走り去っていくナマエの姿を目に焼き付けるように眺めていたダリルは、その背中が見えなくなるとまた枝に向かって怒りを込めた。

昼の出来事に、相当なダメージを負っていると自覚した頃、ナマエは現れた。
苛立ちを隠さないままでも何も言わず、ただ臭い食べ物を寄越してくるだけ。
食べたことのないそれを、無理やり噛みちぎるように喉を通していく。それは塩辛くて自分に合っていると感じたダリルは無言で手を差し出しては口に放り込んだ。
マスクの奥に見え隠れするナマエの口元も自分と同じように何度も噛み締めているのでそうした食べ物なのだと思った。

ナマエがローリと並んで歩いて行ってからダリルは暗くなる前に薪を集めて焚き火をおこした。
火を見つめ無心になろうとしてもいろんなことが駆け巡っては苛立ちを繰り返すばかりで、一向に解決しない。


「ローリがどこにもいないの!リックたちも戻ってないし…ナマエもよ」

「バカどもを探しに行った。俺に行けと言ってきたが断った。そしたらナマエが後を追っていった」
「なぜ黙ってたの?」

「…」
「ハァ………もうやめてよ。娘も失ったのに。」
「俺には関係ない」


キャロルは大きくため息を吐き、ダリルのそばを後にした。
ダリルもまた、苛立ちを抑えきれずに森の中へ消えていく。一日でいろんなことが起きたせいで消化しきれてもいないのに次から次へと問題が襲って来る。
不安や苛立ちがない混ぜになった感情の処理もできないままに、ローリを探しに散らばっているメンバーの元へと戻るキャロル。


「ダリルが断ったから街へ行ったみたい。ナマエも一緒よ」

「うぅ…」
「カール」

「あの野郎!知ってたか?銃を持っていったか?!」
「わからん。知ってたら絶対行かせてない。」


怒りに任せドアを閉めたシェーンは車を走らせて夜の闇の中に消えていった。
残されたメンバーは帰りを待つしかない。

「ナマエが一緒なら大丈夫だろ?なぁ…」

「わからない」
「顔もわからないのに安心なんてできないわよ。」

不安そうなTドッグは周りを見回して同意を得ようとしたものの、それに答えたのは同じく不安そうに眉を下げたキャロル。それにアンドレアは否定的に告げるとデールは少し声を荒げた。

「あの子は必死にソフィアを探して何日も森に入っていた!悪い奴じゃない」

「そうだけど。……ナマエはCDCで私とジャッキーを見捨てたわ。
今なら、私たちに選択させたのだとわかってるわ。理解できる。
…それでもあの時のどうでもよさそうな…。忘れられないわ」

「…!」


CDCでナマエがジェンナーを説得したときの言葉はそれぞれ耳に残っていた。
知り合ってせいぜい二日程度の人物で、さらに特殊な条件をつけての加入。
その上顔もわからない相手が、静かに怒りを込めていたあの時のこと。


" 「こんな風に死にたくないって言ってるだろ。あんたの自殺に付き合う気はない。
あんたが死にたいのも、どうでもいい。誰かが死にたくたってどうでもいい。
でもあんたが奥さんと約束したって言うなら、こっちにも約束がある。

足掻いて、精一杯生きるって約束、家族としたんだ。
…こっちは生きるのに忙しいんだ!邪魔すんな」"


ナマエの説得のようなそれに観念したジェンナーがドアを開けてから傾れ込むように走り去るグループを見つめるジャッキー、アンドレア。
二人の残留の言葉にナマエは一瞥したあとすぐに背を向けて走っていった。フードの奥にある瞳が心底、興味のない視線を向けて。

「……あの子はたった一人で終末世界を生きてきたと聞いた。これまでに他者への期待が報われなかったことがあったのかもしれん。
頑なに顔を見せないのも、そう言った理由かもしれん。
…わからないことが多いんだ。
私たちはもっと話すべきだ。勝手に、イメージだけでナマエを評価しちゃいかん」

