人は、自分や自分の大切な人に危害を加える"他人"を簡単に害してしまえる。
その"他人"が悪いことをしたとしても。"誰か"を傷つけることを厭わなくなったらおしまいなのだろうか。
果たしてそれは悪なのか。善と言えるか。

あなたはどうだろうか。私ならどうする。





昨夜はどうやって眠ったのかも、どこで眠ったのかも覚えていなかった。
ただ口の中に入った砂がジャリジャリと音を立てて不快な思いをしたことだけ記憶にあった。

「外にいたいんだけど」
「なぜ?外は寒いわ」
「人が多いところは苦手なんだ」

デールが亡くなり、農場の安全が確実で無くなった。
外でキャンプを張るのは危険と判断したハーシェルによって、グループは家で過ごすことになる。そのため荷物をまとめて移動を始めた。
かといってアメリカの大きな家屋であろうとこの人数が中で生活するのは難しい。もちろん全員が全員ベッドで眠れるほどの好条件なわけもなく、雑魚寝だったりするだろうけど。
どうにでもなるとハーシェルは首を動かした。

「ナマエ、今は、頼む。」
「………」

本音を言えば寒さは確かに日本より全然キツいしベッドで眠りたい。けれど。こんなにも大勢で過ごすのは以前から数えれば軽く数ヶ月経っている。
怪我のせいでハーシェルたちと同じ家にいたことは不可抗力で我慢できた。でも。
いろんな言い訳がぐるぐると喉の奥で燻ったように口内をまごつかせたけれど、リックの眼差しは鋭い。
有無を言わせない圧を感じて、ぐっと堪えて言い訳を飲み込み、しぶしぶ首を縦に振る。

「はっ」

安心したように息を吐くリックと、それを見て呆れたように鼻で笑って歩いていくシェーンの姿を横目に。
「………玄関に一番近いところなら」

「ありがとう」
「小さいが簡易ベッドがあるから使うといい」
「…ドウモ」








「ナマエ、こっちの材木と工具箱の中に入ってる釘をいくつかダリルに届けてくれ」
「…ん。」

適当なケースに乱雑に入れられたそれらを抱えてランダルの独房になっている建物の屋根でトンカチを振り翳している男の元へと向かう。
雑多に置かれた長さの異なる材木で継ぎ接ぎ壁らしくなったそこを見つめ、釘が足りないか材木がなくなったか。気がついた男が舌打ちしたのに気がつく。

「ダリル、もってきた」
「丁度いい。上がってこい」
「………」
「手伝えよ」

フンと鼻を鳴らして偉そうにしているダリルが何故だか得意げにしているのに苛立ちを覚えたものの、食べ物飲み物を頂いてる身だし。タダメシ食いになりたくはない。
小さな釘を木に当てては補強していく。小気味良いリズムを刻んでいるナマエの背後には、休憩と言わんばかりにナマエのあげたタバコをふかす男が一人。
時折聞こえる呻き声とジャラリと金属の擦れる音に気がついて中に人がいるのだと思い出させた。

「代わって。手ぶつけた」
「はっ、マヌケ」
「人のタバコ盗っておいて何言ってんの」

途中まで吸っていたタバコを渡されたので、残りをいただく。トンカチで叩いてしまった指先が赤くなっているのに気がつき、ズキズキと主張を始めた痛みを無視する。

「お前、きのうなんて言ったんだ」
「なにが?いつの話?」

吹いた煙が風に吹かれてさらりと消えていく。季節が徐々に冬に変わり始めているせいか空気が澄んでいる。
昨夜の出来事も、終末もまるで無いみたいに。世界は何も変わっていないんだろう。人間以外は。

「きのう……デールに。」
「あーーー………。さよならって。」
「何語だ?」
「…日本語」

母語である日本語での音に慣れない様子のダリルが口をもごもごと動かしている。なんで発音しようとしているのかは不明だが。
交代で修繕した小屋の屋根は綺麗とは言い難いものの、中にいる存在が雨風に晒されてしまうことはこれでなくなったろう。

