「デール」
「すまないが、今は一人にさせてくれ。」
少し曲がった背中が牧草地へ向かうのをただみつめる。追いかけたものの、拒絶されてしまった。
簡単に命を奪う決定ができてしまう"今"に相当堪えたのだろう。
彼はきっと優しすぎる。
ナマエは自分自身でも本当は殺したほうがいいしランダルのことなどどうでもいいと思っている。それこそ自分で手にかけても心が痛まないくらいに。
けれど、ここのグループはそうじゃないし辛いんだろう。
ナマエは言語化していないだけでシェーンの意見に近しい考えを持っている。危険を排除していくべきだと。
でもそれは"グループ"では難しい。
今までほとんど一人でいたナマエにとって自分以外を信じられないし、近寄ってくる相手を恐ろしく感じる。
けれど、デールは。リックは。
みんな本来は生かしたいと思っているし殺したくない。けれどグループのこと、ローリやカール、産まれてくる子供の安全と天秤にかければそりゃあ殺すべきと思うはずだ。
「お前はどういう方法を考えてたんだ」
「……普通に、虜囚だけど」
背後から現れた無愛想な男はそう話すとナチュラルに隣に座ってくる。
ポケットに入れていた日本じゃ見慣れないパッケージのタバコを差し出すとダリルはするりと慣れた手つきで取り出すと口に咥えた。
持っていたライターも渡して二人で紫煙を燻らせながら、赤く染まる農場を見渡す。
「足枷を嵌めるとかか?」
「何もつけない。子供なんだよね?普通に扱って恩を売れば仲間にしてくれってなるでしょ。」
「俺やリック、シェーンがいたら無理だろ」
「嫌われてる程度でしょ。殺したくなるほど何かしたの?」
「……おしゃべりさせたくらいだ」
「子供ならどっちにでも転ぶよ。」
「……」
「殺すのは楽だから答えに行き着くまで早いんだよね」
「前にも、…あったのか」
「………」
「顔も見せた、別に話したっていいだろ」
「あれは不可抗力だったろ。……まぁ、あったよ。詳しくは話したくない」
「……どうなった」
「…殺さなかったから、殺されたよ」
「………」
それからダリルは一言も話さず、持っていたタバコを無造作に鷲掴むように持ってどこかへ消えていった。
「新しい集り方だな。」
無心で吐く煙は、ただただ気分を下降させるだけだった。
「絶望的にタバコが不味い」
誰に告げるでもない独り言は夕暮れの冷えた風がさらって消えていった。
気がついた頃にはあっという間に夜になっていた。秋から冬に移行していく季節は余計に寒さが際立つ。
少し前まで真夏でじっとりとした暑さが夜にも残っていたというのに、気がついたらまた一つ季節が終わる。
適当に羽織っただけの薄手のカーディガンは意味もなさないほど風を通した。
アトランタで集めた服の中には冬服なんてなく、せいぜい薄い長袖が数枚だ。なんせあの時は真夏だったから。それにまたどこかで収集するつもりだった。
そうならなかったから、今ツケを払うハメになっているわけだけど。
何枚も重ねて着ていた服だけでは寒さを凌げず、震える体を摩る。
「ナマエこれ着てて」
「ありがと。いいの?」
「もちろん」
見かねたキャロルがどこかへ向かってすぐに戻ってくると、クリーム色の大きいパーカーを渡してくれた。
「ふふ、ブカブカね。」
アンドレアがナマエの姿に微かに笑っている。
物資収集の時にでも集めたであろう誰のサイズかもわからないパーカーは、大きくすっぽりと体のラインを隠した。それに大きなフードは軽く顔を隠してくれる。いつも通りマスクを付けるとなんだか安心した。
しばらくして、納屋の方から影が近づいてくる。神妙な顔をしているリックの、「しばらく拘束する」という声にそれぞれ安堵したような顔をしている。やはり彼らは殺したくはないんだ。
「デールに知らせるわ」
「私もさがす」
「えぇ」
嬉しそうな顔のアンドレアはすぐに立ち上がる。確かにこれをデールが聞いたら。
いや、…果たして喜んでくれるだろうか。あんなに失望した様子だった。
牧草地に向かっていくのが、最後に見た背中だった。寂しげにどこかを見つめていたのがやけに胸に残る。
借りたライトを片手に歩く。徐々に焦燥感に駆られていくのは何かのサインなのだろうか。
あっという間に日が沈み、赤く染まっていた景色が夜の闇に切り替わる頃。切り裂くような叫び声が辺り一面に響き渡った。
「あああああ!!!」
さっき離れたばかりのキャンプのそばからじゃない。
辺りを見回してもところどころに誰かのライトが闇の中にポツリポツリと見えるだけだった。
なおも響く絶叫に嫌な汗が額を伝う。
するとランプを携えた誰かの光が猛スピードでどこかへ向かっていくのに気がつく。揺れる光が何かにタックルするように飛びついたのちに見えなくなった。
