…、ナマエがさっき応急処置してくれてはいるが…」
「これ車のダッシュボードに入ってた手袋なんだよ。何か他に布はある?」
「あ、あぁ…、これを」
デールがキャンピングカーの中に一度入り、持ってきてくれたガーゼのようなものを受け取る。テープは車の中で見つけたものを使う。
背後で泣き叫んでいるキャロルの様子を一瞥すると、デールが説明してくれた。
どうやらソフィアがウォーカーに追われて森に逃げてしまったらしい。リックがそれを追ったとか。今そっちのことはどうしようもない。目の前のTドッグの怪我の治療が先決だ。
「とりあえずこれで固定しておく。消毒はしたけど、過信しないで。さすがに抗生物質は持ってないから」
「ありがとう……。お前のこと気持ち悪い奴って思ってた」
「いや、別に気持ち悪い奴でいいけど」
キャロルが肩を震わせているのに気づいたのは、ほんの一瞬だった。
ダリルもそれに気づいたようで、何も言わずにそちらを見ていた。
誰も何も言わない。誰も言えなかった。
けれど胸の中で、一つの名前だけが、全員の心に同時に浮かんでいた。
——ソフィア。
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