ナマエがグループを離れてから数日。たった数日でいろんなことが変化した。

グループは森での捜索中に事故でカールが撃たれ、それを治療するために農場に移動した。
リックはカールへ輸血したために元から青白かったが更に不健康そうな顔つきになった。
カールの手術に必要な物資調達で農場の人間が1人亡くなり、シェーンも足を捻る怪我を負った。しかし努力の末にカールは峠を越え、次第に快方に向かっていった。
グループはリックの回復を待ってそれぞれがソフィアの捜索に動き始めた。



ソフィアの失踪から全てが悪い方向へ転がっていくような感覚。それぞれの不平不満が積もって空気の中に混じり始めていた。
ピリピリとした嫌な雰囲気と、次第に夏の終わりを知らせる冷たい風が、状況は好転しないと言われているみたいだった。

「…ナマエは何処にいるのかしら」

キャロルの独り言じみたそれはローリ、アンドレアだけが聞いていた。誰も答えを持っていないために、それは静かに風に流されていく。



少し前にダリルは森の中にある家に子供の形跡を発見していた。しかしナマエの残したメモを見てすぐに気分は降下していく。
"彼女はここにいない"というメッセージが、より侘しさを膨れ上がらせた。

ナマエが消えて一週間近くになる。時折ダリルが捜索しに向かった方向でナマエの足跡らしき痕跡もあったという報告はあれど、足跡はいつも一人分だった。ナマエもソフィアを見つけられていないらしいことだけがわかる。

血まみれの姿でダリルが持ち帰ったソフィアの人形は、泥に塗れて薄汚れていた。
そして腹部に怪我を負った状態でアンドレアのライフルが頭部を掠める事故まで起きた。
幸いにしてダリルは軽傷で済み、見つけた人形のこと、場所、それからナマエの痕跡が消えたことをリックに伝えていた。

「いなくなったのね…。あの人はきっと諦めたんだわ」
「…」

食事を持ってきたキャロルは震える声でそう言った。目の前で不機嫌そうにベッドに横たわる人物も、ソフィアのために怪我をしている。

「感謝してるの。あなたは、あの子の父親以上のことをしてくれてる」
「リックやシェーン…ナマエだってやってる。」
「えぇ。わかってる。あなたは彼らと同じ、善人よ」

部屋を後にしたキャロルの背中を見つめることなく目を閉じた。
ナマエの痕跡が消えてからダリルの内心はキャロルと同じ考えだった。
ソフィアを探すためにわざわざ条件を盾に取ったはずのくせに、早々に諦めたのだと怒りを覚えた。
もしかしたらソフィアを理由にしてはじめから消えるつもりだったのかもしれない。
そう考えると納得する部分もある。
しかし、本当に心配しているように見えたーーー表情など一切見えないのにーーー姿を思い出してはナマエがソフィアの捜索を放棄していないと、ダリルは否定したかった。
それを裏付ける確たる証拠などない。一昨日まで残っていたナマエの痕跡が煙のように消えていたからだ。
森の中にあるいくつかの家、キャンプができそうな川辺、いろんなところを探した。
それでも見つからないのはすでにこの地から離れたくらいしか説明がつかなかった。











▽▲▽




「あった。…クソ、時間かかったな」

リックたちと別れて、たぶん一週間近く。実際一体どのくらい経過したのかわからない。
ずっと森の中で過ごしていると時間の感覚が曖昧になる。

ナマエはソフィアを諦めてなどいなかった。けれども見つけることは極めて困難だった。

最初の三日間があっさりと過ぎてからは、見つけた家や身を隠せそうな場所を探し回っても見つけられない少女がすでに"生きていない可能性"も視野に入れるようになった。
それから範囲を広げて川に落ちて下流まで行ってしまった可能性を考えて一度その方向まで向かうことにした。
かなりの時間を要してしまったものの、成果はあった。
大量の流木や石が積まれた下流でソフィアのカチューシャを見つけた。茶色いそれに見覚えがある。明るいブラウンの髪によく似合っていたものだ。
やはり彼女は川に落ちた可能性があるのかもしれないと周辺をくまなく探す。もちろん、水中に引っかかってやしないかとかも。

それでも痕跡一つ見つけられなかった。
これだけ調べても見つからないならば、一度ハイウェイの方に戻ってみるしかない。もしかしたらすでに彼女がリックたちのもとに帰っている可能性だってあるんだから。



