あれからどれくらい時間が経ったのかわからない。気がついたら夕方になっていた。短い葬式を終えたメンバーのうち、Tドッグとアンドレアは誰とも関わりのない死体をトラックに載せて運び、火葬すると言っていた。
手伝うかどうか決めあぐねていたナマエに「少し休んだら?」というアンドレアの提案に頷いて返し、適当に木のそばに座り込んだところまで覚えていた。
「ナマエ」
リックの声に振り向くと、困ったような顔をしていた。そばにはローリとデールも立っている。
「最悪だよ」
「そうだな」「そうね」「まったくだ」
「…これじゃあなんのために離れたのかわかんないな。…力になりたかったのに。ごめん」
「君のせいじゃない」
「あなたは精一杯やった、そうでしょ」
まさか慰められることになるとは驚いた。
特にローリはナマエに良い印象を持っていないと思っていたから。
それでも手を力強く握られ、励ましの言葉を受け止めると自分の中にあった澱んでいた空気が少しはマシになった。
「戻ってきてくれないか?こんな状況だ。
…いや、都合が良すぎるよな。ハイウェイの時だって君を突き放したというのに。すまない」
「……いや、それは私の方…。でも、…少し考えさせて」
リックは眉間に寄った皺を揉むように下を向いている。最後に見た時より痩けた頬と、ストレスで顔つきが変わったようにみえた。
それから三人は返答を待つと言って歩いていった。
「あ、ねえ!私のバイクどこにあるかわかる?」
「ダリルのテント近くに停めてあったわよ」
ローリの返事を聞いたものの、ダリルのテントがどこにあるかなど知らない。「ありがとう」と返す前に「それどこ!?」と聞けば良かった。すでに遠くまで歩いてく背中を追いかけるのを面倒に思った。
▽▲▽
他のテントに比べて離れたところに設置されたテントを見つけて向かうと、バイクが並んで二台停められていた。
良い目印だと向かってみると、不機嫌に歪んだ顔つきの男が切り株に座ってナイフで枝を削っている姿に気がつく。
「…バイク、保管しててくれてありがとう」
「…」
その背中に向かって言った言葉など無かったかのように綺麗なシカトを決められる。
元々口数の多い人ではないようだし、ソフィアの死はメンバーにダメージを与えたのだ。
きっと傷心だろうとそっとしておくことにした。
バイクのシートバッグに詰めていた服とタオル、水を取り出す。
タオルに水をかけて汚れた手を拭き取る。汗と泥と血がついた汚れがタオルに移っていく。のどかな景色が目に映り、ほう、と息をひとつ吐く。
夕方になってから気温が下がり始め、寒さを感じる。もうすぐ秋になろうとしている空気に以前アトランタで調達した服を一枚羽織っていると、視線を感じる。
ダリルの多弁な視線にうんざりしてきた頃、何かを言いたげに時折口を薄く開いては閉じ、開いては閉じるその口元を見つめる。
「お前、あのカチューシャをどこで見つけた?」
「下流まで行ったんだ」
「俺も、小川の辺りで人形を…」
「デールから聞いた」
話題はソフィアのものだった。
デールはここに案内してくれる道中、ダリルのことばかり話していた。
乱暴で粗野な印象だったのに、ソフィアのために身を粉にして働き、その上捜索では怪我をしたものの人形を見つけてきた、だとか。そんな感じの話。
もちろんそれ以外のメンバーの様子とかも話してくれていたけれど、ソフィアの件で、これまでのダリル・ディクソンという男への偏見を無くす必要があると言う。
「彼は善人だ」とデールの嬉しそうな声を思い出す。
別に悪いやつだと思ったことはないけど、乱暴な奴であるのは変わらず否めないよ、と内心でデールに告げる。それに関してはきっと彼も頷くはずだ。
その後、しばらくは無言だった。
ナイフで削られていく枝を見つめながら、サイドバッグに入れていたスルメをマスクの中に放り込んで咀嚼する。
しばらくまともな食事をとっていなかったために、塩気が体に染み渡るようだった。
視線のうるさい男へ、つまんだスルメを差し出すと一旦ナイフを置いて食べ始めた。不機嫌さは変わらないようだけど。
しばらく会話らしい会話はなかった。
ナイフのシャッという音をBGMにスルメを齧るだけだった空間に、人の足音が聞こえ始めた。
「ベスがショック状態なのにハーシェルがいないの。」
「で?だからなんだ」
「だから、街に行ってハーシェルとリックを連れ戻してくれない?」
「ショッピング中だろ
自分で行きゃいい。俺は見ての通り忙しいからな」
「どうしたの、冷たいわ」
「あ?誰が冷たいだと?
