森を抜け、だだっ広い農場の敷地に入った。
先を歩くデールの背中は、祖父に似ていた。口に出したくなったそれを慌てて飲み込む。
「あれがそうだ」
あたり一面がその"ハーシェル"という男の敷地で、養鶏や畜産なんかもやっているらしい。のどかに見える景色に先ほどまでの緊張からホッと息をついた。
デールが指を指す方向に視線を向けると、遠目にグループメンバーが立っているのがみえた。
何か、嫌な感じがする。
「先いく」
「んん?あ、あぁ」
デールに一言断りを入れて走り出してすこし。背中に嫌な汗が伝う。気持ち悪い、悪寒のようなそれを無視してがむしゃらに走った。
パァン!
響いた銃声に、自分の勘の良さに今日は嫌気が差した。
見慣れた背中に向かっていくにつれて何が起きているのかわからずにみんなの視線を追う。
その先にいたのはシェーンだった。
握りしめたハンドガンで、見慣れない老人がさすまたのようなものを使って捕まえているウォーカーに発砲している。
そばにいる見知らぬ女性たちは農場の人間だろう。
ナマエの走ってくる足音に気がついたグレン、Tドッグ、ダリル、キャロル、ローリ、アンドレアと順に目が合う。
他にも金髪の若い女の子がこちらを見つめ、まるで悪魔を見たかのように恐ろしげに顔を歪めた。デールとシェーンの反応がなかったことでマスクのことを忘れていた。
しかしそれも一瞬のことで、シェーンの発砲が2発続いた。
何にキレているのかわからなかったものの、リックや崩れ落ちている老人の様子からシェーンがとても無神経なことをしていることだけが伝わる。
「なにをしている!!!やめろ!ハーシェル!これを持て!ハーシェル!!」
声を張り上げるリックのそれは、座り込む老人に向けている。しかし老人には聞こえていないらしく、呆然とどこかを見つめていた。
銃声が辺りに響く中、シェーンの暴挙はそのまま続く。
「消えた少女のために危険を冒すことも!
バケモノのそばで暮らすことも!もうウンザリだ!!!
リック!現実から目を逸らすな。
生き延びたければ戦うしかない!今だって戦うべきなんだ!」
皆の視線の先にある納屋に向かって走り、そばにあったツルハシで南京錠を叩き始めた。それを見たリックが老人、ハーシェルに向かって叫ぶ。それらをまるで遠いもののように感じているのか、反応がない。
それぞれが制止の声を上げようが、シェーンは構わずに叩きつける。そしてついに、鍵が破壊された。
自由になった、中にいたそれらが堰を切ったように傾れ込んだ。オーバーオールを着用したウォーカーが我先にと出てくると、アンドレア、Tドッグが銃を構えて前に走っていく。
「なにしてんだ…」
思わず漏れた声と呆れなど誰にも聞こえず、最後尾で眺めていくだけだ。
念のためにローリ、カールの前に立つことにしたものの此処にウォーカーが到達するとは思えない。
恐ろしさから涙を流すカールを抱きしめるローリを一瞥する。頷くような彼女の仕草と、一瞬肩に触れられ、同じように頷き返しておく。
それから少し先にいるキャロルの手を引く。肩を揺らして驚いたものの、彼女も同じように頷くだけだ。背後に3人を隠しながら、ベルトに差した太刀の柄に触れる。
グレンが走り出して向かうのと変わらず、シェーンが振り返る。
銃声が響いた。
棒の先にいたウォーカーの頭が弾け、リックの腕が一瞬、止まった。
シェーンが前を向いたそのときーー
空気が変わった。
わずかに遅れてナマエの足が半歩、引いた。あれはもう、“ただの暴発”ではない。
あの目は、引き返せる場所を通り過ぎた人間の目だった。
呆然としている農場の人間たちの様子からきっとこれは彼らの家族だったのだと予想する。抱きしめ合って泣く姿に、気まずさから視線を逸らした。
響き渡っていた銃声が止むと、まるで何もなかったかのような静寂に啜り泣く声がやけに胸に残る。
誰も口を開くことのないそれが、納屋から聞こえる声に緊張が走った。
「うそだ」
自分の声が震えたのがわかる。
細く開いた納屋の出入り口から、ずっと探していた少女の変わり果てた姿が見えた。
足に力が入らず、柄にかけていた手が地面に触れる。
「ソフィア…!ソフィア…あぁっ…」
