疲れた様子のダリル、リック。心労が計り知れないほど憔悴しているキャロルの姿は子供を産んだこともない自分から見てもとても辛そうだった。
夜明けに捜索を再開するとは言っても12歳の子供を一人森に置き去りにする、というのは確かに辛いものがある。キャロルの気持ちを想像すると居ても立っても居られないような気持ちになる。
キャロルの責め立てる声に、リックは責任感で押し潰されそうな顔をしている。
足早にみんなの輪から離れ、ガードレールに背を預けて座り込んでいる。
それを追い向かうと、心配げなローリの視線をひしひしと感じた。
「リック」
「………悪いが君の相手をしている余裕はない」
忌々しげな口調に少しイラッとはしたけれど、彼のプレッシャーに押し潰されそうになった顔を見ると言い返すのは酷だと思った。
「…森に入ってくる。」
「なんだと?」
「ダリルが得意分野とか言ってたし、アンタたちが探すつもりなのはわかってるよ。
でも知っての通り私はずっと外にいた。この、終末になってから。だから森での動き方もわかるし夜でも動ける」
「……いや、行かせられない」
「なんで?子供を守って欲しいって言ったろ」
「…そうだとしても!危険すぎる!」
「…はは。
アンタもこのグループの人も誰も知らないだろうけどさ、夜の森に入るより恐ろしいことがたくさんあるよ。…それはウォーカーだけじゃない」
「……!」
「許可してもらえないなら抜けるよ、グループ。まぁ別に所属してたつもりもないけど」
「何を…!」
「条件三、離れると言ったら止めない。
アンタは条件を飲んだよね。だから、許可はいらない」
▽▲▽
早朝、明るくなり始めてすぐのことだった。
他のメンバーを集めたリックが難しい顔で腰に手を当てている。何かを考えるような、時折口を噛むような仕草をしていた。
きっとソフィアのことを考えているのだろうと思っていたダリルや他のメンバーにとって、リックの言ったことは意味がわからず脳が処理できなかった。
リックは一同を前にして、短く言った。
「……ナマエが森に入った。ソフィアを探すために。たった一人で。」
言葉が風に溶けて消えたあと、しばし沈黙が落ちた。
最初に声を上げたのはキャロルだった。
「嘘……でしょ……?
一人で行ったの?なんで……!」
彼女の声は震えていた。肩を抱こうと近づいたローリの手を振り払うようにして、キャロルはその場に膝をつく。
「もう誰も……失いたくない、のに……!」
「キャロル、あなたの気持ち痛いほどわかるわ。でもきっとナマエはあなたの気持ちを背負って行ったのよ。」
ローリの言葉にキャロルはかぶりを振った。
「違う……そんなの、望んでない。誰にも、死んでほしくないだけなのに……!」
キャロルの嘆きに一同が誰も言葉を発せない中、シェーンが苛立ちをあらわにした。
「だからって、勝手な行動が許されるのか? こっちはみんなで動いてんだ。自己判断で動いて、誰が責任取るんだよ。」
「おい、やめろ。
あいつは…誰かが動かなきゃって思っただけだろ」
「それで命落としたら意味ねぇだろ!」
ダリルは続けて、苛立ちを押さえながらもシェーンやリックを睨みつけた。
「黙って見てる方が、俺には意味がねぇよ。……あいつはソフィアの痕跡を辿ることにしたんだろ。俺は、そっちを信じる。」
シェーンが押し黙ると、控えめに声を上げたのは
グレンだった。
「ナマエは判断が早いよ。俺には……怖くて真似できない。だけど、ああして行動に移せるところ、尊敬する。」
「でもグレン、尊敬だけじゃ戻ってこないのよ。」アンドレアが冷たく言い放ち、続けて口を開く。
「死ぬかもしれないってわかってて、どうして行けるの?