最初に見つけてメモを残した家まで辿り着いた。
中の様子は変わりない。
しかし"一度戻ってこい D"というメッセージが壁のクロスにナイフで抉られたように書かれていた。

「D……ディー?…リックじゃないしグレンでもない……ダリル?……いやデール?」

イニシャルだけの主を思い浮かべてみるも、グループにいるうちのDがつく人物など2人しかいない。
でも、その2人だったらダリルしか当てはまらなかった。デールと大した話をしたわけでもないし、とそこまで考えてダリルとも大した話をしたことはなかったと気付いた。





「あれ、…何してるの」

さくさくと歩いていると、少し先に影を見つけて警戒していた。
時折唸り声が響く森の中でそれは静かで、動きもない。様子を見ているとそこにいたのは見知ったグループメンバーの2人だった。
黒い袋を重そうに落としたデールと、それを奪い取るかのように持ち上げたシェーンの姿を見つめる。
ピリついた空気だったのか、ナマエの声に二人は驚いたように目を丸くしていた。私を認識したシェーンは何故かこちらを鋭い目つきで睨むように話し出した。黒い袋の中から飛び出た銃身や銃口から一つを掴み取っている。


「ハッ…抜けたんじゃなかったか?」
「…?そうだけど。何?」
「だったら何処かへ行けよ」
「…何キレてんの?報告しに戻っただけだよ」
「報告?見りゃわかる。見つけたなら一人のはずがないからな」

「……配慮が足りないってよく言われるだろ」
「あ?」
「…やめろ!シェーン、目的は済んだだろう。さっさと行け」

ナマエの一言にシェーンはイラついたように掴んでいたショットガンを左手から右手に持ち直し、こっちへ一歩踏み出した。

それにすかさずデールがナマエとシェーンの間に体を入れて仲裁する。
デールの背中越しにシェーンと目が合う。苛立ちを含んだ表情はデールにもナマエにも向いている。
今にも手に持ったショットガンを構えそうな危険な雰囲気を醸している。
少し見ないうちに髪型が変わっている上に、元から鋭かった印象が比べものにならないくらいキツくなっている。

フン、鼻を鳴らし薄笑いすら浮かべたシェーンは落としたままの袋を抱えて消えた。
その姿を見送ると、強張っていた体から緊張が解けたようだった。震えているのを悟られないように拳を握っていると、振り返ったデールが怒ったような顔をしている。

「銃を持った男を刺激するんじゃない!撃たれていてもおかしくなったぞ!」
「…そうだね。シェーンは一体どうしたの」
「…以前から危うかったが今はもう手がつけられん。アンタがいなかった間のことは話してやるが、私も知っていることは多くない」



森から現在のキャンプ先である農場に向かう道すがら、デールはグループの様子が徐々に変わっていっていることを口々に話してくれた。

「奴はおそらく、その"オーティス"を殺したか何かをした。そこから様子が変わったよ。ギラギラした目でリックをみてる。」
「ふうん。……そう」
「正直、アンタが抜けたと聞いた時は少し安堵していたくらいだ。変なやつが消えたと。
それに、ソフィアのことを体よく使って逃げたんだと思っていた。君の痕跡が消えたとダリルも話していたからな。
…考えを改めさせてくれ。すまない。」

「別に。そう思われても仕方ないよ。下流まで行ってたから」
「何があった?」
「…コレ。…もう生きてないかもとは思ってるけど周辺にそれらしい…その、…遺体も無かったから。」
「カチューシャか!…確かに着けていたな。残念ながらこっちには帰ってきていない」
「そっか…てっきりもうこっちで見つけているのかと」

見つけた茶色いカチューシャをそっと差し出すと、デールは目を細めて見つめた。
「確かに着けていたな……ソフィアが」
懐かしむように微かに笑んだその顔も、すぐに陰る。

こちらの収穫がそれひとつだったことに、彼は肩を落としたが、
「ダリルも川で人形を見つけていたんだ。君の推測はきっと間違っていない」
と、ぽつりと呟いたその言葉が、ナマエの胸の奥でかすかに温かく響いた。

生きているのか、それとももう——
それでも、諦めるにはまだ、早い。

空が少しだけ開けた先に、陽の光がちらりと覗いていた。
森の匂いの中に混じる、夏の終わりを告げる風が、ナマエのマスクを優しく撫でていく。

まだ歩ける。
足を止めるには、早すぎる。