ダリル、ウォーカー。そしてそばには倒れたデールの姿。
「デール!!!!」
自分の声じゃないような、金切り声が出た。持っていたライトと柄に伸ばしていた手を振り乱して走り寄る。
ウォーカーに開かれた腹部は大量の出血と臓物が飛び出ていた。
駆け寄った彼の瞳が痛みに悶えて口からは血と呻き声が漏れている。
思わず掴んだ彼の皺くちゃの手を力一杯握ると、微かな力で握り返してくれることに気がつく。
「ここだ!早く来い!」
「デール、もうすこし。みんないるから」
「ううう!」
遠くから走ってくる誰かの足音を聞きながら、彼の瞳を見つめる。脂汗をかき、悶える彼の瞳が頷くかのように見えた。
わかってる。この状態から助かるなんて思ってない。元の世界でだって、きっと無理だ。設備があろうとなかろうと。
「ハーシェルはやく!」
「アンドレア、こっちにきて!」
リックの叫び声を聞きながら、近寄ってきたアンドレアを呼ぶ。
掴みかかるように彼女の手を乱暴にデールの右に持っていく。涙をボロボロと流している彼女が意図を理解し、デールもそれに気がつく。
痛みに悶えているはずなのに。唸りながら血まみれの左手が差し出された。
顔やパーカーに飛ぶ血のことなどどうでもいい。必死に掴むと先ほどと同じように握り返してくれることに自然と涙がぼたぼたと落ちた。
やがてハーシェルが到着し、リックが手術するようにと叫んでもハーシェルは動かない。彼だってリックだって、みんな、わかってる。
「持たない」
「ここで手術してくれ!」
「リック…」
「嘘だ!!」
嗚咽を漏らして叫ぶリックと、苦しげに聞こえるデールの呼吸音に絶望する。
迫り上がる血が喉を震わせるような恐ろしい音が鼓膜を揺らす。
「苦しんでる…どうにかして!」
「デール。みんなそばにいるよ、見える?」
「…っう」
頷くように瞬きを繰り返すデールの瞳を見つめ返す。深いブラウンから注がれる意思表示に唇を噛み締めた。
リックがホルスターから銃を抜き取る音がする。震える銃口を見つめるデール。
まるで撃ってくれと言わんばかりのそれに、銃口を向けているリックの手が震えている。
手を伸ばそうかと考えた瞬間、ダリルが銃を取り、リックの代わりにデールへ向けた。
『デール、ありがとう。さよなら』
「Sorry brother.」
薄くぼやける月の光の中、一発の銃声が彼の終わりを告げた。
▽▲▽
借りたクリーム色のパーカーは見たことがないくらい血に塗れていた。
顔についた血を見たローリが拭いてくれたけれど、口を開くことなどできなかった。
憔悴したみんなの顔には深い悲しみが色濃く現れている。無理もない、彼らはデールと長い間過ごしたのだから。
彼の体を埋葬するにあたって、どうせ土でも汚れるから服は着替えなかった。借りたスコップで、まるでデールの仇と言わんばかりに力強く掘り、その恨みをぶつけた。
次々と掘り進めた土は、あっという間に終えてしまった。「そのくらいでいいよ。聞いてる?」とグレンに肩を掴まれるまで掘り続けていた。
「デールには手こずらされた。…厄介だった。
なぜなら思ったことを口に出すからだ。率直だった。
その正直さは稀で、…勇敢だった。
これから決断を下す時には、彼を思い出そう。彼の眼差しが、きっと答えてくれる。
彼は俺たちの心を読めた。どんな人間か、わかっていたんだ。真のーーー俺たちの姿を。
彼は最後に人間性を訴えた。"グループ崩壊"とも。
彼に恥じぬために、違いを越え一つになろう。悲観するのをやめて、生きるために闘うんだ。
命やーーー未来を守ろう。
崩壊していないとーー彼に証明するんだ。
今後は、彼の意思に従う。デールへの敬意だ。」
無心で聞いていたリックの深い哀悼の言葉がまるで体に染みていくようだった。
大した時間を彼と過ごしたわけでもないけれど。それでも確かに残る彼との思い出。嗄れた声、皺くちゃな手のひら。
泣きたくないのに、瞳には勝手に水分が溜まっていく。こうして私たちは見送っていくしかできない。彼の苦しみが無くなり、安らぎをもって逝けるようにと。
時折、苛立ちが滲む視線を感じていた。それが誰に向けられているのか、どういう意味を込めたものか、考えるまでもない。
「彼が死んだからって、今さら意見を変えるのか」
――そんなふうに言いたいのだろう。そういう目をしていた。
けれどその視線は、もう現実を見ていない。
敵を見るような目で、目の前の人間を睨んでいるだけ。誰にも届いていない。
視線の先にあるものに気づいて、ふと、胃の奥が重くなった。
……今、そんなことをしている場合じゃないでしょうが。
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