「なぁ!助けてくれよ!アンタ!」
「!」
屋根から梯子を伝って降り、地面に着地した拍子に隙間から中の様子が見えた。
ジャラジャラと金属がぶつかる音は続いており、男が執拗に動いていることが隙間から窺える。

話し声を聞いていたらしいランダルは、ナマエの声に反応したのだろう。これまで一切の接点がなかった声だから。
そばいる男は"おしゃべり"の時に会っているだろうし。相手が女ならば、同情すると思ったのだろうか。

「無視しろ」

「他の奴らは話も聞いてくれない!おれはなにもしてないんだ!」
「ははは、なんだそれ」

「!」

「本当に何もしてないんだって!」
「バカが。何もしてないからだろ。
アンタのやらなきゃいけないことは仲間だった奴らの情報を売って一人生き延びるか、死に物狂いで仲間入りさせてくれと嘆願するか、死ぬかだよ。」
「!」

「今のアンタが元のグループに戻ったって歓迎してくれると思えない。
生き延びたいと思うなら、そばにいる人たちを大切にして嘘をつかないで誠実にすることだ。
それがなかったから見捨てられたんだろ。お前は誰かにとっての大事な人じゃなかったんだから」

「!………ぅっう」

それまでの呻きに加えて啜り泣く声が増えた。
無愛想な男が眉を寄せているのを無視して持って来たケースに工具箱とトンカチと余った釘を戻して抱える。
奴はリックとダリルに連れられてどこかへ放逐されるらしいし、もう会うこともないだろうから率直な意見だけ告げて背を向ける。見えていないだろうけど。
ふん、と鼻を鳴らしたダリルの後を追うように家に向かって歩き出す。何か言われるかと思ったんだけどな。

ポーチにいるリックが二人に気がついたらしい。
どこか微笑んでいるかのような表情に不思議に思いながら、中にいるハーシェルやジミーが工具箱を探していたとかなんとか言われた。

「あぁ、ナマエ。きみが持ってたのか」
「ごめん、Tドッグがまるごと渡してきたから」
「いいんだ、後で補修するところがあるだけだからさ。気にしないで」
「うわっ…やめろ」


年若いがアメリカ人であるジミーは幾分も背が高い。まだ10代だしナマエよりもこれからきっとぐんと伸びていくのだろう。
しかしそれとこれとは別だ。
見下ろされていることよりも、妹のように触れられることに苛立って手を振り払う。

「ごめん!」
ヘラヘラと笑って工具箱を持って消えてしまった。舐められているのだろうか。
首を傾げながら近くにあった椅子に座る。
外にいるリックとシェーンの話し声がかすかに聞こえる。声を荒げていないのにピリピリとした空気がこちらまで届く。
しばらくその空気を感じながらぼうっとしていると、砂利を踏んだ音が聞こえる。どうやらどちらかが移動したらしい。


その後はハーシェルが持って来てくれたらしい簡易ベッドがどうみても子供用サイズだったことにもう一度苛立ち。そしてそれを見たTドッグに大笑いされ、尚且つ無事に寝転べるとわかってマギー、アンドレア、グレンにお腹を抱えて笑われた。
「これ私が小さい頃使ってたやつだわ」
「ぷっ…本当に寝られるんだね、あはははは!」
「ふふふ、ほんと。ナマエったら」

「……日本じゃ平均より大きい方だ」

ここにいる女性陣と比べたら背は低いし華奢な方だけど。ごちゃごちゃ言ってもどうせ笑われるしと、苛立ちながらポケットから取り出したタバコを咥える。
あと一息で着火というところで笑い声に釣られて来たハーシェルに驚くほど怒られポーチに放り出された。
この世界でお家の中の禁煙、気にするかなぁ。なんて。しかし主人はハーシェルだ。

いつのまにか誰もいなくなったポーチの椅子に座り煙を吐き出す。

一層強く吹いた風が、煙も灰も、すべてを攫っていく。
まるで、さっきの会話なんてなかったみたいに。