背中に隠していたキャロルが走っていく、スローモーションのようにみえて、まるで時間と切り離されたようだった。
ダリルに抱き止められたキャロルは膝から崩れ、泣き続けた。
放心するメンバーたちの中をリックだけが足を踏み出し、ソフィアだった体に弾丸を撃ち込んだ。
それらを見たキャロルは制止を振り切るようにどこかに走っていってしまった。止めていたダリルも、他の誰も、彼女の跡を追うことはなかった。
現実は非情だ。
もちろん探しながら、もう生きてないかもって何度も思ってた。それでも実際に目の前にウォーカーとして現れるとなると別だ。
肉親でもなければ仲が良かったわけでもない自分ですら心臓が嫌な音をたて、そこに立っていられなかった。キャロルの心痛を察してマスクの奥で涙が出た。
倒れたソフィアの体に向かう足取りは重い。川に落ちていたカチューシャを握りしめ、泥だらけの髪に触れた。
グループとはぐれてからどれだけ恐ろしかったろう。首に残る痛々しい跡に、彼女の安らかな眠りを祈った。カチューシャをつけてあげ、苦しげに歪んで見開かれた瞼を閉じる。
背後から泣きながら近づいてくる気配に視線を移すと、さきほどの金髪の女性と目が合う。
ソフィアの身体より少し奥に向かう彼女が、重なるように倒れたウォーカーを押し除けた。
「キャア!!」
甲高い悲鳴に、少女の髪につかみかかるウォーカーの姿。
少女の身体を後ろから抱きしめるように引っ張ると、そのまた後ろからシェーンとリックが同じようにしてウォーカーから少女を引き離そうとする。グレンやTドッグも倣うように動く。
アンドレアがクワを突き刺すまで、悲鳴は続いた。
力が抜けた少女を、彼女より少し歳が上に見えた女性に預ける。短いサンクス、という声に頷く。
そして彼女たちが自宅に戻る姿にシェーンはまた何かを喚いていた。リックとグレンが同様に歩いていく。
「ハァ、」
必死になっていたソフィア捜索が、悲しい形で終わってしまい力が抜けた。座り込んで項垂れている自分の背中に、誰かの手が触れた。
「ナマエ」
優しい声はアンドレアのものだった。ソフィアの身体に布をかけ、「埋葬しましょう」と言うのにどうにかして首を動かすので精一杯だった。
それぞれがテキパキと動き出す中で、体は無意識にも動いてくれた。何も考えないで済むよう、必死だった。
「ここでいい?」
「ええ」
渡されたスコップを握り、ローリの言った大きな木のそばを掘り始める。何人分を掘ればいいのかわからないが、無心になった。
他のみんなも口数は少なく、黙って掘り続けていた。人数のおかげかたいした時間もかからずに掘り終えた。
それを見ていたローリがキャロルのいるキャンピングカーに向かう。
「…最悪だな」
「…うん」
Tドッグの言いたいことはすぐにわかった。腰に当てた手は、ぽりぽりと頬をかいて気まずそうにしていた。帰ってくるタイミングが最悪だということ。自分でも思っていたことに頷くと、アンドレアがかすかに口角を上げた。
ジミーと呼ばれた少年がハーシェルたちの家族を指差し、それをシェーンやTドッグが抱えて掘った穴に入れていく。
ソフィアは、ナマエが抱いた。
痩せ細った彼女の体は子供といえど、とても軽かった。それにまた涙が出そうになる。
ゆっくりと土をかけていき、埋め終わる。
別れを伝える時間になったものの、ローリが呼んでくるはずだったキャロルは現れなかった。
キャロルを除いたメンバーと農場の人たちが集まると、誰も声を発することなく、ただ静かに別れを告げた。
いくつかの手が軽く胸元を押さえたり、空に視線を向けたりして、それぞれの仕方で祈っていた。
そして、ぽつりぽつりと人影が散っていく。
何も言わずに去っていく背中を、ぼうっと見送る。
風が吹いて、木の枝が小さく揺れた。
もう、やることはない。
そう思った途端に、胸の奥がすうっと空洞になった。
ほんの少し、力を抜いたら涙が落ちそうで、目を逸らすように空を仰いだ。
雲の隙間に、やわらかな光が差していた。
それが、ただの天気のせいなのか、何かの気配なのかはわからなかったけれど。
どこかで誰かが、少しだけ、報われていてほしいと願った。
それだけだった。
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