「……わかってるわ。危害を加えるような人じゃない」
「…そうね。…今は、帰りを待ちましょう」





▽▲▽



夜も更け朝を迎えた農場に、また新たな厄介ごとが持ち込まれた。車内に残る見慣れない目隠しをされた男を見たシェーンはリックを責めるように見つめた。

そうして彼らのいない間に起こった出来事を説明していく。ベスのこと。ナマエのこと。そして見知らぬ男のこと。

ひとまずリックは一度着替えにテントに戻っていく。ハーシェルは連れてきた男の治療に加えて娘、そしてあまり関わりのなかったナマエの治療に慌ただしく走り回った。

無事に全ての治療を終えたハーシェルがダイニングルームに集まるメンバーに男の容体、そしてナマエについて報告する。

「ふくらはぎの神経が損傷している。少なくとも一週間は歩けない。」

「回復したら食糧を与えて出ていかせる」
「そんなの置き去りと変わらないわ」
「戦えはするだろう」

「俺たちの居場所を知られた」
「目隠ししてきた」

「奴の仲間は?
三人殺して一人を人質に取ってるんだ」
「彼は捨てられた!誰も来ない」

「警戒は必要だよな」
「しばらくは気を失ってる」
「だったら見舞いでもいってやろうか。
はっ ここは空想の世界か?」

「納屋のことを話し合っていない!はっきりさせておこう。ここは私の土地だ。アンタに出て行って欲しいと思っているが、リックに説得され我慢している。
お互いのために口を閉じてるんだな」


ハーシェルは自身の逆鱗に何度も触れるシェーンの横暴な行為を、必死に我慢しているようだった。
温厚そうな見た目とは裏腹に頑固に弾き結ばれた口元は、噛み締めては開いてを繰り返していた。
シェーンを見つめる他の仲間たちは擁護したくたって出来ない。実際に彼のしたことは非道だからだ。仕方なかったとしても、やり方が悪い。

その眼差しに耐えられなかったのか忌々しげに自身の頭部を撫で付けると乱暴にドアを開けて出ていくシェーンの後ろ姿を見送る。


「…ナマエのことだが」

「大丈夫なのか?」
「頭を打ってる。脳震盪が心配だが今のところは元気さ。
しかし部屋に入れるのはローリ、マギー、パトリシア、そして私だけだ。見舞いも控えてやってくれ」
「なんでだよ」

「…あの子が拒んだ。治療のために私とパトリシア、世話役にマギーとローリを指名したよ。」
「……」

ダリルの見舞うつもりだったらしい姿勢は、ナマエが拒絶したという一言で締め出された。
事故を起こしてしまい責任を感じているローリは、泣くのをぐっと我慢するように唇を噛んだ。それに視線を向けたリックが数回頷き、「君のせいじゃない」と短く励ました。

それからリックが一度休息をとると告げるとメンバーはそれぞれ立ち上がった。
アンドレアの不機嫌そうな顔つきに、彼女はどちらかといえばシェーンの意見に近いものを持っていると気付くリックは、バレないようため息を吐いた。



玄関ポーチで座っているカールは困惑したように眉を顰めている。

「どうしてナマエのお見舞いに行っちゃだめなの?」
「…マスクを外してるからよ」
「……ママ、ナマエって実はスーパーヒーローだったりしないかな!?ママは見たんでしょ?」

ローリは息子の子供らしい発言に思わず声をあげて笑った。すると息子はそれを大変不満に思ったらしく、口をへの字に曲げた。

「どうして笑うの?」
「ふふふ。…そうね…そうかもしれないけど…ママにはわからない。でもきっと秘密にしておきたいのよ。
大丈夫、また元気になったら話せばいいわ」
「うん…ナマエがスーパーヒーローだったら最高だよ」

昨夜の出来事でカールは兄になると知り、急に大人ぶるようになった。
しかし突然の"スーパーヒーロー"発言はその微笑ましい変化の中に残る彼の子供らしさが蘇るようだった。
思わず笑ったけれど、少しだけ引っかかった。
そう言われてみれば…あの子は、本当に“人間”なのかしら。

──そんな考えが、一瞬だけ、胸をよぎった。