毎日ソフィアを探しただろ!弾も矢も受けた!これ以上何を望むんだ?!
バカどもを連れ戻せ?ごめんだね!」
ダリルの剣幕に目を瞬かせたローリは、無言で戻っていってしまった。
目が合ったものの、悲しそうに口角を一瞬あげて振り返ることなく歩いてく。
「…やな奴」
「んだと?」
「…でも、仕方ない。悲しいから」
率直な意見を口に出すと、ダリルはさっきと同じように眉間に皺を寄せた。続けて言った言葉にダリルは二の句が告げないようだったけれど。
「…」
「ローリ!待って!」
「おい!」
「ダリルは休んでていい」
不機嫌な顔と舌打ち、「くそったれ!」という声を背中に投げつけられるのを無視する。小走りで家の方に向かうローリに追いつく。
「いくんでしょ、私もいくよ」
「…えっ……いいの?」
「悪いけど運転はできないから、ローリがしてね」
「…えぇ!ありがとう、ナマエ」
準備してくる、というローリが家の中に消えるのを見つめつつ、ナイフと太刀の確認をしておく。ハイウェイでみつけたグロッグの弾倉を確認してからホルスターにしまう。
そうこうしてるうちに地図と短銃身のコルトの弾を確認している姿が現れる。ローリもどうやら銃には慣れてなさそうだ。
「…この辺りみたいなの。悪いけど地図を見ていてくれる?」
車に乗り込んですぐ。持っていた地図をするりと眺めていたローリが前を見つめる視線を途切らせないままに手渡してきた。印の付けられた街の名前は潰れて読めない。
「こっからだと数キロはありそう」
「…あなた、アメリカ人じゃないのね」
地図の目測を測りながら言った言葉の返答は、地図のことでも、街のことでも無かった。
「……なんで、わかるの」
「キロって言ったからよ。…普通はマイル。というかアメリカはマイルね。
詮索するなってリックに言われたけど、気になって。ごめんなさい」
よく気がついたなぁ、とぼんやり思った。
ローリはそれっきり口を開くことなく前を見つめている。それに何も言えなかった。
自分の素性を隠すのは用心のため。彼らのことを信用していないからだ。
「先にある十字路を右に曲がるみたいだよ」
「え?どこ?」
「…ここ、………ッ!ローリ!前!」
「キャアアアッ!!!」
風景が一瞬、裏返る。
「あっ」――ローリの声が聞こえた気がした。次の瞬間、タイヤが地面を離れ、車体が浮いた。
ガシャ――ン!!
世界がぐるりと反転し、重力が喉元をつかむ。骨が折れるかと思うほどの衝撃が、背中から脳まで貫いた。
どれくらい時間が経ったかわからない。
耳の奥で金属音が鳴っている。外からなのか内からなのかわからない警告のような音が響いていた。
「……ローリ……」
頭を振ると、血の味が口に広がった。シートベルトの痕が胸に食い込み、腕がじんじんと痺れている。
「ア…アァッ!キャアアアッ!ナマエッ!ナマエ!」
「………ん"ぅ……ってえ!」
いつのまにか意識を手放していたナマエは、ローリが泣き叫んでいる声で覚醒する。
どうやら事故を起こしてしまったらしい。横転した車のウィンカーがカチカチと音を立てている。
シートベルトで体が浮いてしまっている状態のナマエは、パニックになったローリを落ち着かせたくとも身動きが取れなかった。
しかしローリが座る運転席側のフロントガラスにはウォーカーがいた。
汚い呻き声をあげてはローリに食らいつこうとしている。
目が覚めてからあの光景を見ていたらそりゃあパニックなったっておかしくない。
隣にいる人間が取り乱しているとやけに冷静になれるものだなとナマエは飛びそうになる意識を必死に持たせるためにどうでもいいことでも思考し続けた。
ぬるりと顔に当たるそれが自分の血であることに気がついたのは、しばらく経ってからだった。
とにかくシートベルトを外して外に出なければ。ローリのほうにいるウォーカーの処理も。
意識が再び落ちていくのをなんとか繋ぎとめながら、動いているとローリも落ち着きを取り戻してきたのか必死にもがいている。
「ローリ、…ッ!待っててすぐやるから!」
「っ!えぇ!」
