しばらく歩き進めていくと、背後から懐中電灯よりも数倍の明るいライトが近づいて来た。エンジン音に振り返ると、見慣れたライトグリーンの車だった。
ライトの明るさに二人して眉を顰めていると勢いよく運転席から飛び出してきたのはシェーンだった。
「ローリ!!」
「あぁ、シェーン…」
「大丈夫か!?」
「平気よ、それよりナマエが………」
「この野郎!」ドンッ
「う、ぁ"っ」
シェーンはナマエには目もくれずにローリの体を確かめていた。そばにいるにも関わらずに、まるで存在を空気のようにするそれにローリは怪訝な顔をした。
ローリが口にした名前にようやく存在に気がついたかのようにナマエを視界に入れると、勢いよく体を押し退けた。
体の大きなシェーンに突き飛ばされたナマエは、怪我のせいもあって踏ん張れず切り裂くような短い悲鳴をあげた。
それにシェーンは目を丸くし、ローリは途端に激昂した。
「なんてことを!!この子は怪我をしてるのよ!?」
「いや…すまない。てっきりコイツが君を連れ出していったと…」
「違うわ!ナマエは私を心配してついてきてくれたの!事故を起こしたのも私!ナマエは何も悪くない!!!」
目を見開いて大声を上げたローリと、その話にシェーンは途端に身を縮こませた。
沸点が低いと何度も指摘されている自身の短気さに辟易するかのように拳を握る。
「ナマエっ!」
「すまない!ナマエ!」
倒れ込んだまま起き上がろうとしないナマエにローリが駆け寄り、そのあと遅れてシェーンもそばにゆくと、倒れたせいでフードがめくれてしまっていた。
「!」
現れた長い髪とマスクのない顔に、"彼女"が女性だと気がついたらしいシェーンはひどくうろたえてしまう。
しかしローリのキツイ目つき、黙ってろと言うそれに静かに頷いた。
意識がなくなってしまっているナマエを抱き抱え、乗ってきた車に乗せる。つけていたマスクはローリが持ち、大事そうに抱えた。
「リックは?」
「……大丈夫だ。帰ってる」
「本当!?……ならすぐに帰ってナマエの治療を。頭を打ってるし、脇腹のあたりにガラスが刺さってたの」
「わかってる」
夜道を走った車は大した距離もなくすぐに見慣れた農場に到着した。
降車してすぐに事故の跡があるローリに目を丸くした一同は駆け寄るも、ローリはリックを探した。
しかしそこには気まずそうに目を彷徨わせたシェーンがいる。
「お腹の赤ん坊のことを考えろよ!」
怒鳴るローリにシェーンが思わず口にしたそれは、この中のメンバー誰ひとりとして知らない情報だった。
「赤ちゃんがいるの?!…僕聞いてない」
「あ……」
「…とにかく今は傷の手当をしよう」
「!そうよ、ナマエが怪我をしてるの!私より重傷よ」
「俺が運ぶ」
気まずい空気を察したデールが申し出たそれに気がついたローリは先ほどよりも焦った様子で後部座席へ走った。
マスクを被せ、顔を隠す。できるだけ多くの目に触れないよう、ローリは優しいナマエの秘密を隠してあげたかった。
アンドレアが口を抑えたのを横目に、覗き込んだデールは血まみれのTシャツを着て四肢を投げ出したナマエの姿にハッとした。
不気味なマスクがその血を余計に恐ろしく見せている。
シェーンが横抱きにしたナマエがハーシェル宅の2階に運び込まれる。
マギーとパトリシアが治療すると告げてドアを閉めようとしたのをローリがゆるく扉を止め、「……誰にも言わないであげて。彼女のこと」と小さく呟いた。二人は顔を見合わせながらも頷き、「任せて。あなたも後で来るのよ」と伝えてドアを閉めた。
▽▲▽
「目が覚めたみたいだな」
気がついたら柔らかいベッドに寝ていた。
最後に覚えている記憶はシェーンだった。確か夜で、光がチラチラしてて。
曖昧な記憶を手繰り寄せていると自然と眉間に皺が寄った。
手首に誰かの感触がする。暖かいそれは自分の手よりも幾分か皺があった。
「……はー、しぇる」
「うん。話せるようだな。どうなってるか覚えてるかね?」
「………ローリと、……アンタたちを探しに…」