私たちだって、行きたい気持ちはある。だけど、今は皆の命がかかってる」
苛立ちや悲しみがないまぜになった声のアンドレアにデールが静かに声をかけた。
「……ナマエの心には、きっと引き返せない何かがあったんだ。誰かの命より大切なものがあったんじゃない。ただ、“今しかない”と思った。それだけだよ。」
アンドレアはナマエの行動に理解はできても同意はできず、デールから顔を背けた。
リックが、沈黙の中で顔を上げる。
「俺は、ソフィアを探す。今ナマエのことも合わせて探す余裕はないし、ナマエだってそうを願ってるだろう。」
一同が頷くと、捜索に加わるメンバーがリックの元へと歩み出した。
ローリが息子の元へ歩き、肩を抱き寄せるとカールがそれぞれの意見を聞いていたようで口を開いた。
「僕……ナマエのことかっこいいと思ってるんだ。ソフィアだってそう思うはずだよ。探してくれて嬉しいって。
ナマエは本当のヒーローみたいだ」
ローリが愛想笑いのように口角を上げて「そうね」と短く返すと、カールはニッコリと笑ってキャンピングカーに乗り込んだ。
会話を聞いていたリックは息を飲んだまま、息子の言葉を反芻していた。
そのうちにダリルはすでに荷物をまとめはじめていた。
「出るぞ。さっさとしろよ。
…俺はソフィアも、アイツもどっちも……諦めねぇ。」
リックが頷くとすぐに背を向けたダリルは振り返らなかった。
誰かが何かを失う予感だけが、そこに残っていた。
▽▲▽
グループを半ば無理やり離れることになった。それは別に何も後悔していない。元から所属していたつもりもない、ただの同行者だ。未練はない。
だけど、このまま彼らと離れる前にソフィアのことは見つけてあげたい。
道中に話したばかりの笑う姿を思い出した。
それはCDCにいた時だって。なにより最初に声をかけてくれたのはソフィアだった。
もちろん好奇心と恐怖を天秤にかけて好奇心が勝っただけの話だろうけれど。
子供らしい柔らかい笑顔で、母親を見つめているのを何度も見た。
互いに必要としているというのに、こんな世の中のせいで離れ離れになってしまうなんて。
幸いにして探す人数は多い。ウォーカーが存在する以上決して楽観的にはなれないけれど、なんとか精一杯やってみよう。
彼女の笑顔がまた見られるように。
ハイウェイから走り出し、リックとダリルが見つけた痕跡の場所を確認する。きのう2人が見つけたと言っていたはらわたを弄られたウォーカーの死体も見つけた。
ダリルのように痕跡を追うなんてことは流石にできないけど、夜の闇に慣れているナマエはスムーズに移動できた。
ウォーカーの死体があったところから一旦南下していく。正しくこの道にいるとは分からないまでも何らかの手掛かりを探していく。
時折近寄ってくるものを斬り捨てては、血に塗れた。きのうは温かいシャワーを浴びていたというのに、終末世界はどうなるか一切読めないものだな、と頭の隅で考えた。
それから歩いて子供が入れそうな木の虚を探ったりしながら、時には少数ながら歩いているウォーカーの群れをやり過ごすために木の上に登った。
次第に明るくなってきた空を眺めながら、せっかく夜のうちに森に戻ったのに成果を出せていないなんて申しわけが立たない。
川沿いにある少しぬかるんだ土の上に子供くらいの靴の跡を見つけた。そこを踏まないように慎重に追う。
足跡はハイウェイからかなり距離は離れてしまったけれど建物に向かって続いていた。念のため一度家の周りをぐるりとまわって外と中の両方の様子を確認する。外のウォーカーはいないが中には隠れていそうだった。
コンコン、
ドアをノックして音を立ててみる。これで寄ってくるようならウォーカーがいる。
しばらくの間をあけ、ドアを開ける。幸い鍵はかかっていなかった。中には泥が落ちていたり落ち葉や木の枝が入り込んでいた。
足跡はクローゼットのようなところに向かっている。フゥ、一息ついてからドアを開放する。
「!ッ…………ハァ」
中には確かに子供がいた。
子供の、ウォーカーだった。ソフィアじゃない、別の誰かの子供だ。
乳歯と永久歯が混ざった口を大きくあけて噛みつこうとするそれを静かに倒す。
それから他の部屋を見てまわったものの上階で大人のウォーカーを2体倒した。おそらくどちらかが彼の親だったのだろう。子供を隠れさせたものの結局自分も噛まれて死に、子供も噛まれたか衰弱か、亡くなってしまったんだ。
推測でしかないけれど、三人の姿に思いを馳せた。やるせ無い気持ちと、こんなふうに失うことの恐ろしさを想像してはソフィアが無事でいるよう祈った。
「ハァ…」
この家にリックたちが探しに来ることだってあるだろう。その時のためにメモを残しておこう。
家の中の目立つところへ置いておこう。
"リック、ここに彼女はいない ナマエ"
▽▲▽
3日ほど経った。
誘拐や失踪は、発覚してから72時間が山場だ。
アメリカに来てからそう言った事件を目にすることが増えてそういう覚えたくもない情報を思い出していた。
この時間を越えると生存率は絶望的になる。
全くもって嫌な情報である。
太い木の上で眠っていた体を持ち上げる。
この3日でまともに寝たのは数時間だけだった。とにかく必死にあっちへこっちへ移動しては探し続けた。それでも彼女はどこにもいなかった。
小さな小川から渓谷になっているところも、他にも見つけた家にも足を運んだけれど、それでも、探せば探すほど、ソフィアは見つからなかった。
最初の日に見つけた家に置いて行ったメモは、リックか他の誰かが気付いたのか無くなっていた。代わりに簡易の地図と、ここにいるというメッセージに気がついた時に彼らも諦めずに探しているのだとわかった。
地図にはハイウェイと森、森の中の道の先にfarmとだけ記されていた。安易なその情報が他の誰さにバレていたら大変だというのに。
メモは燃やして灰にした。見られてたら手遅れだけれど。
丸一日歩き続け、また新しい建物を発見した。ここまでソフィアの足で来れるとは思わないけれど。それでも念のために確かめておく。
中には少し食べるものが残ったパントリー、血痕、壁に張り付いた臓物、倒れたままの椅子があるだけだった。
何が起きたか想像に難く無い光景を横目に、どんどんと部屋を調べて回る。
物資が少し潤っただけの家を後にしてハイウェイへ近寄るように歩き出す。今日も木の上で休むことになるであろう体を労うようにマッサージの真似事をしながら。
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