なんとか脱出したナマエは満身創痍の中、ベルトに差した太刀を振るってフロントガラスに顔を突っ込んでいるウォーカーの襟首を掴んで道路へ引き倒し、その頭部に刀を突き刺した。
ゲホゲホと咳き込みながら、立っていられずに座り込んでしまった。
全身が痛い。この感覚は気のせいじゃない。
落ち着いてから自身の状態を確認すると、盛大に血を流している頭部、脇腹に刺さったガラスを見つけた。
「やだ…ッ…ナマエっ!ごめんなさい!大丈夫?!ああ……そんな!」
「見た目より元気だから…あの、おっきな声出さないで…」
「……あぁ!ごめんなさい…本当に…ごめんなさい!」
泣きながら大声を出すローリを落ち着かせていくと、ようやく気がついたのか周囲を見回して声を落としてくれた。
彼女は少し取り乱しやすいのかもしれない。
頭部についた血を止めるために中に着ていたTシャツをナイフで切り、頭に当てる。ぬちゃりと音を立ててそれにまたローリは苦々しい顔をしている。
「んっ……は、はぁ」
事故の音を聞きつけてか、近くに来ていたらしいウォーカーをまた一人倒す。
振るった太刀の血を振り払って鞘に戻す。
今の所この二体しかウォーカーはいないものの辺りは暗く、横転した車のライトしか明かりがない。ほかにも音を聞きつけたウォーカーがここにくる可能性がある。急いで移動しなければ。
「ど、どうしたら……どうすればいいかしら…!あなたのその傷!」
「ローリ、落ち着いて。とにかく今は先に進もう。ここまで来てるから、戻るより進んだほうが近い」
「でも…!」
「大丈夫、…………あ。」
「どうしたの…?!」
「…………ローリ、誰にも言わないで」
「え?………あ」
顔を覆うそれがないことに気がついたのは今更だった。ばっちりと目が合い、ようやく気がついたらしいローリは口元を抑えた。
「あなた…女の子だったのね…!」
「お願いだから、誰にも言わないで」
「でも…!」
「頼むよ」
「……わかったわ。でも絶対無理しないで。傷はきちんと治療しなくちゃ」
「わかってるよ。……っと。あった。」
「そのマスク必要?気味が悪くて私嫌いよ」
車の中から地図とライト、割れずに落ちていたマスクを掴み、いつも通りに装着する。フードも抜かりなくかぶっておく。
ローリにはバレてしまったけれどこれから向かう街にいるリックやグレン、ハーシェルには言ってないし今後も言うつもりがないから。
いつも通りに見慣れたマスクを装着した姿のナマエを見たローリは不満げに眉を寄せた。
確かに初対面の時から彼女はマスクを嫌がっていた。いや、ローリだけではないけど。
「故郷のマスクなんだ」
「…そう。ならもう言わないわ」
そのまま傷を庇いながら、時折ローリがナマエに肩を貸す形で先を歩いていく。暗い夜道だ、慎重に歩きながらも小声で話すことはやめなかった。
不安そうなローリの気を紛らわせようとナマエが気を利かせていることに気が付いていたローリは眉を下げる。
年下の、多分若い女の子に怪我をさせた上に気まで遣わせてしまっていることに情けなく感じたのかもしれない。
「大丈夫だよ。本当に」
「でも……」
「取り乱しちゃダメだよ。落ち着いてないと対処できない」
「……そうよね……。
あなたはどうしてそんなに落ち着いてるの?私より若く見えたけれど」
「……パニックになったらなにもできなくなるからだよ。経験則かな」
「"前の"ことね?」
「……まぁ」
正体を見てしまったこともあってかローリは遠慮気味ではあるけれど、少し踏み込むことにしたらしい。
話したくないという意思表示には気づいてくれたらしくそれっきり"以前"のことは聞かれなかった。
歩いて向かう街への道すがら、時折聞こえる唸り声に怯えてローリが腕を掴む。
背の高い彼女の華奢な肩や体がぶつかるたびに脇腹の痛みが増したものの、口に出せばまた心配させてしまう。
黙々と歩くことに決めたナマエは、短い呼吸を繰り返しながら夜の闇の中を縫うように歩いた。
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