「そうだ。頭を打ってるからまだ寝てなさい」
「……っ、ローリは?」
「大丈夫だ。……もう少し寝てなさい。食べられるようなら食事も後で持ってこよう」
「…………!っ!」
徐々に覚醒してくる意識は、ローリとのやり取りの時と同じ。顔に触れると肌の感触がする。
マスクがない。
驚いて飛び上がると、やんわりと優しい手つきでベッドに押し戻された。
「これならしばらく外していてもらう。顔色がわからないからね。
…大丈夫、ここには私とマギー、パトリシアとローリしか入らないようにしている」
眩しい外からの光に目を瞬かせ、ようやく周りに意識が向く。そばの椅子に腰掛けていたハーシェルがマスクを持っていた。
「でも…」
「もう隠さなくたっていい。それに医者のいうことは聞いておくべきだ」
「…」
「誰が何かを言おうと、今の君は私にとってただの患者でしかない」
「…わか、った」
手首に触れていた温かい手は、脈を測り終えたのか、そのままおでこに巻かれた包帯を確認していた。そして最後に首に触れ、体温を測っていた。
「頭部は5針も縫った。脇腹のガラスは取り除いたしそこにも包帯を巻いている。
脳震盪の後遺症の心配があるから、一週間は安静にするように。
…これは出歩くなという意味だ」
ヒマでヒマで仕方なかった。
こんな終末世界になったというのにやることがなくて嘆くなんて。
大した怪我じゃないと思っていたのはそこそこの重傷。少なくとも自分の足で歩いて良いのは明日以降になる。
朝にハーシェルの治療を受けた後はお昼と夜にも診察を受け、合間は疲れからずっと眠ってしまっていた。
たぶん合計すると半日ほど寝てしまい、暗くなり始める頃には眠れなくなった。
食事を持ってきてくれたマギーが暇つぶしにと本も持ってきてくれたが、明らかにティーン向けの雑誌や本だった。
私の顔を知っているのはローリとハーシェル、そしてマギー、パトリシアだけらしい。
つまり彼らには私がそんなものを読むような年齢に見えているかもしれないということだ。
パラリと何枚かのページを惰性でめくるとキラキラとした鮮やかなカラーが使用された一枚に目がチカチカとする。すぐに嫌気がさして本はサイドテーブルに置いておくことにした。二度と目を通すことはないだろう。
「はぁ」
短いため息を吐いて他に何かヒマを潰せるものはないかと部屋を見回す。すると、窓際に置かれたコンソールの上に自分の得物が乗せられているのに気がつく。
「…まあいいか」
コンソールまでの距離はたかたが二歩。それに今は主治医もそれを言いつける看護師だっていないのだから。
ちょん、と足をベッドから下ろして立ち上がると脇腹の傷がピキッと引き攣るような痛みを走らせた。
「んぎっ」短い悲鳴が漏れたものの、誰にもバレなかったようで廊下の方から音はしなかった。
ふたたび挑戦しようとしたものの、脇腹がピキピキと引き攣れるだけで一歩も進めないまま終わった。
結局なんの興味もないティーン向け雑誌をパラパラとめくり、流し読みするだけしかやることがない。
そのあとローリが昼食を持って来てくれてから少しは話し相手になってくれたものの、やることもあるだろうしいつまでも長居できないと部屋を後にする姿を見てからは本当になにもやることがなくなった。
せいぜい新たな問題である“ランダル”とやらのことを考えるくらいしか、やることがない。
食事のトレイを片付け、空になった皿を眺めながら、ようやく落ち着いた脳が動き出す気配を見せた。
「…彼は何者なんだろう」
独り言のように呟いたものの、答えが出るはずもなく、思考はすぐにぐるぐると同じところを回り始めた。
気づけばまぶたが重くなる。身体はすでに横になっていて、脇腹にわずかな痛みを感じながらも、そのまま意識が沈んでいく。
……考えようとしていたのに。
最後にそう思ったところで、静かな寝息が部屋に落ちた。
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